第2話:料理人、転生する
ブラウン管テレビの電源を落とした時のようにブツンッと視界が黒く染まった。
一瞬不安が過ったが、また目を閉じているのだと即座に気付き、ゆっくりと瞼を開けると爽やかな風が吹き抜け、其処が広大な草原であることを教えてくれた。
「はぁ……私怒ってたはずなんだけどな……」
思わず漏れた溜息はそよ風に掻き消され、澄んだ空気に心が落ち付いていく。
暖かな陽の光、広い空、そよぐ風、自分の背丈より少し低い草の擦れる音。
「この草、十センチくらいかな? 身長が十分の一になってるって本当だったのね……ん?」
☆Tips 縮小化という進化
牛や兎といった普通の動物が【猛獣化】する事例が発生し、弱い動物達は途方もない年月をかけ、逃げ隠れる為の進化を辿ってきた。
結果、世代を重ねる毎に身体が縮小化していき、今の人族は縮小化が始まる以前と比べて十分の一程の大きさにまでなっている。
力の無い弱い動物も同様だが、性格や環境によってその縮小率には倍程の差が出る。
虎や猪などの力の強い動物は五分の一程に縮小しているが、これらは脅威となる【猛獣】だけでなく、より凶暴な【変異種】から逃れる為だと言われている。
しかし世の中には例外がつきもので、巨人種や凶暴・獰猛な性格の動物がそれに含まれる事となる。
脚が異常に発達した【キックラビット】や、驚異の突撃力も持つ【マッハスパロウ】が良い例と言えるだろう。
☆
木にもたれるように座っていたが、地面に手を付いた時に違和感を覚えた。
土や芝生のような草を触っているはずだが、その質感と一緒に何か柔らかい物を触っている感触も一緒に感じたのだ。
その違和感を感じると、もたれかかっている木にも違和感を覚え、体を捻って木に触ってみる。
同じように木の質感と一緒に、柔らかい物を触っている感触が伝わってきた。
まるで羊毛のように感じるが、強く押しても指が沈みこむこともなく、硬さは木そのものだ。
そういう種類の物かとも思ったが、土にも木にも同じ感覚を覚えるとなると、その線は無さそうだと結論付ける。
その正体は分からないが、ずっと座っているわけにもいかないと思い、地面に手をついて立ち上がる。
すると、更なる違和感が視界に飛び込んできた。
「木が……丸くない? なんで? それに……」
そこに立つ木はとても大きく太く、自分の体が縮んでいる事を実感したが、丸みが無く平面である事に気がついた。
不思議に思って木の周りをぐるりと回ってみると、それが八角形であることが分かった。
周囲を見渡すと、丘のようになだらかに下っている地形ではあったが、よくよく目をこらしてみると節目のようなものが見える。
それは碁盤の升目ように等間隔で、既視感が綴文を襲う。
「これって|壊創-Broken&Create-《ブロクリ》と同じじゃん……こんなの聞いてないよ神様」
先程の溜息とは違う意味合いの溜息が漏れ、きっと鏡を見たら困惑した顔をしているんだろうなと自嘲気味に思うのだった。
――
一度思考をリセットしようと伸びをして、清々しい空気を体に入れて吐き出す。
改めて周囲を見渡すと、ある事に気がついた。
「この木のデザインもだけど、よく使ってたテックスのMinituriaと同じだよね。柔らかく感じたのはFeltCraftの影響かな?」
世界中で愛されているPCゲーム【壊創】は、人気が高まるにつれてスマホや色々なゲーム媒体でリリースされるようになった。
綴文は日本国内や海外に行く事が多く、移動時間や休憩の時によく遊んだゲームの一つでもある。
全てがキューブで構成された世界で、冒険をするも良し、建築をするも良し、生産をするも良しと遊び方に決まった形がないサンドボックスとして若い世代なら知らない者は居ない。
「はぁ……これからどうするか考えなきゃか。壊創と似てるのはむしろ好都合な気がするし」
ぐるりと一周見回してみるが、近くには草以外無く、遠くに密集した木があるくらいだ。
「似てるって事は緑の悪魔も居るかもしれないし……適当に歩くのも怖いから、言われた通り地図の確認でもしますかね」
神々との会話の中で、まずは地図を確認して近くの村に行くのを薦められていた。
何をするにも寝床の確保を優先した方が良いと、【前進】に強く言われたのは当然の事だろうと思う。
「えーっと、たしかスキル名を言うだけで良いんだよね……<タブレット>!!」
そう言うと、目の前に半透明のタブレットがパッと現れた。
画面には幾つかのアイコンが表示されており、その中に目的の【地図】も確認できる。
「いやー言ってみるもんだね、愛用のタブレットを使えるようにしてほしいって」
駄目元で頼んでみると、人工遺物化する事で使えるようにできるとの事だったので、光の速さでお願いした。
この世界に存在しない物というだけでなく、<人工遺物>という存在自体が極稀な代物だ。
もしアイテムとして等級を付けるとしたら、最上位の【幻想級】といったところだろう。
☆Tips アイテムの等級
この世界のアイテムには等級があり、その稀度を示す物とされている。
しかし、一般に鑑定の魔法は存在していない為、あくまで目利きや入手難度によるもの。
現状、一般人が正確に等級を知る方法は存在していない。
普級
いわゆる一般的な品物、誰でも簡単に手に入る
特級
普級より入手し辛いが、誰でも手に入れる事ができる
稀級
四葉のクローバーのような存在、入手自体は可能
特稀級
稀級より入手し辛く、入手の為に死人が出る事も
伝説級
勇者や賢者と呼ばれた存在が使用していた品、元は稀級だった品もあるらしい
神話級
神々が創造したとされる代物だが、確かに存在が確認されている品
創生級
創造神が創ったとされる品、国が厳重に管理している物が殆ど
幻想級
その存在自体が定かではなく、語り継がれる唄や物語でのみ語られている存在
☆
早速アイコンをタップすると、画面上に地図アプリが立ち上がる。
自分を中心とした周囲の地形が表示されているようだ。
「うわー、真っ白だ……見事に平原しかないわけね。お、3D表示もできるんだ。倍率を下げて左の方に……あ、あった」
現在地から歩いてどのくらい距離があるかは分からないが、西の方向に村があるようだ。
思い切り伸びをして、頬を軽く叩いて気合を入れる。
まずは村に向かう、それから寝床を確保する、全てはそれからだ。
「ん……」
いざ歩き出し、二、三歩進んだところでハタと立ち止まる。
下腹部に違和感を覚え、スカート越しに腰の辺りを触ってみると……。
「パ、パンツの転移……忘れちゃったのかな……?」
――
緩やかな丘を越え、川を渡り、また道なき道を目的の方角へ突き進んで行く。
途中に一度だけ休憩を挟み、改めて下着の有無を確認するだけの心の余裕はあった。
もはやパンツを穿いてないのだけは疑う余地も無く決定的明らか。
ブラに関しては、元の世界でもノーブラで過ごしていたので、全く気にとめる事もなかった。
スポブラ? 必要なほどありませんでしたがなにか? はいはい、どうせAカップですよ。
その後も着々と歩を進め、目的地へと近付いていく。
道中何かに使えるだとうと思い、木の枝や小石、野草のような物を拾いながら歩いた。
ちなみに運が良かったのか悪かったのか、生き物と出会う事は一切無かった。
「おー、地図で見た時は小さい村だと思ったけど……やっぱり小さい村だ」
あまり高くない柵に囲われており、ポツポツと建物も見える。
ちょうど村の入口がある方向に来る事ができたようで、木で作られた門と門番らしき人が確認できた。
太陽は真上からそこそこ傾いている状態で、夜まではまだ時間がありそうだ。
そう思いながら安堵の気持ちで門に近付いていくと、先程見えた門番らしき人が話しかけてきた。
「お嬢ちゃん一人かい? 親御さんは? もしかして迷子か?」
「え、わっ、いえ? 私一人です。この村で宿屋をとろうかなと……」
「なんだって!! 君みたいな幼い子が一人だなんて、危ないじゃないか!!」
言い終わる前に、驚愕を含んだ大声を被せられ、あろうことか子供扱いされてしまった。
これでも地球では成人が近い年齢だし、結婚出来る年齢はとうに越えているのだが……。
隠す事のできなかった呆れ顔で見つめると、男は疑問符と共に綴文の言葉を聞く姿勢を見せる。
「……こう見えて十八なんですよ。十の頃から成長が止まりまして……」
見た目だけで判断した失言に気付いたのだろう、サーッと顔が青褪めていく。
「…………その、なんだ……すまなかった……」
とても気不味い空気が漂い始めるが、早く村に入りたい綴文は話を進める。
「門番さんですよね、さっきそこに立ってましたし。宿屋さんってありますか?」
「あ、あぁ宿屋な! 門を潜って少し歩くと右側に白い看板の建物があるから、其処に行くといい。幼馴染の店だから『門番のフランツの紹介だ』とでも伝えれば、少しは安くしてくれるはずだ。是非行ってみてくれ」
「ありがとうございます、助かります」
ペコリと頭を下げると、気にするな! と照れくさそうに笑い、門の前まで先導してくれた。
門にはこちらの文字で【プルミ】と書かれており、地図で見つけた村と一致していてひとまず安心した。
ん? 何故門の文字が読めたのかって? それは、最初から【スキル:言語理解】を持っているからだったりする。
フランツと会話ができているのも、このスキルのお陰なのだ。
現地の人はカクカクしてないんだなーと思いながら、門を潜り村への一歩を踏み出すのであった。
――神界――
「無事着けたみたいっすね!」
「これで……あ、安心……」
卓袱台を囲むように三柱の神が座り、下界を見下ろしていた。
「転生して直ぐに死んでしまってはイカンからの」
「何かしたんっすか?」
「こっそり獣除けをの、村の門を潜ると効果が切れるようにしておいたんじゃ」
「や、優しさ……?」
「いや……罪滅ぼしじゃ……」
「「あぁ……」」
若干顔色が悪くなった老人が深く溜息をつくと、二柱は苦笑いをするのだった。
――Side フランツ
たまに門の近くに攻撃的な動物が現れる程度で、基本騒がしい事の無い小さな村。
そんな村の門を守ることを仕事とする若者が一人。
特に何も起こらないまま、もうすぐ交代の頃合いかなと欠伸を一つ。
思い切り伸びをして目を開けると、小さな人影が視界に入る。
「子供か? 七、いや八数えたくらいか?」
それはどう見ても子供にしか見えず、他に人が居る様子は無い。
いくら比較的安全とは言え、危険が全く無いわけではない。
そんな所に子供が一人で居る時点で、何かあったとしか思えなかった。
「ん? 髪の毛が……白い……?」
『もし頭に浮かんだ存在と同一なら』という好奇心が湧き上がり、【子供を心配する大人】よりも好奇心が先頭に来てしまう。
若干の緊張をゴクリと飲み込み、よし、と呟いてから一歩を踏み出した。
この若者との出会いで何が起こるのか……それは神にも予想はできないでしょう。
良い出会いとなるのか、悪い出会いとなるのか……その結果が出るのはまだ先のお話。
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