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ハルジオン・デイズ - 食に関心の無い世界を料理人が歩み行く  作者: 朧月 夜桜命
第一章:独りきりの旅立ち① - 七節綴文編
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第1話:料理人、神地に立つ

思う所があり、第1話から書き直しを始めました。

過去分は、ある程度まで追いついたら運営サイトに保管して削除します。

 不安になりそうな程真っ黒な空間で、水の中を漂っている様な浮遊感を全身で感じる。

 しかし、遠い昔此の場所で同じように漂っていたような、謎の安心感も同時に感じていた。


 ……をさ……のじ……。


 何処からか声の様な音が聞こえた、そんな気がして確かめたい欲に駆られ、藻掻く様に全身に力を込めてみる。

 すると、黒一色の空間に白い一本線が現れ、中程を中心に白が広がっていき、ゆっくりと黒を外に押しやっていった。


 白一色になった影響だろうか、頭がチカチカして目眩を起こしていたが、此処は白一色である方が正しかったのだと自覚した。

 身体を上手く動かせなかった理由は分からないが、黒から白に変わったのは目を閉じていただけ、何故かそれが正解だと知っていた。


 そんな自覚をしている内に頭がクリアになっていき、若干残っていた浮遊感が徐々に無くなっていく。

 ようやく視界も回復したのでゆっくりと辺りを見回してみると、ただ白いだけでなく木や草が生えている事に気が付いた。

 そのどれもが白く、目を凝らして見ないと同化してしまい気付かなかったかもしれない程だ。


 なんとも不思議な場所に興味が湧き、散策してみようと一歩踏み出そうと前のめりになった時だった。


「もし、そこのお嬢さん」


 先程辺りを見回した時に白い物以外は無かったはずだが、背後からハッキリと声が聞こえた。

 しかし、お嬢さんとは誰のことだろうか? 頭に疑問符を浮かせながらそっと振り返ってみると、そこには落ち込んだ様子の三人組が立っていた。


 一人は上から下まで真っ白な服を着たお爺さんであろう人物で、真っ白な中に少し見える肌だけが肌色だ。

 右手には叩かれたら痛そうな木の棒を持っており、杖のように地面に垂直に立てているが、其れで身体を支えているわけではなさそうだった。


 左隣には金や紫の刺繍が申し訳程度に施された黒のヒラヒラした服を着た男性であろう人物が立っており、フードをスッポリと被り少しだけ見え隠れしている目でこちらをチラチラと見ている。


 右隣にはとても豊満な胸部に小さな赤い布を身に付けたとても筋肉質(マッチョ)な女性であろう人物が立っている。

 何の為かは分からないが肩から長い白い布を纏っており、何故か常に微かにヒラヒラと揺れていた。


 目の前には三人組、自身の左右を見ても他に人が居るわけでもなく、念の為背後も見てみたが誰も居らず、間違ってたら恥ずかしいなと思いながら口を開いた。


「……もしかして私の事ですか?」

「いかにも。儂は【輪廻】を司る神、ちとお嬢さんに話があっての……」

「はあ……」


 何故と聞かれても答えはないのだが、なんとなく聞かなければいけない、そんな気がした。


「すまんの、では此方に……」


 【輪廻の神】なる老人が指し示す方を見ると、何時の間にか緑の床と茶色の台が置かれており、促されるまま緑の床に座ると、三人が対面に座った。

 なんだろうか? どこか懐かしい匂いがする。


「回りくどい言い方は良くないからの……申し訳ない、其方(そなた)は儂の失敗で死んでしもうたんじゃ……」

「え?」


 言葉はちゃんと耳に入っていたが、懐かしく感じる匂いに気が行っていたせいもあり、突然三人が頭を下げた事に驚き少しお尻が浮いた。


「えー…………いやー、よく分からないんですけど、どういう事ですか?」


 意味が分からず素直に疑問を口にするが、間抜けな聞き方になり恥ずかしくて頬が微かに熱くなった。

 そんな感情の機微など気付かなかったのか、老人が頭を少し上げ、視線を落としたまま説明を始めるのだった。


「まず、其方の名は【七節(ななふし) 綴文(つづみ)】といっての、【料理】を愛する女性じゃった……」


 老人はゆっくりと、どんな環境でどういう生活をしていたのか、どんな人たちと出会いどんな夢を持っていたのかをゆっくりと語っていく。

 話が進むにつれて身体の真ん中の辺りがチリチリとしたが、黙って老人の言葉に耳を傾け続けた。


「……其方が亡くなった日も、幼少から出続けておった料理大会の後じゃった」


 言葉が紡がれるにつれてチリチリとした感覚は次第に大きくなり、ガラスが砕けたかのように弾けて消えた瞬間、涙が頬を伝った。

 父の死、母と二人の生活、料理人への道、砕かれた夢と希望、それらの鮮明な記憶とこれまでの人生が早送りのように一気に脳裏を駆け抜け、やがて全てを思い出した。


「本来ならば九十まで生きるはずじゃった……其方はあの日、死ぬ運命には無かったのじゃ……」

「……なら……何故……何故死んでしまったんですか……」


 自身が死んだ事に対してではなく、残してしまった母を思うと涙が溢れ、言葉が震えるように口から零れ落ちた。


「儂等神々は、才能の芽が枯れぬよう手助けする事があるんじゃ。料理大会の【準優勝者】もその対象の一人じゃった。『敗北をバネに前を向いて歩いてほしい』、その者の両親の願いもあって後押しをする手筈じゃった……」


 少しずつ言葉を紡ぐ老人の顔が一層青さを増したように見えた。


「此れに携わったのは、右に居る男神【嫉妬】を司る神、左に居る女神【前進】を司る神。対抗心と前向きな気持で後押しをするはずだったのじゃが……その……」


 突然語尾が弱まっていき狼狽し始め、視線が右へ左へと泳ぎ顔全体に汗が浮き始めた。

 両隣で黙って頭を下げていた神達からも重苦しい空気が漂ってくるのを感じ、ついに核心へ至るのだと緊張が走った。


「……ゴッドノーズがの……」

「……『神のみぞ知る』って……神は貴方じゃないですか……」

「その……ゴッドブレスで……」

「いや、幸運を祈られても…………あの、分かるようにはっきり言ってください」


 回りくどい言い方をされ、溢れていた涙もピタリと止まりイライラが募り始め語気が強くなる。


「……二神が【想人の思叶(オモキカノウ)】を授けようとした時に、儂にそのぅ……クシャミが舞い降りてのぅ……驚いた【嫉妬】が十倍以上の力を飛ばしてしまってぇ……そのぉ……」

「…………は?」


 頭が真っ白になった。

 つまり超強烈な嫉妬心に強い前向きな力が働き、強力な殺意に変わったという事なのだろう。

 そんな下らない理由で死んでしまったのかと怒りがこみ上げ、同時にそんな事で母を一人残し先立ってしまったのかと悲しみが溢れ出てきた。


 目の前で額を床に擦り付けて謝罪をしている神が居るが、もはや視界になど入っておらず、もう一つの悲しみが後を追って湧き出ていた。


「そんな……そんな事のせいで……あの子は殺人犯にされたんですか……」


 昔から決勝を争い続けてきた良き好敵手(ライバル)であり、普段会ったり遊んだりはしないものの、同じ夢を追う良き友人であった。

 そんな彼女が、こんなつまらない理由で殺人犯にされ夢を奪われたと思うと怒りに震え、溢れる涙で視界が滲むが、その眼は老人を鋭く射抜いた。


「誠に申し訳ない!」

「申し訳……ご、ございません……でした……」


 今まで黙っていた二柱の神が一層深く頭を下げて謝罪の言葉を口にし、依然怒りが収まるはずもないが、ほんの少し冷静さが顔を出した。


「……悪いのは其れだけです……お二人に謝っていただく理由はありません……頭を上げてください」

「しかし!」


 【前進】は顔だけを向けて声を上げるが、静止するように手を翳して反論を止めた。

 どれだけ考えても、誰がどう聞いても、老人だけが悪いようにしか思えなかったからだ。


「意図的にそうしたと言うなら絶対に許しません……違うのなら今直ぐやめてください」

「わ……わかった……」


 納得いかないといった様子だったが、押し通せば更に空気が悪くなると察し、上体を起こして申し訳なさそうにモジモジし始める。

 その様子を見ていた【嫉妬】の神も同じように上体を起こすも、老人は二人に挟まれたまま土下座を続けている。


(起こった事実も、その結果も変えられない……か……)


 その様子を暫く眺め、そう考えるより他はないと思い至り怒りを鎮めるよう努める事にした。

 そして徐々に怒りが静まっていくにつれ、悲しみが強く表に出て、再び溢れた涙を引き金に爆発した感情は抑える事が出来ず、子供のように声を出して泣いた。



――


 気が付くと【前進】の神に抱かれていた。

 ずっとそうしてくれていたのかそっと頭を撫で、優しく、とても優しく撫でるその手は自愛に満ちていた。


「もう大丈夫かい?」


 綴文に安堵の笑顔が浮かんでいる事に気付いた【前進】は、胸の中の綴文に問いかける。


「もう……大丈夫です」


 頬が緩んでいる事に気が付いた綴文は、少し気恥ずかしくなった。


「……本当に申し訳ない事をしたね……あたし等のせいで人生を台無しにしちまってさ……」

「ですから謝らないでください……貴女の事を恨むなんて、絶対しませんから」

「ありがとう、ツヅミちゃんは本当に心優しい子だね」


 もう一度優しく頭を撫で、ゆっくりと座り直させてくれる。

 慈愛に満ちた視線も、優しい手も、鍛え上げられた腹筋も、とても素晴らしい女神だと思った。

 そして、目元を拭い老人の方に向き直る。


「……不慮の事故だったとは言え、貴方の事は許せません。……起こってしまった事も取り消せません。本当に申し訳ないと思うのなら、謝罪ではなく行動で示してください……」

「勿論そのつもりじゃ……今後も含めて儂ができる最善を尽くそうと思う」

「……それで、私はこの後どうなるんでしょうか? 此処で生活するわけではないんですよね?」


 一度居住まいを正し、この先について切り出す。

 老人が言うには、【料理という概念が生まれなかった世界】に転生する事になるようで、その際に可能な限りスキルを付与してくれるらしい。

 よりにもよって、料理人として生きてきた人間が真逆の世界に送られる事になろうとは、流石に想像できていなかった。


「【料理】という概念が無いだけではなく、食材や調味料といった概念も存在せんでな」

「食材の概念が無い……?」

「ちと言葉が足りんかったが、【食べる】という行為はあるが【食】という習慣、概念がないんじゃ。肉は焼くだけ、野菜や果物は食べやすい大きさに切る事はあるが基本そのまま囓る。国や地位、種族に関係なく何処に行っても同じじゃ。食べる物に対して【食材】という考えや言葉は生まれんし、類似する言葉もない。そのまま焼いて食べる以外の行為をせんのじゃから、当然【調味料】も生まれるべくもない……といった感じじゃ」


 長々と説明されている間に(これ、食を広めて根付かせてくれって頼まれるやつじゃないの……?)と思った。

 当然と言わんばかりにの一言一句違わず同じ言葉で請われたのは、ため息も出なかった。


「それってタイミング的に都合良すぎじゃないですか? もしかして、そのためにわざと殺したとかじゃないですよね?」

「いやいや! 流石に其れは無い、創造神に誓って潔白じゃ!」

「本当ですか……?」

「実を言うとの、其方が寿命を迎えた際に同じように呼ぶ事になっておったんじゃ。まぁその……時期は早まったがの……」

「……分かりました、信じます」


 元々嘘を吐く意味がないし、仮に嘘だったとしても証明のしようがない。

 これ以上追求したところで答えも変わらないだろうし、ひとまず信じる事にした。


 そんなやり取りの最中、【嫉妬】がお茶を用意し、【前進】が蜜柑の入った籠を茶色の台……卓袱台の上に置いた。

 綴文の隣に座る【前進】は丁寧に皮を剥き、綴文の前に差し出す。


「儂等の願いを聞いてもらう礼にスキルを付与しようと思うとる。それと、最大限の謝罪の形として其れ等とは別にスキルを付与、更に可能な限り願いを聞き入れさせてもらおうと思う」

「もぐもぐ……かなり大盤振る舞い……もぐもぐ……ですね……もぐもぐ……」

「……当然の事じゃ、それでも足りんと思うとるくらいじゃよ」

「もぐもぐ……そうですか……ズズーッ……では遠慮なく……もぐもぐ……」


 最後の一房を口に放り込むと、剥けた蜜柑が隣からスッと出される様は完全に【わんこ蜜柑】状態だ。

 老人の視線が【前進】に飛ぶが、気にした様子は全く無く、飛んでいく視線がバリアか何かに弾かれているのが見える。


 延々と出続ける蜜柑とお茶を楽しみながら、呆れた様子の老人とスキルについて話をした。

 最終的に幾つかのスキルの付与と、綴文の要望を採用した【特典】を決めるに至り、卓袱台の上には蜜柑の皮が塔のように積まれる事となった。

 途中から諦めたのか、老人の瞳からは光が失われていき、諦めと呆れの表情がペタリと貼り付けられていた。


 その後は新しく暮らす世界の話を聞き、地球との違いに驚きつつも疑問を投げかけ、移動後即座に困る事が無い程度には知識を身に着けられたと思う。

 高々と積まれた蜜柑の皮が四つになった頃、蜜柑の供給が止まっていたが、真剣に話を聞いていた綴文が気付く事はなかった。

 そして、話が一段落すると、綴文の身体が仄かに光り始める。


「そろそろ移動の時間のようじゃな」

「……なんだかんだあっという間でしたね」

「うむ……そうかの? 寝床に困らぬように幾ばくかの金と、今し方話した事を含めた【説明書】を用意しておいた。【持物(インベントリ)】と唱えれば確認できるでの、是非とも使ってやってくれ」

「ありがとうございます、有効に使わせてもらいまぶっ!!」


 最後まで言い切る前に【前進】の胸が迫り、思い切り抱擁される。

 顔が雄大な双子山に押し付けられて息ができない。


「自分から危険な事に飛び込んじゃ駄目だからね? 危なかったらちゃんと逃げるんだよ? 寝る時は安全な場所を選びなね? 知らない人に付いて行っちゃ駄目だよ? 拾い食いなんかするんじゃないよ? 困ったらちゃんと周りを頼りなね? あたしの事忘れちゃ駄目だからね? あーん!! あたしゃ心配だよー!!」

「か、可愛いのは……分かった……から……し、信じて……あげよ……?」

「うぅ……うわーん!! 達者で暮らすんだよー!!」


 顔にむにょんむにょんと胸が押し付けられ、いよいよ顔色がやばくなっていく。

 これがきっかけかは分からないが、綴文から放たれる光が一層強まっていく。


「おぉそうじゃ、大事な事を忘れておった。其方の姿は地球に居った時のままじゃが、一つだけサービスさせてもらったぞい」

「んーーーっぷはっ!! はぁ……はぁ……サービス……っはぁ、ですか?」


 なんとか柔き双球の呪縛から離脱すると、更に光の強さが増す。


「其方が好んで遊んでおった【げいむ】とやらがあるじゃろ?」

「ええ、移動時間の暇つぶしとかにちょこちょこ遊んでましたね」


 放たれる光の強さが、普通なら目を開けていられないくらいにまで強くなる。


「大層好んで使っておった【白髪】【赤眼】にしておいたからの! なーに【さぷらいず】というやつじゃ! 新しい世界を楽しんでおくれ!」

「ななななななにしてくれてんだ!!! クソジジイイイイイイイイイイイイイイィィィィィ…………」


 パチンッと光が弾けて綴文の姿が其の場から消え、怒号の残響だけが残る。

 その光の粒の中に涙が混じっていたのは、【前進】と【嫉妬】だけが気付いた事だろう。

 何故なら老人は、消えた直後に白目で崩れ落ちてしまったのだから。


「なんでそんな事したんっすか? どう考えても地雷じゃないっすか」

「クッ……クソ……クソジジ……イ……」

「じ、自業……自得……です……」


 ピクピクと身体を震わせ、暫く立ち直る事が出来なかったという。

 当然ながら、この事を綴文が知るはずもなく、この先も知ることは無い。

 そして、綴文に伝えるべき【伝言】があった事を、この神々が思い出す事も無かった。

次話からTipsを挟みます。

基本的に、主人公が知っている情報を開示していく形になっていきます。

ただし、主人公は知っているけど、意図的に筆者が情報を伏せている場合もありますので、必ずしも【開示されないから主人公は知らない】という事ではありませんので、悪しからず。


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