5話 王宮と世間の違い
「ロイ!そっちに行ったぞ!」
ジークがロイに向かって叫ぶ。
その声に気付いたロイは草むらの中から自分に向かってくる小さい影を確認して身構える。
「今度は逃がさない!そこだぁー!」
叫ぶと同時にロイが草むらに飛び込む。
「やったか!?」
ジークが問いかけるが、静寂が辺りを包み込む。
そして・・・
「捕まえたぁー!!」
ロイが草むらから身を乗り出す。
掲げた両手には一匹の猫が抱き上げられていた。
「捕まえたか、これでクエスト達成だな。」
「ああ、ようやく捕まえたぞ!いてっ、こら暴れるな!」
ロイに捕らえられた猫は、その手から逃れようと暴れだす。
「猫は背中側の首の所を掴むとおとなしくなるぞ。」
「そんな豆知識より、早くカゴの準備してくれよ~。」
「おっと、そうだな。また逃げられでもしたら面倒だ。」
ロイの言葉にジークは猫用のカゴを取り出す。
「さっ、おとなしく入ってね~。痛た!引っ掻くな!」
猫の必死の抵抗もむなしく、ロイは猫をカゴに入れる。
「よし、これで逃げた猫の捕獲完了だな。後は依頼者の元に送り届けるだけだ。」
「ああー、またあの依頼者の所に行くのか・・・。」
ロイが顔をしかめがら呟く。
「まぁ、依頼だから仕方ない。」
「あのおばさん苦手だ・・・。」
捕獲した猫を連れて、2人は依頼者である猫の飼い主のもとへ向かった。
---ローレンス王国 王都ローレンシア 高級住宅地区---
「んまーーーー!!本当に捕まえてくださったのねーー!!」
とある1軒の豪邸に甲高い声が響き渡る。
声は言わずもがな、見た目も強烈なふくよかな女性が、猫が入ったカゴを嬉しそうに掲げている。
「それが我々の受けた依頼でしたので。」
ジークは淡々と返す。
その横ではロイが苦虫を噛み潰したような表情をしている。
「よかったわぁー!!もう戻って来ないと思って諦めておりましたのよ。」
「逃げ出してそう時間が経っていなかったので、遠くまで行っていなかったのが幸いでした。」
「本当によかったわーー!!もう逃がしたりしませんわよー!」
依頼者の女性は嬉しそうに猫が入っているカゴを力の限り抱きしめる。
金属でできたはずのカゴがみしりと音をたてて少し歪む。
「ジーク、あの猫めちゃくちゃ怖がっていないか?」
ロイが小声で尋ねる。
「俺もそう見える。・・・またすぐに逃げ出すだろうな。」
「あら?お二人とも何を話していらっしゃるのかしら?」
「いえ、依頼はこれにて達成とゆうことで大丈夫か、と確認していた所です。」
「ええそうね、本当によくやってくれたわ。そうですわ、ご一緒にお茶でもいかが?」
「お気持ちはありがたいのですが、我々にも次の依頼がありますので。」
「そうかしら?残念だわ。あなた私の好みなのに♪」
そう言って依頼の女性はジークに向かってウィンクをする。
「・・・・・お気持ちだけ受け取っておきます。」
「あの、依頼が完了したので受注書にサインをお願いします。」
「あらそうね、忘れていたわ。」
ロイが差し出した受注書に依頼完了のサインが書かれている間、ジークは顔を背けて苦痛の表情を浮かべていたのは想像に難くない。
「これでいいかしら?」
「はい、ありがとうございます。では我々はこれで。」
「本当に助かったわあ。また何かあったらお願いしようかしら。」
「我々旅団はいつでもお力になりますよ。ではこれで失礼します。」
ロイがそう言うと2人は玄関へ歩を進める。
「・・・ちょっとおまちなさい。」
後ろから掛けられた言葉に2人は足を止める。
「あなた、以前どこかでお会いしたかしら?」
「私ですか?」
女性の声にロイが返す。
「ええ、あなたよ。」
「き、気のせいですよ。」
「ほら私の旦那いろんな所のパーティーに呼ばれるでしょ?その時にお会いしてない?」
「私には思い当たる節がありません・・・。」
「そうかしら?」
「誰かのそら似では?ほら、こいつに似てる顔なんていっぱいいます。」
たまらずジークがフォローを入れる。
「・・・きっとそうね。誰かと勘違いしていたのね。」
「・・・ほっ。」
ロイが安堵の息を漏らす。
「ごめんなさいね、余計なお時間を取らせてしまって。」
「いえ、構いません。では失礼します。」
「ええ、また何かあればお願いね。」
「かしこまりました、では。」
ジークの言葉を後に、2人は玄関を出た。
「あー、ヤバかった。」
「あの人、あんたの正体を知ってるみたいだったな。」
「あの人は貴族だから、どこかの社交パーティーとかで会ってたのかも。」
「そうか。はっきりと覚えていないようで助かったな。」
「ああ、ほんとだ。」
「自分の国の王族がハンターやってるなんて、貴族に知れたら面倒だ。」
「次から貴族からの依頼は気を付けよう。」
「ま、バレなくてよかったさ。依頼金を受け取りに集会所に行くとするか。」
「そうだな。そうしよう。」
ジークの意見にロイが賛成して、二人は集会所へ向かった。
ーーーローレンス王国 王都ローレンシア 集会所---
クエストを終えた2人は集会所に戻ってきていた。
「ふぅー、疲れた。」
「久しぶりにやるG級のクエストは、思いのほか疲れるな。」
「あら、ジークさんにロイさん。戻ってきたんですね。」
集会所のドアをくぐった2人を、掃除していたアリシアが迎える。
「ああ、貴族の奥方からの依頼は無事完了だ。」
「そうですか。では報酬をお渡しするので受付へどうぞ。」
「わかった、これ受注書だ。依頼完了のサインは貰ってある。」
「はい確かに。じゃあ報酬金をご用意しますね。」
「ああ頼む。」
「朝からクエストを受け続けて、今日はこれで3件目か。」
「そうだな。もうそろそろ夕方だし、あと1件くらいで今日は限界だろ、時間的にな。」
「最初の日に2件、昨日で4件、今日で3件、次に受けたら10件目になるのか」
「そうか、ならそろそろだな。」
「何がだ?」
「昇格試験だ。」
「1等へのか?」
「ああ、G級は10件ごとにあったはずだ。だから次か、その次に昇格試験があるはずだ。」
「1等になると何か変わるのか?」
「1等からは町の外へ出られる。」
「町の外へ?外へは普通の人でも出られるだろ?」
「出るだけなら、な。俺が言ってるのはクエストの話だ。町の外での採集クエストとかが受けられるようになるんだ。」
「なるほど。」
「街道に沿って行くなら特に問題は無いが、街道から逸れればモンスターがうろついてる。そこで採集やら何やらするにはG級1等でないと許可されないんだ。」
「モンスターか、やっぱ危険なのか?」
「ここみたいな都市部の周りは、そこまで危険度の高いモンスターはいない。無論、人の多い場所から離れる程危険度の高いモンスターがいるがな。」
「やっぱ危険度の高いモンスターは手強いのか?」
「まあな、この辺のモンスターなら俺は苦戦もしないが、あんただとまだ敵わない奴もいるな。」
「そっか・・・気をつけた方がいいな。」
ジークの話を聞いたロイが気を引き締めると、アリシアが報酬金の入った袋を持って来た。
「報酬金お持ちしましたよ。」
「おっ、やったぁ!」
「今回は期待出来るな、なんせ依頼者が貴族だからな。」
「今回の報酬は銀貨5枚です。」
「銀貨5枚か、これまでで一番多いな。」
「猫を捕まえただけで銀貨5枚か、さすが貴族だな。」
「ほんとですよね。」
「ん?銀貨5枚ってそんなに多いのか?」
「ロイさんはこれまで王宮でお金に触れたことは無かったんですか?」
「そうじゃないが、金貨や銀貨でのやり取りが普通だったからなぁ・・・。」
「なるほど、普段触れる単位が大きすぎて下を知らないのか。」
「あっ、そうゆうことでしたか。」
「金貨の下にも銀貨と銅貨・・・他にもいくつかあるんだっけ?」
「毎度毎度、あんたとの常識の違いには驚かされる。」
「少しずつ慣れてきましたけど、こうゆう所で私達庶民との違いが出ますよねぇ。」
ジークとアリシアがため息混じりに呟く。
「すまん・・・。」
「いいか?まず国際共通貨幣の金、銀、銅貨があるのは大丈夫だな?」
「ああ、大丈夫だ。」
「その下は、国にもよるがローレンス王国では紙の紙幣がある。」
「紙幣があるのか、知らなかった。」
「おいおい、仮にも自分の国で発行してる金だぞ?王族のあんたは知っておくべきだろう。」
「う・・・そうだよな、すまない。」
「まあいい、続けるぞ。紙幣の下にはコインがあり、このコインが最小の単位になる。」
「なるほど。」
「コイン100枚で紙幣1枚分の価値に、紙幣10枚で銅貨1枚の価値、銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚分の価値になる。」
「じゃあ、つまり銅貨はコイン1,000枚分って事か?」
「そうだ、金貨だと10万枚だな。」
「じゃあ銀貨5枚はコイン5万枚か。今までの依頼の報酬が銅貨3枚とかだったから、こうしてみると今回の報酬金は多かったんだな。」
「相当な、猫の捕獲で5万は破格だ。」
「上の階級に上がった人達は普段G級の依頼を見ませんけど、今回みたいに低難易度高報酬の依頼があることもあるんですよ。」
「そっか、お金に困ったらG級の依頼を覗いてみるのも手って事だな!」
「そういうことですね。あそうだ、報酬金の他にもロイさんにこれお渡ししておきますね。」
アリシアはロイに1枚の紙を手渡す。
「これは?」
「ロイさんの日頃の貢献が旅団に認められ、今回の依頼達成でロイさんにG級1等への昇格試験を受ける権利があたえられます。これはその証ですね。」
「この証書があれば、この集会所じゃない別の所でも昇格試験が受けられるんだ。」
「そうなのか。」
ロイはアリシアに手渡された証書を眺める。
「な?言ったろ?」
「ああ、ジークの読み通りだったな。」
「どうされます?時間的に今から受けると終わるのは夜になりますけど、昇格試験受けますか?」
「ジーク、どうする?」
「あんたが早く町の外を見たいってんなら、今受けるべきだろう。だが暗くなると協力なモンスターがうろつき始める、身の危険を考えるなら明日にするべきだな。だが、それを決めるのは俺じゃない・・・あんただ。」
「・・・っ!」
ジークの言葉を聞いて、ロイが微かだが言葉にならない動揺を見せる。
「ロイさん?どうしました?」
「いや・・・実は、私は自分で何かを決めるのが得意じゃないんだ。」
「なんだそれ?」
「今までは私の意思で何かを決めるのではなく、しきたりに従ってきたからな。王宮では、『こうでなくてはならない』とゆうルールがあるんだ。」
「そうだったんですね。」
ロイの言葉にアリシアが驚きの声を漏らす。
「そんな決まりもあるのか・・・やっぱり王族ってのは面倒だ。」
ジークが天井を見上げながら呆れた様子で呟く。
「だがここは旅団の集会所だ、王宮じゃない。自分のことは自分で決めるんだ。」
「あぁ、そうだな。・・・安全を取るなら明日にするべきなんだな?」
「時間も時間だからな。どんな依頼を受けるにせよ暗い時間は危険なモンスターに出会す可能性がある。」
「わかった、では昇格試験は明日受けよう。」
ジークの助言を聞いてロイがアリシアに告げる。
「わかりました、では明日昇格試験を行います。本日中に依頼を整理しておきますね。」
「ちなみに、昇格試験の依頼ってどんな依頼なんだ?」
「昇格試験は次の階級の依頼の中から選んで受けるんだ。達成出来れば次の階級に上がる素質があると認められ昇格になる。」
「なるほど、ってことは私はG級1等の依頼をこなせれば良いわけだな?」
「はい、そうです。G級1等だと、町の外へ出ての素材集めになりますね。」
「なんだ、そんなものか。なら今から受けてもいいんじゃないか?」
「さっきも言ったろ?暗くなると強力なモンスターに出くわす可能性がある。それに明日に受けると決めたのはあんただろ。」
「そっか・・・そうだな、やっぱ明日にしよう。」
「では、今日はもうお休みになりますか?」
「少し早いが今日は休むか。」
「そうしよう。」
ジークの言葉にロイが賛成する。
「私は食堂で食事をしてくるが、ジークはどうする?」
「俺は遠慮しておこう、買い出ししに行ってくるからな。」
「そっか、ではまた明日だな。」
「ああ、無事に昇格できるよう頑張れ。」
「頑張るさ、では。」
「ああ、じゃあな。」
別れの言葉を交わすとロイは食堂へ向かい、ジークは集会所を後にした。




