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デウス・エクス・マギア ~大いなる幼女とデスメタる山田~  作者: 猫文字隼人
第一章 魔王とデスメタルと俺
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山田、丸出し部屋を出る

「なぁ、ヴェルベット。そういや魔界で暫く過ごすのは良いとして、具体的には俺って今日からどこでどう暮らせばいいんだ?」



 握手した手を離すと同時にふと素朴な疑問が湧いたので聞いてみる。



「うーん、とりあえず別に見つかっても大丈夫だとは思うが、あんまりうろうろされるとトラブルになるかもしれないな。じゃあしばらくは私の城で過ごすと言う事にしよう」


「一つ屋根の下……いやそれは一応紳士的にダメだといっておこう」



 人間界には血縁以外のロリに触れしもの須く社会的に死すべしという黄金の不文律がある。



「ふむん。なら仕方ないな、無理強いはしたくないし。じゃ、ジュデッカあたりにお前の部屋を用意しよう」



 なんか聞いたことがある気のする地名だった。



「どんなところだ?」


「魔界にある監獄都市だ」


「俺、ヴェルベットの城がいい!」



 神経の伝達速度を超えた超速度で挙手しながら必死に返した。



「そうか? まぁその方が私も楽で良い」



 からからと笑う。

 その様子を見ていてふと思ったのは、どうして俺が魔王と日本語で会話が出来ているのだろうという疑問。

 さっきの雑誌にしても明らかに日本語ではない言語で書かれていたのに理解出来ていたので疑ってはいないが、仕組みが気になり聞いてみた。



「今この状況ってさ、俺が魔界語喋ってんのかヴェルベットが日本語喋ってんのかどっちだ?」


「勿論お前が魔界語しゃべってるぞ。召喚する時、脳ミソに、ちょちょっとな」


「何それ怖ぇ!」



 よくよく聞いてみれば特に脳を物理的にいじる(ロボトミー的な行為)をされたわけでは無いらしいがとにかくそういうことらしい。なんて都合がいいんだ魔界の魔法は!



「とりあえずここにいても仕方ない。私の城に帰ろう。疑問があれば道中に答えよう」



 ヴェルベットは猫のようにしなり、伸びをしながらそう言った。



「え、ここがそうじゃないのか? 勝手にお前の城にある私室くらいに思ってたんだが」


「ああ……本当は私の城もこんな風にしたいんじゃが一応、ほら、こういう趣味は……魔王の沽券に関わるというか……。とにかくここは特別に作った私の趣味を凝縮した秘密の部屋なんじゃ」



 そう言って何故かヴェルベットはえへんと胸を張り、威張った。



「私の丸出しルームなんじゃ!」


「なんで言い直した」



 決め台詞のように告げられたが単語からは変態おじさん感が溢れている。この子ヤバイ。

 ようするにこの部屋こそがヴェルベットの好みではあるもののヴェルベットの中にある魔王像に相応しい物ではないと言う事で秘密にしているらしい。たとえ魔界ではこれが変な趣味なのだとしても能力すら間違いないのであれば問題は無いと思うのだが。



「ま、そういうわけでこの場所のことを知っているのは私と、お前だけと言う事になる。二人の秘密だぞ、絶対に口外するな。約束じゃぞ。もし誰かに言ったりしたら黒焦げにするからな」


「ああ、任せろ」



 とりあえず黒焦げはいやなので頷いておく。

 何故言い直したかはスルーされたが追求するのは止めておく。

 ヴェルベットは満足したように腕を組みうんうんと頷くとびしっと指を立てて左右に振りながら言葉を継いだ。



「よし、じゃあヤマダ、今度こそ出るぞ。歩きだと城までは多少時間はかかるしな」


「ん? なんか、こう魔王ジェット! とか魔王ワープ! とかないのかよ」


「うーん、あるにはあるんじゃが、ヤマダとアモンの召喚でちょっと疲れちゃったしそもそも精度がなぁ……それにお腹もすいてるし、詠唱が長すぎてめんどくさい」



 何やら恥ずかしそうにもじもじしている。所謂マジックポイント(MP)切れと言う奴なのだろうか。

 それは魔王にとってはあまり見せたくない状況なのかもしれない。一応気を遣ってそれ以上はわがままを言わずに素直に従う事にする。



「あ、忘れるとこだった」



 一緒に魔界に召喚された猫のトトを探そうと部屋を見渡すと隅に転がっているピンクのざぶとんの上で丸くなって眠っていた。



「あれ、なんかもう一匹いるぞ……」



 トトに身を寄せているのは小さな黒猫だった。



「ああ、私の飼い猫キューだ。可愛いだろう、やらんぞ」


「要らん」


「何をー!」


「じゃあどう答えれば良いんだよ……。とりあえずこいつも連れて帰ればいいのか?」


「ああ、そうして貰えると助かる。次にいつここに来られるか解らないし」



 ヴェルベットの言葉を聞いて俺は眠っている猫をクッションごと抱き上げて、ザック(リュック)に入れて背負った。ここまでして猫二匹は全く起きる気配が無い辺りが恐ろしい。


 準備している間にヴェルベット自体も着替えを済ましていた。

 縦縞のタイツに黒のショートパンツ、アンクル丈のレースアップブーツ。

 上半身はパッチワークカットソーに大きなフード付きのフリンジポンチョを合わせておりなんとも不思議な格好だった。

 勿論似合っては居るのだが一言では言い表しづらい。

 強いて言うならばパンクファッションに最も近しいだろうか?



「その格好目立たねえか?」


「あー、お前まで服装に小言を言うのか。いいの、これがお気に入りなの!」


「いや、別に変だとかそういう話じゃないけどな。別に俺はそういうのは嫌いじゃねえ」


「え、そうか!? だよなー! お前結構解る奴じゃないか! そういえばお前のその上着もなかなかいいな! くれ!」



 批判ではないと解るとヴェルベットはにぱー! と笑いながらくるくる回転して俺に服装を見せてくる。もっと褒めてくれという事だろう。



「いやだよ、これは俺の魂だ。絶対やらん」



 別に言うほどでも無いがバンド結成記念に大枚はたいて買ったライダースジャケットで、自分でカスタムもしている奴なのでそれなりに愛着がある。

 ヴェルベットはちぇーと言いながら俺のライダースのポケットに付いているジッパーを何度も開閉している。魔界ではジッパーが珍しいのかもしれない。



「ほら、行こうぜ」



 放っておくとそのまま延々ジッパーを弄ってそうなので背中をぽんと叩いて外に出た。


 ヴェルベットの丸出し部屋の外は苔むした薄暗い洞窟みたいな場所だった。どうやら入り口は大樹の根元に出来た雨露の中にあるらしくドアの中と外で景観がまったく違っている。何もそんなところに作らなくてもという想いもあったが、それほどまでに秘密にしておきたいという事なのだろう。



「なんか魔界って言っても全然普通だな」


 雨露を出て、森の中を暫く歩いてから口にする。

 まず、魔界の定番アイテムであると思われる瘴気なども無く普通に呼吸が出来る事に驚いた。

 やや湿度は高いが気温も適温だし地面だって普通に土で出来ている。

 確かに先ほどから見たことも無い珍妙な生き物――ちょっと大きい虫とか、見たことも無い形状をした葉の植物等だ――は目にするが、それでもある程度常識の範囲内の見た目ではある。

 イメージ上の魔界にいるような目玉の付いた花とか翼のある猫とかそういうものはまだ目にしていない。



「そう? まぁ私はそっちの世界のことは解らないんじゃが。基本的には世界の起源は同じだからそこまで変わってはいないのかもな。ま、それならこっちでの生活に馴染むのもはやいかもしれん。良かったじゃ無いか」



 何でもなさそうにヴェルベットは答えたが一つ気になる事を口にしていた。



「世界の起源が同じ?」


「ん? 変なところに食いつくんだな。えーと、創造神(デミウルゴス)が最初に作ったのが天界になる。そして天界から堕とされた天使、つまり初代魔王様が作ったのがここ魔界。その後で人間界が作られたのじゃが、基本的には天界をベースに複製された世界だと聞いている」


「ふーん、成る程、系統樹みたいなもんか。完全な別物じゃないって事なら納得出来る部分もあるな。あ、天界があるってんならこの世界には天使もいるってのか」


「んー、この世界といっても一応魔界と天界は隔てられているから同一視は出来ないんじゃが、天界には天使がたくさん居るらしい。私もまだ見たことは無いんじゃがな。昔は天界と戦争をしていたからそれなりに魔界でも見かけたらしいけど、今では停戦してお互いに干渉することも無くなったそうじゃ。お互いに人口が半減するほど殺し合った後らしいが。嘆かわしい」



 かつては争っていた天使と悪魔。だが悪魔自体は天界から落とされた天使が変化した物であり、人間も天使を起源とするのであれば思ったよりその差は小さいのかも知れない。



「初代魔王が元は天使だったっていうなら天使と悪魔ってのは一体何が違うんだ?」


「うーん? そこまでは詳しくないんじゃが、基本的には変わらんと思うぞ。初代魔王様は天使として神にはん……はんき? を翻したらしい。その時に無限の時を生きる加護を失ったとは聞くな。つまり悪魔になることで寿命が出来たのじゃ。大きな違いはそこくらいで実はそんなに大差ないのかもしれないかな?」



 反旗を翻した、か。なにやら丸覚えしたらしく片言だったことに少しだけ笑ってしまう。


 そこまで会話していてそういえば人間界に伝わる神話にも同じような物語があったように思う。


 己の傲慢さから神に反旗を翻し、自らが神に成り代わろうとした熾天使ルシフェルの伝説。地獄に堕とされた大天使はのちにルシファーと名乗り魔界の王となった。



「ま、今話せるのはそれくらいかな。もっと詳しいことが知りたいなら城に帰ってから教科書を見せてやろう」



 俺の方へ振り向いて笑顔を見せたヴェルベットは意識が逸れたからか足下の木に足を引っかけ、こけそうになる。反射的にその手を掴んで引き寄せた。



「足下気ィつけろ。こけるぞ」



 思ったよりもヴェルベットの体重が軽かったのもあって勢い余り抱きしめる形になってしまった。ヴェルベットは無表情のまま「ああああ、アリガトウ」とロボのように答えた。



「どうした、どっか壊れたか」


「こここ壊れてない!」



 顔を真っ赤にしている。ははん、初心な物よのう、とイタズラ心が芽生えた。



「もしや魔王様ともあろう方が手を握られただけで照れているのだろうかプークス」


「そういうのは! 思っても! 口に出すなばか! 身体に触れられることになれていないだけだ!」



 手をぶんぶん振りながらそう声を張る。ちびっこのくせに可愛いところもあるもんだと思いつつ、今度は口に出さずに胸の中に留めておいた。


 魔界であろうが人間界であろうが、レディはレディだと言う事らしい。



「すまん、まぁ慣れてないならなるべく触れないようにするから許してくれ」


「え? いや、べつにいいぞ。びっくりしただけで怒ってない。そんなに嫌じゃ無い」


「ふーん、でも俺はいいや」


「なんだそれ私に触るのはいやだってことか!? ほら手だって繋いでもいいんだぞ!」


「別にいいや、ロリコン趣味はねーし」



 確かにヴェルベットは造形的にも将来間違いなく美人にはなるだろう。今だって可愛らしいとは思うが俺にとっては猫や犬と同じカテゴリでの『可愛い』でしかなかった。



「なんだそれは! ロリコンとはなんだ!?」


「ははっ内緒。とにかく繋ぎません」


「あーほ! 馬鹿! ヤマダ! ばーか! 繋げって言ってんの!」



 俺の名を罵倒っぽく使うのは止めろ。



「なんだよ、繋ぎたいなら繋いでやるけど」


「……ち、違う! ……あっ、知らないんだなー人間はこれだから駄目だなー!」


「何か在るなら是非とも教えてくれ」



 ヴェルベットはひとしきり顔を白黒させたあと、露骨に閃きました! という顔で、


「そう! 手を繋ぐとだなー余剰魔力を相手の身体に流して安定させることが出来るのだ! 人間にはわからんだろうなー!」



 露骨に棒読みだし作り話っぽい。



「ふうんでもそれ嘘だろ」


「!!?? なんで!? うそじゃないけど!?」


「繋ぎたいなら繋ぎたいって言った方が可愛いぞ。俺の世界じゃ嘘つきは――」



 口元に笑みを浮かべ、ややすごみながらしゃがんでヴェルベットと視線の高さを合わせる。ヴェルベットは何か危険を察して一歩後ずさった。



「なんだ――嘘つきはどうなる――!?」



 恐る恐るそう聞いてきたヴェルベットに対し、俺は目を瞑り両手を握りしめ顔の前でクロスさせ――。



「ごがああああああああ!!!」



 唐突に叫び声と共に手を開き、エリマキトカゲのように威嚇してみた。



「ほぎゃああああああ!!」



 これは俺が長い時間をかけて編み出した必殺技だった。野良猫と喧嘩した時に使うと大体勝てる。

 ただし溜め中は無防備となるのでその間をどうするかが奴らと戦う時のキモだった。

 予想以上にヴェルベットは驚いて叫び声と共にその場にしゃがみ込む。



「いきなり、おっきいこえ、だすなよぅ……!」



 魔王に勝ってしまった! 俺がゲームの勇者ならもうすぐエンドロールが流れるところだ。

 いつの日か魔界の軍勢が人間界に侵攻してきた際には是非これを皆でやってみようと思う。



「すまん、これやるから元気出せよ」



 ポケットに手をやり、あめ玉をつまんでヴェルベットの前に伸ばす。



「何くれるの……?」



 不思議そうに見つめるヴェルベットの手にあめ玉を握らせる。一応デスメタルバンドといえどヴォーカリストなので喉には気を遣ってあめ玉は大量に持っていたのだ。



「ま、なんつーか。言い訳をするのは子供らしくないぞ。俺だって子供の頃は両親に手を繋いで貰ってた気がするし、別にそのくらい恥ずかしがることじゃない。それより嘘はだめだ。ついていいのは相手を傷つけない為くらいなもんだ。嘘が癖になると皆に良く思われないぞ」


「う……」


「繋ぎたいなら繋ぎたいって言え。別に減るもんじゃないしいやがったりしねーよ」


「……じゃ繋ぎたい」



 もじもじとしながらあめ玉の包み紙を広げられずに居たヴェルベットの手からひょいとそれを取り上げると、包み紙の両端を引っ張ってあめ玉を取り出す。

 それをつまんで顔の前に持って行くと、委細承知とばかりにヴェルベットはその口を開く。今ならひな鳥に餌をやるツバメの気持ちがちょっと解る。



「なんだこれ、甘いな……?」



 少しだけ笑顔を浮かべてころころとあめ玉をなめている様を見るにどうやらお気に召したらしい。

 先ほどから感じていたが、ヴェルベットは父を失い、幼いながらも魔界の頂点である魔王になる事になった。

 ゆえにある種のスキンシップに飢えているのかもしれない。



「ほらよ」



 手を差し出すとヴェルベットはまるでしがみつくかのようにその手を握りしめ、満足そうに笑みを浮かべた。

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