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デウス・エクス・マギア ~大いなる幼女とデスメタる山田~  作者: 猫文字隼人
第一章 魔王とデスメタルと俺
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山田、魔王のフリをする 下

――でかい。


 182センチある俺よりも一回り以上巨大な身体をしている。

 それは縦だけでは無く横にも。


 喧嘩をする場合何よりも大事なのは体格差だ。

 たとえ格闘技をかじっていたとしても体格に勝る相手に打ち勝つのはかなり難しい。


 それに加えて俺は格闘技など一ミリも知らないのだ。

 本来この体格差は致命的だった。


 ダイモンの隆々とした筋肉は人間と比べる事すらおこがましいほどの体積を誇り、こんなのに殴られたら本当に死んでしまうかも知れない。

 だがその恐怖を押し込んで余裕のある笑みを浮かべた。



「クク、無知とは恐ろしい物だ」



 小さくそう呟いた後、思い切り息を吸い声を張り上げる。



「心して聞け! そして跪け! 我は今代の魔王である! この我の目の前で下らぬ暴力を行うとは見下げた事だなダァイモン!」



 体格で負けている俺は、少なくとも虚勢と声でだけは絶対に負けられない。


 ガンをつけてくるダイモンを視線で圧倒するようににらみ付け、絶対に視線を外さない。


 ダイモンを含めた周囲は唖然とした表情でざわつきだした。



「魔王って……え!? ってことはあれがヴェルベット様か!?」


「まさか……本物かよ!」


「でも確かにあの焼けただれた顔は噂通りじゃねーか!?」


「いや、まだ解らないぜ! 今まで何人偽者が出てきたんだよ!」

 


 周囲の喧噪はどんどん大きくなっていく。

 まだ誰も知らない魔王ヴェルベット・チャーチ。

 歴代最強とすら呼ばれるその噂だけが駆け巡り、作り話ではないかとすら噂され、週刊誌で特集を組まれる魔界で今もっとも注目を浴びるホットな存在。


――勿論誤認してくれることを期待したが俺自身は名前を出していないのでぎりぎり嘘はついていない!

 ざわめく群衆の中、ダイモンだけは怒りに震え俺をどうしたものかと凝視している。



「失礼ですが……貴方が、ヴェルベット・チャーチ様であるという証拠はあるんですか」



 怒りをかみ殺して、ダイモンはそう問う。

 この時点で嘘だと殴りかかられるのが俺にとっては最悪のシナリオだった。

 

 だが、ヴェルベットも言っていたとおり思ったよりも理性的であったのは俺にとって幸運だった。


 こいつが完全な馬鹿だったら俺は今頃ぶん殴られて地べたに這いつくばっていただろうからだ。

 勿論ダイモンにクールダウンさせる効果も期待し、ゆっくり歩いて時間を稼ぐなどの小細工も忘れずに仕掛けていたのだが。



「我が魔王である証明? ふん、我がそんなことをする必要を感じぬ」


「何を馬鹿なことを! 今までだって何人もヴェルベット・チャーチ様の名をかたる詐欺師がいたんですよ。そんな詭弁で乗りきれるとでも思っているんですか。……万が一貴方が偽物だったら……」



 ダイモンは不敵に笑いながら拳をぼきぼきと鳴らす。当然の反応だろう。だが……。



「二度は言わん。貴様のような単細胞の為に裂く労力など無い。だがそれでも信じられぬというのなら今すぐかかってきても良いぞ、我の本意では無いが一瞬で焼き鳥にしてやる。だがそれも出来ぬというのであれば……そうだな、この場に我が転移してきた瞬間を見た者でも探せば良い」



 声圧で群衆を黙らせる。それは小さな声でも通るように下準備の意味もあった。静寂の広がる広場の中で皆がゆっくりと周囲を見渡す。すると一人の子供がそろそろと手を上げた。



「ぼ、ぼく見てた……魔王様、今その場に突然出てきた。何も無かったのに……」



 出現の瞬間、騒ぎに注目していない子供を探し、目の前でヴェルベットの光学迷彩がとけるように位置を調節していた。

 だが実際目にしたことをこのタイミングで発言してくれるかどうかは大きな賭けだった。

 失敗した場合の選択肢も用意していたが、その場合やや難しい展開になる為少年が声を上げてくれたのは俺にとって大きなアドバンテージとなる。



「それって……」



 周囲が更にざわついていく。



「まさか転移魔法って事か!? 理論だけでまだ魔法自体は完成していないはずじゃ……ヴェルベット様は既に完成させていたというのか!?」



 ヴェルベットは自分だけは転移魔法が使えるが、それなりに条件が厳しいとも言っていた。

 恐らくそれは一般的には実現していないものの、リアリティのあるレベルの奇跡だという事。



「理解出来たかダイモン。我は争いごとは好まぬ。そしてお前が理由無く暴れる馬鹿では無い事も解って居る。何故暴力を振るっている。事情を話せ」



 当然この程度では完全に信じ切ってはいないと思われるダイモンだったが、恐らくは超高位魔法である転移を使った可能性のある俺に対してあまり強気に出るのは得策では無いと感じているのだろう。


 一旦優位を取っておき、その後で相手の話を促し、きっちりと聞く。

 そう、対話においての基本は『相手の話をしっかりと聞く事』だ。

 

 コーチングやコールドリーディングにも代表されるこれら技術の応用は相手が知的生命体であれば恐らくは通用すると踏んでいた。

 相手の望む回答、そして選びやすい回答を事前に察知し、小さな選択を連続させることでこちらの望む展開へと持ち込んでいく。


 つまり意見を対立させるのでは無く、受け流すことで任意の着地点へと誘導していくのだ。


 専任のマネージャーが存在しないインディーズバンドが活動する為にはメンバー個人の持つ交渉力の重要性は非常に高い。

 大きなライブハウス(ハコ)で演る為には必須技能と言っても良いだろう。

 勿論そんな地味なものが魔界で役に立つとは思いもしなかったのだが。


 ダイモンは数秒悩んだ末、ゆっくりと事の顛末を語り出した。



「……このマゴット野郎がふらついて俺の息子に触れやがったんですよ。息子は生まれつき身体が弱いんです。今だって熱を出していたもんで――ついかっと頭に血が上って」



 そういって背後に居た子供を俺の前に出した。

 やや赤い顔をしているが見た感じ問題があるようには見えない。


 父親であるダイモンには似ても似つかぬ可愛らしい少年だった。

 

 マゴットに触れられただけでダイモンが激昂したのには何か他に理由があるのだろうかと思案していると、



「魔王様、おやめ下さい。本来僕が立ち入る事が禁じられた市場に来たことが発端なのでここに居る皆様は何一つ悪いことはしていません。わざとではありませんが僕の毒がダイモンさんのご子息に飛んでしまったのは事実です。罰される覚悟は出来ています」



 地面に頭をこすりつけ、震えながらマゴットの少年は言った。


 成る程、毒。

 そういえばヴェルベットがマゴットにはかつて魔王を毒殺した疑いがあると言っていた。


 だがダイモンが素手で少年を突き飛ばした事から毒と言ってもそれほど深刻な物では無いのだろう。

 そう推測しているとダイモンがマゴットの少年を非難げに見ながら言葉を発した。



「そうですよ、こいつがこんな所に来なければそもそも――」


「黙れ」



 深く息を吸い、最大限までドスを利かせてそう言った。

 周囲がびくりと萎縮する空気を肌に感じる。

 

 ゲップにも近い響きは結構出すのに苦労するのだがその効果を見てやってよかったと心の中でガッツポーズを取る。

 基本からは逸脱するがネガティブな議論を周囲に聞かせては誘導が難しくなる。

 こういう物は早めに止めておく。



「ダイモン、お前の事情は良く理解した。では次に小僧、お前はどうしてこの場に来た。何か理由があるのか? 次はお前がそれを語れ」



 泥棒でない事を祈りながらそう聞いた。だがマゴットの少年からそういった邪悪な物は感じなかったのでそこに賭けることにする。



「……私の父が、倒れたのです。何か精の付く物をと思ったのですが我々マゴットに許された地にはそのような栄養価の高い作物は出来ません。それで仕方なく――」


「つまり……お前は父の為に、栄養のある物を求めて、自らが罰されることを覚悟してこの場に来た、と。そういう事だな?」


「はい、その通りです……」



……。


……まずい。


 この手の人情話に滅法弱い俺は俺はその身体を後ろにゆっくりと反らせて涙をこらえる。

 ここで感情を顕わにし、どちらかに肩入れするように見えては全ての努力が水の泡となる。

 必死で涙をこらえながら話を続ける。



「……そうか。双方の事情は理解した。……では沙汰を言い渡す。まず禁を破った貴様には罰を与えねばなるまい。理由はどうであろうと、ルールはルールなのだからな」


「……覚悟の上です。――魔王様、ひとつだけ。私がこの後――もう故郷に帰ることが出来なくなった場合、何か食べ物を我が故郷に送って頂けないでしょうか」



 マゴットの少年は全てを受け入れたようにそう答えた。



「……それは出来ぬ」



 微妙に涙声になりかけていたが誤魔化しながらそう返すとマゴットの少年は悲しそうにうなだれた。

 その殊勝さに俺の涙腺は既にデッドラインを越えており、俺の身体は反りまくり、ほぼ上を向いている状態だった! 


 涙を流していないのはただ俺が目を見開いて表面張力で持たせているだけに過ぎない。

 そして周囲のギャラリーからも可哀想だ、やりすぎじゃないかという声がちらほらと聞こえだした。


 あと『なんで魔王様はあんなに反ってるんだ?』等も聞こえる。泣いちゃうからだよ!



「それでは今か、うっ――」



 そう声を出した瞬間ふと気が緩んで涙がちょっと溢れる。



「あれ、今の魔王様涙声じゃ――」



 俺は涙声がバレないように全力で、



「ぼがああああァァァァ!!!」



 とりあえず困ったら声量で誤魔化すに限る。

 同時にべちっとマゴットの少年の頭部にデコピンを行った。

 それと同時に周囲の悪魔達は悲鳴を上げて物陰に隠れていった。

 チャンスとばかりに涙を拭う。


 ややあって物陰から恐る恐るこちらをのぞき込みながら皆が出てくる。



「な、なんだったんだ今のは……なんかの呪いか?」


「周囲ごと焼き払われるかと思ったぜ……!」


「いや、魔王様の事だ……ただでは殺さないと言う事だ。きっとあの指先で残虐な魔法を仕込んだにちがいねえ。三日ほど地獄の苦しみを味わって、内部から身体が爆発しちまうんだ」



 どんだけ鬼畜だよ、魔王!


 だが自体を把握出来ていないのはマゴットの少年もらしく、



「ま、魔王様、これは一体」



 といって怯えながらこちらを見上げる。



「今のは……魔王折檻術『手殺貧(でこぴん)』だ」



 俺は可能な限り涙声を抑えながら適当にそう告げる。

 マゴットの少年は何が起こったか解らないという表情をしたままだった。



「お前は父の為に栄養のある物を求めてこの市場に来た。確かにルールとしては禁じられているが、それを誰が罰せるというのだ。形だけとはいえ、罰を与えざるを得なかった我を許せ。痛かっただろう」



「いえ、全然。僕たちは粘液で覆われているので――」


「――痛かっただろう?」


「……痛かったです」



 少年は意図を理解してはにかむように返した。



「よし、ならばお前はすぐさま故郷へ帰れ。ただ帰るだけでは無いぞ。そうだな、罰として重石の入った鞄でも担いで帰るのだ。だがまぁ丁度良い重石もみつからぬし適当に……そう、ダイモンあたりに代わりの物でも準備させよう。貴様はそれを誰の助けをも借りず持ち帰るのだ」


「……ありがとう、ございます」



 マゴットの少年は俺の言っている言葉の意味を理解して涙を流す。



「我は出来るかどうかを聞いている」


「必ず、必ずやり遂げて見せます」



 表情は見えないだろうが俺はマスクの内側で小さく笑った。



「ちょ、ちょっと待って下さいよ魔王様! 何か話を綺麗にまとめたみたいな雰囲気ありますが俺は息子に毒を飛ばされて、店の商品だって汚されて台無しにされたんですぜ!?」



 ダイモンは自分の後ろにある商品――果物だろう――を指さして抗議している。成る程、こいつこんななりでフルーツ屋さんなのか。ちょっと笑える。



「なんだそんなことかダイモン。お前はもう少し落ち着いた方が良い。せっかくの魔力、そしてその男前さが泣くぞ」


「は、はあ!? 男前……へへ……いやいや、そんなんじゃ――!」



 唐突に褒められたダイモンは慌てふためく。

 この隙を逃がさず、考える時間を与えない。一気にたたみかける。



「手を出せダイモン」


「へ、こうですか」



 そう言って両手を差し出したダイモンの手の上で俺はそれっぽい動きで手をかぶせる。



「はあああああ! ニャーゴニャーゴぷりんぷりん! フェリスフェリス……メインクーン! 出でよ! ヘルスウィィィト!」



 ヴェルベットの詠唱を真似して、それっぽい動きとポーズを取ってみた。



「…………」



――だが何も起きない! ヤバイ、伝わってなかったのだろうかと脂汗が滲む。


 と、思った次の瞬間、皆の注目が集まる中でダイモンの手の上にヘルスウィートがぽてりと出現した。

 ヴェルベットの光学迷彩は身体から離れたら効果を失う。周囲からは本物の転移魔法に見えたことだろう。

 終わりよければ全て良し。

 やりとりに多少の違和感を感じようと最後に奇跡を目の当たりにすれば多くの民を味方に付けることが可能なはず。



「あ、あんなクソださい詠唱で転移魔法を……!」


「これで決まりだ……! あれこそ本物のヴェルベット様だ!」



 ギャラリーが騒ぎだしようやく少しだけほっとした心持ちになる。



「こ、これは……! まさか、この甘い香りは本物のヘルスウィート……!」



 先ほどまでの厳つさはなりを潜め、少年のようにダイモンは喜んでいる。



「ダイモン、お前の店にあるフルーツをこの袋に入れろ。けちるなよ。代金は、それで足りるか? 一本でイチキュッパは下らぬ代物ではあるが……」



「も、勿論足ります! 今すぐ!」



 そう言ってダイモンは側にあったワゴンから様々なフルーツを袋に詰めだした。

 その側にいる赤い顔をしたダイモンの息子に声をかける。



「――おい、ダイモンの息子。お前体調はどうだ? しんどいとか苦しいとかあるか?」


「ううん、大丈夫」



 と恥ずかしそうに答えた。



「口を開けて見せろ」



 恥ずかしそうにあーんと口を開くダイモンの息子。幸い扁桃腺も腫れていない。



「ふむ、良いのどちんこだ。大丈夫そうだな」



 頭を撫でてやる。少し熱っぽいがたいしたことは無いだろう。


 ダイモンが袋にフルーツを一杯に詰めてこちらに顔を向けた。俺はあごをしゃくりマゴットの少年へそれを渡せとジェスチャーを送る。するとそれまでは嬉しそうだったダイモンの表情が真剣な物に変わり、マゴットの少年の元へ歩いて行く。



「その、いきなり突き飛ばしたりして済まなかった。息子は身体が弱くて、ついかっとなっちまった。許してくれ」



 そう言ってマゴットの少年に詫びを入れる。見た目はいかついし少々粗暴だが、ダイモンも根は悪い奴では無いのだろう。



「い、いえ、こちらこそすみませんでした。それに、立派な食べ物を有り難う御座います」


「へへ、早く帰って親父に喰わせてやんな」


「はい!」



 そういって少年は嬉しそうに頷いた。俺はマゴットの少年に手を伸ばす。



「ではいくぞ」



 差し出した手を見て目を白黒させながらマゴットの少年は躊躇する。



「え!? で、でも僕なんかが魔王様の手に触れる訳には……」


「でももヘチマもダイモンもあるものか。我が命じたのだ。従えぬと言うか?」



 にやりと笑ってそう言ったが、マスク超しなので表情は伝わっていないだろう。それでもマゴットの少年は笑顔……だと思われる表情を浮かべて俺の手を取った。



「魔王様、この御恩は……我々マゴットは永久に忘れません」


「フン、お前らは大げさなのだ」



 笑いながら力強くその手を握りしめた。


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