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デウス・エクス・マギア ~大いなる幼女とデスメタる山田~  作者: 猫文字隼人
第一章 魔王とデスメタルと俺
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山田、魔王の代理になる

 目の前の少女もあまりのショックで一切の反応を返さない俺をどう扱って良いか解らなかったらしく、おろおろしながら先ほどのアモンに与えた物と同じ黒いバナナを手渡してきた。



「な、なんだ、いきなり停止してしまって。そんなに筋肉がいやだったのか? ほら、これ喰って元気出せ? な?」



 正直バナナは苦手だったが、折角渡されたのでとりあえず皮を剥いて食べる事にした。



「……おお、美味え……」



 ねちゃりとした噛み応えは相変わらず苦手だったが、いざ覚悟を決めて食べてみれば噛めば噛むほど甘みが増していった。腹がすいていたこともあり残さず平らげる。


 少女は自分が褒められたかのようにふふんと得意げな顔をする。



「そうだろう、魔界で一番美味いバナナ『ヘルスウィート』だぞ、それは。平民はめったに食べる事など出来ん。なんと! 房ではなく一本でイチキュッパだぞ、イチキュッパ!」



 イチキュッパ! と指を立ててどや顔される。でもそもそもまず単位が解らねえ……。もっちゃもっちゃとバナナを咀嚼しつつ、今の少女の言葉に大きな突っ込みどころを見つける。


――魔界で一番? バナナを飲み込んで疑問をぶつける。



「魔界ってどういうことだ? お前は誰なんだ?」



 だが目の前の少女はその質問には答えず、こぶしを握り締め、豪快にヘッドバンギングしながら、



「おお~! すっごい魔王っぽい! 私が求めていたのはやはりお前の声だったのだ!」



 と叫びながらくるくると回った。

 相変わらずよくわからないことばかり言ってはいるが愛くるしい見た目と声をしている。

 ややあって、ぴたりと止まると興奮しすぎたことを恥じたのかコホンと咳をして真面目な顔をした。



「――質問に答えよう。私は第666代魔王ヴェルベット・チャーチ。そしてここが魔界、つまり端的に言えば悪魔の国と言う事になる。お前は私によって異世界から召喚された魔王の影。つまりは代役じゃな。今はまだ候補というだけだが私はお前を気に入った。よって、私の影、主に喉の担当として任命する。喉、というかより正確に言うなら声帯だ。声帯って解るか? ほら、これだ」



 自らを魔王と名乗るプッツン少女ヴェルベットはどこから取り出したのかいきなり無修正の保健体育的な物が描かれたフリップを笑顔で掲げて俺に見せてきた。

 赤面し狼狽したが良く見たら別物っていうか普通に声帯の写真だった。

 俺は一体何と間違えたのだろう! あまり深く考えてはいけない気がするので忘れておこう!

 

 いまいち話の内容がよく解らない。魔界? 魔界って、勇者が魔王倒しに行くあそこか。

 で、この子が魔王。ふんふん、成る程……全然解んねえ! 



「まぁすぐにはわからんでもいい。少し説明が必要だろう。そうだな、簡単に話すならばことの始まりとして私は少し前に父ヘルデウスの後をついで魔界の王になった。……言っておくが形は世襲だが、私は実力で魔王になったんだぞ、そこを勘違いするな。で、そのままだらだら過ごしていたんだが魔王になったからには魔界の国民に対してお披露目をしなくちゃならないらしくてな。仕方なく魔王就任のお披露目を行ったのだ。けど、その。こんな声と見た目だろ? なんだか失敗しちゃったみたいでな……」



 ヴェルベットは頬を染めて指を顔の前で突き合わせてもじもじしている。



「ん? 問題点がわからん。その声と見た目って魔界じゃダメなのかよ?」



 浮かんだ疑問をそのまま吐き出した。控えめに言っても目の前の少女ヴェルベットは整った見た目をしているとは思う。

 人間界であったならアイドル扱い間違いなしだろう。だがヴェルベットはというとその疑問に対して顔を真っ赤にして否定する。



「ダメじゃダメじゃ! あったりまえじゃないか。魔王だぞ、魔王! もっとこう、威厳の有る、聞くだけで恐怖に落ちるような、尻尾を股に挟んで耳を倒して服従を誓ってしまいそうなそういった素敵で威厳のある魔王ヴォイスと魔王フェイスでなくてはならないのだ! ――だから私は父上の残した魔国宝で時間を巻き戻し、お披露目を無かった事にした。……そんで私のお披露目は絶賛無期限延期中だ」



「……お前それ魔王の癖に責任感なさ過ぎって言うか――」



「解ってる! 解ってるから皆まで言うな! 流石にその時は色々あってそうしたのだが、後から考えたら問題の先送りをしただけに過ぎないことに気付いたのだ! だからこそこうしてお前を召喚することにしたのだ!」



「ふうん。で? その魔王様が俺をどうしようってんだ?」



「つまり、だ。私は悩んだ挙句誰かを代役に立てようと思った。魔王なんてのは戦争でも無い限りは基本引きこもって漫画でも読んでるだけのニートだからな。いわば最強のニート、それが魔王。さしあたってイベントさえ誤魔化せればそれでいいんじゃ。だからその時だけ誰かに代役をつとめさせようと思った。で、その代役はやはり魔界の者ではいかん。私はこの声や見た目の事を誰にも知られたくないし、かといって魔界の住人を洗脳してしまえばそいつには私の声が届かない。それはこの魔界全てを統べる魔王としてはやはり気に食わない。私の愛すべき魔界の住人は須く私のものなのだからな! そこで考えた。魔界がダメなら他の世界から連れて来れば良いじゃない、と」



 大方話は読めた。

 つまり、端的に言えば魔界の民を自分の容姿ゆえにがっかりさせたくないと、そういうことなのだろう。

 あまりに大ざっぱ過ぎるというか、滅茶苦茶適当な理由で魔界に召喚されたんだなぁと思うとちょっと笑えた。



「つまり、俺の声は魔王の声として適任だと」



 理由はどうであれ、ヴォーカリストが声を褒められて嬉しくないわけが無い。



「そうじゃ! そのがらがら声が気に入った! ほら、これとか見てみろ。私のことをこんなのだと思っているんだぞ、魔界の民は! だったら尚更こんな姿さらせないって解ってくれるだろ!」



 ヴェルベットは言いながら本のような物を手渡してくる。

 どうやら魔界のインチキゴシップ誌らしい。

 どうして俺がこの記号のような謎の文字列を理解出来るのかは解らないがとりあえず折り目の付けられている部分を開いてみた。

 成る程、そこには確かに先ほどのアモンのようなムキムキ黒マッチョにヴェルベットチャーチ云々と書かれている。どうやら魔界ではこういった黒くて強そうな悪魔が人気なのだろう。



「ふーん、でもこんなのよりお前みたいなのが上にいた方が嬉しがる奴もいるだろ」


「なんで?」



 それはいろいろな趣味の人が居るからだが少女に説明するのはよろしくない。



「なんでもだ。つーか、お前スゴイ魔王なんだろ? だったら魔法とかで自分の声を変えればよかったんじゃないのか? 声って空気の振動だろ」



 そう声や音とは空気の振動の波、その波形によって変わる。

 その為、魔法でそういったものの操作が出来るのであれば問題ないはずだと特に深く考えず思いついたまま口に出した。

 ヴェルベットは『空気の振動?』と一瞬黙った後、笑顔でこくりと頷いた。



「……それもそうじゃな、もう帰っていいぞお前」



 滅茶苦茶冷めた声でそういわれた! コノヤロウ、本当にネタかなんかのノリで俺を呼び出しやがったな!



「いや、言っておいてなんだが、どんだけ適当なんだよ! なんかそれが出来ない理由とかあったんじゃないのかよ!?」


「いや、完全に先走った。そうじゃ、私天才なんだからそうすればよかった。ナイス助言!」



 全然褒めてないのに魔王はとても良い笑顔でサムズアップした!



【戦いますか!?  →YES! / NO! 】



「いや、『ナイス助言』じゃねえ! もう解決したなら別にそれでもいいけど、え!? そういやここ魔界つったよな!? 俺どうやって帰ればいいんだ!?」



「え? 帰り方? ……徒歩?」



「んなわけあるか! 魔界をジャスコみたいにいうんじゃねえ!」



 素で突っ込んでしまう。若干気合いが入りすぎたのかそのツッコミにヴェルベットは驚く。



「こ、声大きいぞ、びっくりしただろ。でもまぁそうだなぁ、帰れないならどのみちしばらく代役を務めてくれてもいいぞ。私も一人で暇だったし」



 ウンウン頷きながらそう言う魔王。このまま魔界ではいさよならとされたらどうなるか全く解らない。最悪死んでしまう可能性もあるのかもしれない。

 流石に進んで魔界の肥料になるつもりなど毛頭ない。



「解った、とりあえず帰り方が解るまでお前の代役、か? それになってやってもいい」


「うむ、私としてもその方がありがたい。色々面倒だしな! それに強引に召喚したのは私のせいでも有るし。じゃ、とりあえずよろしく頼むぞ。あと、私の事はお前ではなくヴェルベット・チャーチ様と呼べ!」



 そう言ってヴェルベットはえへん、と平坦な胸を張った。

 何処までもなだらかなそれは大海原を連想させた。

 何も無い、ゆえに無限。哲学的な乳だったので勝手に虚乳(キョニュウ)と名付けた。



「ああ、解ったヴェルベット。じゃあ、よろしく」


 そう手を出すと、ヴェルベットは驚いた顔をして、一瞬止まる。そして、



「ははははは! 呼び捨てか! 面白い! 今の今まで父上以外にこの私を呼び捨てにするような奴は存在しなかった。けれど、不思議と嫌ではないな。よし、特別にそう呼ぶ事を許す! よろしくな、タナカ!」



「ヤマダだ。お前わざと言ってるだろ」



 そう返しながらヴェルベットの差し出された手を握り返した。

 どうやらその手には人間との差異はそう無いらしく小さな手には当たり前のようにほのかな暖かさと柔らかさががあった。


 とにもかくにも俺はこうして妙にテンションが高い幼女にヘッドハンティングされたのだった。


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