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ハルジオン・デイズ - 食に関心の無い世界を料理人が歩み行く  作者: 朧月 夜桜命
第一章:独りきりの旅立ち① - 七節綴文編
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第3話:料理人、第二の筋肉と出会う

 門を潜って村に入ると、長閑(のどか)で穏やかな空気が肌を撫でた。

 遠くから見た時にも確認できたが、家は疎らに建っており、やはり村としての規模は小さい方のようだ。


 何かないかとキョロキョロしながら歩いていると、程なくして白い看板がぶら下がっている建物を発見。

 かなり大きめな作りだが、それだけお客さんが来る宿屋という事なのだろうか?

 随所に斜めキューブが使われているがやはり丸みは全く無く、より強く壊創(ブロクリ)と似た世界だと実感した。


 村の小ささや平穏さを見ると、そもそも宿屋が必要そうには見えないのだが……。

 そんな事を考えながら二段だけある階段を登り、入り口のドアを開ける。


「ようこそ【白々亭(はくはくてい)】へー♪ お泊りですかー?」


 ほんわかした声で歓迎された。

 なんだか間延びした可愛らしい声で、一気に和む。


 奥にあるカウンターに向かいながら軽く見回すと、食堂のようなものも一緒にやっているようだと分かった。

 入口側に机と椅子が並び、奥にカウンター、右隣の部屋は厨房のようなものだろうか?

 カウンターの右隣には階段があり、おそらくあそこから上がった先が客室なのだろう。


「一部屋お願いしたいんですが……あ、門番のフランツさんの紹介で来ました」

「あぁフランツくんの♪ ……んー? あれー? 子供一人だけですかー?」


 これは完全にパターン化するやつですね、地球でも似た感じだったし気にしたら負けですよね知ってます。

 若干の虚しさを感じながら訂正すると、案外あっさりと受け入れられてしまい、逆に驚いてしまった。


「えへへー♪ こんなにちっちゃ可愛いのに、お姉ちゃんなんですねー♪」

「あはは……あー、お部屋借りるのは大丈夫ですよね……?」

「あ、そうだった! 忘れるところだったよー♪ ありがとー♪」


 ポワポワした笑顔で頭を撫でられそうになったが、微妙な雰囲気を察したのか、伸びた手は途中で引っ込められた。

 そして、フランツの紹介という事もあって、十泊を九泊の値段で部屋を貸してくれた。


「お部屋はー、二階の奥から二番目ですよー♪」


 鍵のような見た目の物を差し出されたので自然と受け取ったが、よく見ると持ち手の先はただの棒になっている……此れが鍵?

 そう思っていると、部屋の使い方の説明が始まった。


 どうやらこの鍵は魔道具の片割れのようで、使い方は普通の鍵と同じのようだ。

 挿して回すだけ、とても簡単な物だがそれなりに高価なようで、紛失しないように注意してほしいとの事だ。


 その後も部屋や宿内でのルールを教えられ、お礼を言って早速階段へ向かう……が。


「あ! シラカミサマ(・・・・・・)ー! 空が橙色になったら腹入れ(・・・)ができるのでー、出かける時は一声かけてくださいねー♪」


 謎の単語が幾つか聞こえたが、後で聞けばいいかと「わかりました」とだけ答えて階段に足をかけた。


 部屋の前に着くと、扉には白い花が描かれた木の板が下げられていた。

 他の部屋にも同じように別の絵が描かれた板が下げられているので、間違える事はなさそうだ。


 ノブの下に錠がぶら下がっており、鍵を挿して回すとキンッと小さく音がして外れた。

 扉を開けて中に入ると、そこは三畳程の広さで、ベッドと小さな机が置かれているだけのシンプルな部屋だった。


「狭いし簡素だけど、基本寝起きにしか使わないし十分か」


 まだ夕方には時間があるし、ちょっと村の中を散歩でもしようなかと思い部屋を出る。

 カウンターで散歩する旨を告げると、案内しようかと言われたがやんわり断った。

 村の広さ的に、案内されたらすぐ終わってしまいそうだし……。


………………


 ぶらっと歩いてみたが、やはり直ぐに見終わってしまった。

 プルミ村は本当に小さな村のようで、村の外から見た通り建物はかなり少なかった。


 家屋のような建物は十二戸あり、それより少し大きめな家屋が一戸。

 それとは別に、白い看板の【白々亭】、茶色い看板と灰色の看板、あと黒い看板の建物があった。


 黒い看板は【地下者(アングラー)】という、鉱石や石を売ってる店だった。

 好奇心で中を覗くと意外な出会いがあったので、今後も利用する事になりそうだ。


 本当にかなりゆっくり見回ったつもりだったが、かなり時間が余ってしまったので、村の中心ほどにある大木の下で休憩する事にする。

 一息吐いた後、【輪廻】が言っていた【説明書】を思い出し、確認しておく事にした。


「<持物(インベントリ)>うわっ!」


 目の前に半透明のタブレットが現れ、ホーム画面からパッと持物(インベントリ)に切り替わって表示される。


「この突然現れるの馴れないな……ビックリする」


 道中何度か使ってみたが、目の前に突然現れるのはどうにも慣れない。

 フゥっと一息ついてから、何が入っているか確認する。

 中には色々入っていた。


 ・調理服一式

 ・愛包丁一式

 ・説明書

 ・蜜柑×3

 ・木の棒×34

 ・石×21

 ・薬草×3

 ・ペルシ(パセリ)×2

 ・ベイジル(バジル)×3

 ・ロマラン(ローズマリー)×2

 ・タン(タイム)×1

 ・雑草×22


「ふふふっ蜜柑が入ってーら。【前進】が入れてくれたのかね。……どうやって取り出すの此れ」


 入れるのは画面に載せたり念じるだけで良かったが、取り出すのは試していなかった。

 説明書をタップすると選択状態にはなったが、それ以上に何か出来そうな様子は無い。

 ロングタップも同様だったが、試しにグッと強めに押してみると、画面の中に指がズブズブと入っていった。


「うおぅ、そういう事か。取り出したい物を選択してから、そのまま強く押せば取り出せるのね」


 やり方さえ分かれば怖いものなんて無い、とでも思ったのか、ズブッと一気に肩近くまで突っ込む。

 直後指先に何かが触れ、掴んで引っこ抜くと表紙に【説明書】と漢字で書かれた本を取り出せた。


 ドヤ顔で満足気だが、全くもって綴文が凄いわけではない。

 ツッコミをいれる者など居るはずもなく、少し恥ずかしくなりながら表紙を開く。


 適当にパラパラめくると、中身も日本語で書かれているのが確認でき、改めて一ページ目からじっくりと読んでいった。


 転移地周辺の歴史や地理、現存する種族と続き、自身の事や所有スキルの説明なんかも載っていた。

 歴史本を読んでいるような気分でとても楽しかったが、一通り読み終わると持物(インベントリ)に収納する。


 この説明書で判明した事は数多くあり、その内の一つに持物(インベントリ)も含まれる。

 画面に触れなくても、取り出したいと強く意識すれば、視認できる範囲内であれば任意の場所に出す事ができるらしい。



☆Tips 持物(インベントリ)


 容量無限、時間停止機能付きの亜空間収納庫。

 視覚内の任意の物を収納、任意の場所に取出しが可能。

 その為、壁の向こうや背後等の視覚外に出す事は出来ない。

 ただし、手の中など身体の一部に触れた状態であれば、視覚外でも出し入れできる。


 生物を入れる事はできず、死体であれば可能。

 ただし、気絶や氷漬け、石化などの意識が無い状態であれば可能。

 例外として、所有物として扱われる場合は生きていても収納できる。


 収納物に対して内部干渉はできない。

 内部で木の棒に火を付ける、石化した人物を薬で解除する、といった行為は行えない。




 その後は調理服や包丁を出し入れしてみたり、蜜柑を食べてまったり過ごした。

 ちなみにタブレットは次のようになっていた。


 一ページ目:プリインストールアプリ

 二ページ目:生前インストールしていたアプリ

 三ページ目:持物(インベントリ)等の神さまが追加したアプリ


 ページが多いと扱いが面倒なので、使いやすいようにフォルダ分けをして一ページにまとめておいた。

 そんなこんなしている内に日が傾き始めたので、空の色が変わる前に、ゆっくりと白々亭へと歩くのだった。



――


 宿屋の扉を開けると、机を拭いて回る女の子が元気な声を上げる。


「いらっしゃいませー♪ あ、おかえりなさーい♪」

「ただいま、そろそろかと思って」

腹入れ(・・・)ですねー、準備出来てますよー♪ お好きな席に座ってくださーい♪」


 説明書に腹入れは食事の事だとあったので、違和感無く会話を成立させる事ができた。

 まだ他のお客さんは居ないようで、どの席も選び放題だ。


「ではー、お持ちしますねー♪」


 そう言って右側の部屋へ入っていくと、ジューッと何かを焼く音が聞こえてきた。

 【肉は焼くだけ】という言葉が頭を過り、せめて血抜きはしっかりされてますようにと内心祈るばかりだ。

 待っていると数人の来店があり、少し慌ただしい雰囲気になってきた。


「お待たせしましたー♪ ごゆっくりどうぞー♪」


 目の前に置かれた皿には一枚の焼いた肉、両隣にはナイフとフォーク……のような物。

 ナイフは何処からどう見てもナイフその物だ。

 うん、サバイバルで使うようなやつ。

 フォーク……のような物は、先端が二股に別れた真っ直ぐな棒。


「……いただきます」

「……?」


 食の概念が無い以上、道具があるだけマシだろうと考えることにして、両手を合わせてから肉を切る。

 何故か隣で見ている店員さんに「切るの上手いですねー」なんて言われたもんだから、少し照れる。

 そして、肉を口に運んで一噛み……。


「これは……アカンやつだ……」

「えっ??」


 かなり獣臭いどころか血の臭いも半端じゃないし、本当に捌いて焼いただけの代物だった。

 幼少から毎日食べていれば「こういうもの」となるかもしれないが、そうでないなら食べられたものではないレベル。


「店員さん……」

「エルティだよ?」

「……店員さん」

「エルティだよ?」

「…………エルティさん」

「はーい♪」

「失礼を承知でお願いしますが、腹所(・・)を貸していただけますか」

腹所(・・)ですかー……ちょっとお父さんに聞いてきますねー!」


 ピューッ! と効果音が聞こえてきそうな勢いで、厨房であろう部屋へ駆けていった。

 ちなみに、説明書には「腹所=厨房」と書いてあった。


 周りのお客さんが少しザワつき始めたが、エルティと一緒に屈強そうな女性が現れたことでピタリとおさまる。

 なんだろう、雰囲気が【前進】にそっくりだ。


「あんたがシラカミサマ(・・・・・・)かい? あたしはルーティってんだ。ここの店主だよ」

「…………え?」


 一瞬、背景に宇宙空間が広がっていたかもしれない。

 「お父さんに聞いてくる」と言って出てきた人物が、どう見ても女性にしか見えない。


「ん? どうしたんだい? 具合でも悪くなっちまったのかい?」

「あ、いえ! 大丈夫です! とても逞しい筋肉だったので、つい見惚れてしまいました」

「がっはっは! この筋肉の良さが分かるのかい! ちみっちゃい嬢ちゃんのわりに、見る目があるじゃないかい!」


 男前な笑い声でバシバシと叩いてくるが、ちゃんと手加減してくれているのが分かる。

 たぶん、この人が本気で叩いたら骨が折れてると思う……そう思えるくらい逞しい腕とガタイをしているのだ。


 そして、この時ある事を思い出していた。


(そうだった、こっちの人族には【種族特性】があるんだった)



☆Tips 人族の種族特性①


 種族特性:性別変化

 人族同士の性交時に性別が変化する場合がある。

 性別が女性であっても、心の奥底で【父】でありたいと思っている場合、性別が男性に変化し、性器も体格もそれに合わせて変化する。

 男性の場合も同様。


 この為、男性同士や女性同士の夫婦は珍しくなく、異性同士の夫婦と大差ない数いる。

 また、異性同士であっても、お互いが変化して男女が逆転する事も少なくない。

 男性だけどお母さん、女性だけどお父さん、この世界ではごく当たり前で普通な事である。




「あっあの! 腹所を借りたいって話なんですが、可能でしょうか?」

「あぁ? まあそれは構わねぇよ? 何するのかくらいは教えてもらうが、いいよな?」

「はい。とても失礼な話ですが……私には、この肉は食べられた物ではないんです。私に焼かせてもらえませんか?」

「……なんだって?」


 瞬間、ルーティの背中から殺気が立ち上り、恐怖のあまりお客さんがバタバタと逃げ出していく。

 綴文も恐怖から咄嗟に逃げたい衝動に駆られたが、なんとか気合いで持ち直し、ルーティから視線を逸らさず耐えた。

 すると、ルーティの背後に一人の女性が現れた。


「あなたぁ~? なにお客さん怖がらせてるんですかぁ~?」


 とても穏やかな笑顔で立っているが、ルーティ以上の殺気を飛ばしており、エルティの顔が一瞬にして凍りついた。

 ルーティが恐る恐る後ろを振り返ると、そのまま硬直して動かなくなってしまった。


「うふふぅ~♪ お話はぁ~聞こえてましたよぉ~? 私にもぉ~詳しく聞かせてもらえますかぁ~?」

「うひゃい!!」


 身体がビクッと跳ね上がり、恐怖から声が裏返ってしまった。

 きちんと説明しないと殺される気しかしないので、咳払いをしてから説明を始めるのだった。

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