山田、ヴェルベットと歌を歌う
何やらその後、ヴェルベットは手を繋いだのが恥ずかしかったのか口数がめっきり減ってしまった。
あまり喋りながら周囲に気を取られると俺自身も転びそうになるので十分に気をつけながらヴェルベットと共に森の中を歩いていく。
周囲は徐々に鬱蒼と茂ったシダのような植物で埋め尽くされていき湿度を増していく。
よくわからないコウモリのような生き物が飛び回っている中をパンクファッションに似た派手な格好で歩くヴェルベットの姿はいろいろな意味でギャップがあり面白い。
「なあ、そういやヴェルベットは実力で魔王になったって言ってただろ。他の悪魔と何が違うんだ?」
人間界であれば統治能力が重視されて国のトップに立つことになる。魔界であればやはり先ほどもちらと言っていたように戦闘能力という意味なのだろうか。
「どういう意味じゃ? 大体のことは出来ると思うけど。あ、料理は出来んぞ」
亡くなった親父さんの影響なのだろうか、魔王っぽく喋ろうとしているのだろうが、といころどころ素になるのでなんとなく違和感が残っている。インチキ外国人みたいアルよ。
「質問が悪かったな。例えば俺達の世界には魔法が無いんだよ。ヴェルベットは皆に使えない凄い魔法が使えたりそういうのがあるのか? なんでお前みたいな女の子が魔王なのか疑問に思ってな」
「うーん、大体何でも出来るけど……あんまり皆がどうなのか解らないから自分の魔王たる部分がどこにあるかと聞かれたらちょっと困る。ただまぁ、一番強いのは強いんじゃないのかなぁ。魔王になりたがる奴との『魔王下克上チャレンジ』には全部勝ってきたし」
なんだそのセンスの欠片も無いイベント名。名前から察するにタイマンで魔王相手に実力を示すことが出来れば交代するとか、そういう物っぽい。
「あ、それより人間界には魔法が無いって本当か? それなら身の回りのことは全部自分でやるって事か? 掃除したり、わざわざご飯食べるたびに火をおこしたりするのか?」
「ああ、代わりに機械とか電気ってもんがあってそれを使って便利に生活はしてるんだ。あーそういやポケットに……」
手を突っ込むとスマホが出てきた。当然ながら圏外であり何の役にも立たないのだが人間界の文明について説明する程度は出来るだろう。
「ほら」
ライト機能を使って光を出してみる。
「ほー、成る程。この板きれが使い魔みたいなものか」
確かに人間の為に機能する機械はある種使い魔といっても良いのかも知れない。
「あとこんなのとか」
本体に保存してあった俺のバンドのライブ動画を見せる。
「……え、人間って見た目怖いな……」
俺のバンドはマスクを被ってパフォーマンスをするタイプのデスメタルバンドだったので確かに見た目は異様かもしれない。
「いや、それ真ん中の俺だぞ。ほら、これ」
鞄のサイドポケットからゴム製のマスクを取り出して見せてみた。おどろおどろしい半分溶けたような顔をしたものだ。
「ほんとだ! へーこれお前なのか! 何でこんな怖いの被るんだ? 不細工だから?」
「うっせばーか! 別に不細工じゃねえやい!」
「いや、人間界の基準が解らないし、このマスクみたいな顔がモテるのかと思って。私は今のお前の方が好きだぞ」
「……素直な子供にはあめ玉をやらんこともないぞ」
「甘いのか!? ウン!」
俺の中でヴェルベットの好感度がちょっとだけ上がった。ちょっとな!
「見た目もだけどこの音が繋がってる奴、面白いなー」
食い入るように動画を見ながらヴェルベットはそう言った。
「ん? 音が繋がってる? ……あー、音楽って言うんだ。魔界には無いのか」
「おんがく? うん、魔界にはこういう音は無い。面白い文化だな。デカルチャー」
「や、やめろー!! 怒られんぞ!」
俺が歌姫になっても残念ながら売り上げは見込めない!
「なー、ヤマダ! これどうやってやるんだ。私もやりたい」
スマホから流れる音楽を聴き、無意識にヴェルベットは俺の尻をリズムに合わせてぺちぺちと叩いてくる。それなりにリズムセンスはあるらしい。
「これそのままってのは難しいな。楽器って言う音を出す道具があるんだがそれは持ってきてないからな。ほら、この三角に棒がついてる奴とかだ。それを使って皆でタイミング合わせて音楽を作ったり歌ったりするんだ」
「うた?」
「ああ、音楽が無いなら歌もないか。歌なら誰でも出来る。じゃ、ちょっと歌ってみようか」
有名な童謡を選んで歌ってみたがジャ●ラックが来やしないかと冷や冷やする。
「へー面白い。声で音を繋ぐのか。私にも出来るのか?」
「勿論出来るぞ」
簡単な童謡を教えてみると驚くほどに飲み込みが良く、ヴェルベットは徐々にそれらしく歌えるようになってきた。繊細な声ではあるが芯は通っており、何より無意識なのだろうが基音と倍音を上手に使い分けている。
かなり乱暴な説明になるが基音がピアノの鍵を一つ叩いた音、倍音が和音に近いものだと思えば解りやすい。
歌というのは面白い物で、純粋にキーを正確に合わせれば上手いというものでもない。
多少の歪みや遅れ等が時には人を喜ばせ、感動させる。
有名なのが『1/f揺らぎ』と呼ばれる物だ。
ピンクノイズとも呼ばれるこれは歪んでいるがゆえに美しいのだ。
科学的な証明は未だにされていないというが、そのノイズによる感動は確かに実在する。
ヴェルベットが必死に歌っている曲は輪唱出来る曲でもあったので試しに追いかけてみると驚きながらもそれを気に入っているらしい。音を合わせることはセッションの面白さの基本でもあるだろう。
「もう一回!」
ちびっ子の体力を舐めていた。あの後延々とアンコールを求められ流石に疲弊していた。
「いやー、流石に疲れたわ。また今度な」
「えー、ヤマダはだらしがない」
ぶつぶつとぶー垂れながら一人でふんふんと歌っているヴェルベットを尻目に、俺自身も音楽を純粋に楽しんだのは久しぶりだったなと思っていた。