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デウス・エクス・マギア ~大いなる幼女とデスメタる山田~  作者: 猫文字隼人
最終章 機械仕掛けの魔神 -Deus Ex Magia-
30/32

そして

「おはよう、ヴェルベット」


「ああ、おはよう」



 あれから暫く経過していた。

 荒廃した魔界の村や城下町をみんなで修理し、徐々に魔界はその活気を取り戻し始めている。

 

 最近のヴェルベットは魔王として事後処理に追われており、寝る時間を削って働いている。

 今日も俺が起きてくると既にヴェルベットは魔王の間で仕事に明け暮れていた。



「あ、ヤマダ。ご飯ちゃんと食べていけよ。シャーリーが機嫌よかったから今日のは凄い豪華だった」


「おう、そりゃ楽しみだな。……なぁ、ヴェルベット――」


「うん? 何だ?」


「――いや、何でもねえ。ちょっと出てくるよ」


「うむ、気をつけてな」


「おう、そんじゃな」



 ひらひらと手を振って魔王城から出る。

 一瞬だけ目線が合うと、ヴェルベットははにかむように笑みを浮かべていた。


 ヴェルベットの言っていたとおり、シャーリーの気合いの入った豪華な朝食を食べてから当てもなく城下町をぶらぶらと歩いていると、そこらじゅうで声をかけられ様々なものをもらった。


 一躍時の人と言う奴なのだろう。

 数日経てば収まると思ったが未だにそんな感じだ。

 特にダイモンの店の前でも通りかかろう物ならフルーツコウモリになったみたいに一杯フルーツを切ってくれるので逆に近寄りがたい。



「有り難いんだけど流石にこれ以上もらったら動けん……」


「あれ、魔王様、お困りです?」



 荷物をたっぷり抱えて歩いていると突然空から声をかけられた。

 見上げるとリベルシアが飛んでいく所だったようだ。



「困っちゃ居ないがお前パンツ見えてんぞ」


「わああああああ!」



 リベルシアはそのままひゅーと落下して茂みに落ちた。

 逆光だったし本当は何もみえていなかったのだが面白いので何も言わないでおく。


 

「もう! いきなり何を言うんですか! もっと見ます!?」



 当の本人は顔を真っ赤に慌てふためいていた。いやリベルシアの事なので平常運転かもしれない。



「いや、気をつけたほうがいいかなーってな。仕事の帰りか?」


「ええ、色々資材を分けてもらっているんです。マゴットの街は農場にかえてこの近くにもう一度新しく町を作る事になったんですよ!」


「へー、そうなんだ。良かったな」


「何を人事みたいに! 全部魔王様のお陰なんですからね! あ、立派な愛の巣を作ってお待ちしておりますから!」


「ふーん、期待せずに待っとくよ」


「淡白! でもそこも好き!」 



 俺への愛を全力で叫び終わるとリベルシアは慌ただしく飛んで行った。


 今回の事件でマスティマによる策謀によって不当な扱いを受けていたマゴットは魔界の民ともう一度手を取り合うことになった。

 これでヘルデウスの悲願もかなった事になるのだろう。

 ヴェルベットの目標の内の小さな一つだが、魔界にとっては大きな一歩となったのだと思う。

 

 大きな荷物を抱えながら、裏庭の方へと歩いていく。

 丁寧に手入れされた花々に囲まれたその場所にはいつものようにちょこんと小さなテーブルが置かれていた。

 その上に荷物を置いて、二脚置かれた椅子の片方に腰掛ける。


 遠くの喧噪と風の音が無音では得られない心地良さを感じさせてくれる。

 そして、暫くすると片腕で器用に洗濯物抱えたシャーリーが通りかかり、目が合った。



「……シャーリー、ちょっといいか」


「少々お待ちを」



 洗濯物を置いたシャーリーがすぐにやってきた。



「何か」


「――俺、元の世界に帰るわ」



 何でもないようにそう告げた。それを聞いたシャーリーは一瞬だけ目をぴくりと動かしたかのように見えたが、それ以外の反応は何も見せない。流石だな、と感心した。



「……ヴェルベット様には?」


「まだ誰にも言ってない。お前に初めて言った」


「……いつ?」


「この後すぐだ、こいつはヴェルベットからもらってたしな」



 胸元にかけた空裂きの宝珠をシャーリーに見せる。



「そうですね、確かにそれを譲渡したという話は私も聞いております。ヤマダ様がご自由に使われればよろしいかと」


「ああ、ってその喋り方やめろよ、逆に怖いんだよ」



 ふう、とため息をついてシャーリーは堅苦しいしゃべり方を改めた。



「……わかった。だがどうしてだ。何か気に喰わない事でもあるのか。もし誰かが――」



 そう言いながらその右腕をごきりと鳴らしながら目を細める。



「あー、こえーって! 違う、そんなんじゃない。この世界はすげー気に入ってるよ。むしろこのまま居たら本物のロリコンになっちまうんじゃねえのかとすら思ってる位だ」


「ロリ……? なんだそれは」


「いや、いらん事を言った。ほんとにこの世界にゃなんの文句もねえ。でも俺はそもそもこの世界の住人じゃ無いし人間界でやりたい事も出来たんだ。だから、帰るわ」


「……最後なんだろう? 本当のことを言ったらどうだ」



 静かにシャーリーはそう言った。やはり、このメイドに嘘は通用しない。



「……降参だ。――天界から使者が来たって話は知ってるだろ」



 シャーリーはこくりと頷いた。

 事件後暫くして、それまで関係を絶っていた天界から正式な使者として幾人かの天使が魔王城に訪れていた。



「ヴェルベットに聞いてもただの外交の再開だの言ってたけどさ、そんなもん嘘だって馬鹿でも解る。

 大方サンダルフォンを起動出来る俺の身柄の引き渡し、もしくは封印……ってとこじゃないのか?

 妥当だよ、俺らは神を殺すほどの力を持ったバル=ヨハニをやっつけちまった訳だからな。

 そりゃ天界からしたらたまったもんじゃない。

 だがヴェルベットはその要求を絶対のまない。――うぬぼれだと思うか?」


「いや、その通りだろう。それは他の者や私だってそうだろうからな」



 シャーリーの意外な言葉にちょっと驚きつつも話を続ける。



「ま、なら話は簡単だ。そうやってこの先その要求をつっぱね続けりゃそれが争いの火種になる。

 マスティマの研究成果を掘り返して第二のジズが作られて魔界に侵攻してくることだってあり得ないとは言えないだろ。

 人間界も魔界も、生命体の命って物に与えられた基本構造が変わらねえってんなら、必ずそうなるんだ。

 美しいままじゃ居られないし、汚いままでも居られない。

 命ってのはそれがあっちにいったりこっちにいったりするから面白いんだ。

 だからこそ俺はこの世界が好きになった。

 この世界には可能な限り平和に続いて欲しいって思ってる。

 自分のせいで争いが起きるなんてまっぴらごめんだ。

 だったら――あれを唯一動かせる俺が消えるのが一番手っ取り早い。だろ?」


「……一理、ある」


「ま、そんなわけで説明は以上だ。理由は皆にはやりたいことが出来たとだけ伝えてくれりゃいい。あとキューにこれ、渡しておいてくれるか。見かけなかったからさ」



 封筒を懐から取り出して差し出す。



「これは?」


「今話した内容と大差無い。天界へのメッセンジャーを頼まれて貰おうと思ってな――つまり説明と、警告だ。

 ぱっと見は『友好で居ましょう』って内容だからまぁ角は立たんだろ。

 気になるなら別に中身を見ても良い。きったねえ字だがな」


「いや、そんなことはしない。必ず渡そう。お前の猫はどうする」


「トトか。どうしようか悩んだけどさ、キューと仲良いみたいだし置いていこうと思う。俺の都合で引き離しちゃ可哀想だしな。世話、頼んでも良いか?」


「勿論だ、任せてくれ。――それで、ヴェルベット様には」



 そこには一瞬の逡巡が挟まれていたように感じた。



「あいつには、無い。最後の挨拶はさっき済ませたしな。ま、気付いてないと思うけど」


「……どうしてヴェルベット様に何も伝えないのだ。お前だって分かっているんだろう」



 あー、と口に出して頭を掻きながら告げる。

 シャーリーにこう言った事を話すのはやはり恥ずかしく感じる。



「……ヘルデウスが、最後蘇生した時に、お前に何も言わなかったのと同じだろうよ。

 ヴェルベットのありゃぁ、はしかみたいな一過性のもんだ。

 俺の自己満足でその気持ちを縛り付けることは本意じゃ無い。

 俺がいなくなることが決定事項なら、薄情な奴だと思われる位の方が良いんだ。

 ま、一日くらいしょんぼりして欲しいとは思うがな。

 男っつーのはそういうもんなんだ。かっこつけさせろ」



 シャーリーは目を閉じて、たっぷりと思案していたが最後にはほほえんで頷いてくれた。



「……わかった。だが、荒れるだろうな。とんでもない仕事を私に押し付けてくれた」


「すまん、それは解ってる」



 その様子をちょっとだけ想像して、小さく笑った。



「どうして私を最後に選んだ?」


「お前なら余計な事も聞かないし一番やりやすいかと思ってな」



 無言で優しい笑みを浮かべているシャーリー。先ほどから自分の頬を涙が流れていることくらい、気付いていた。

 わけも解らずこの世界に召喚され、そうして皆と出会った。

 たくさん苦しい事もあったが、それでも俺は楽しかったし、皆が好きになっていた。

 

 マゴットの王リベルシア、最恐メイドシャーリー、観測装置キュー、魔界の皆、そして魔王ヴェルベット・チャーチ。

 皆との想い出は絶対に忘れたりしない。

 この世界がずっと幸せに続く事を祈って、俺は元の世界に帰る。



「んじゃ、まぁ、元気でな」


「ああ」



 最後にシャーリーと固く握手を交わした。そうして、首にかけていた宝珠を手に取り、胸に当てる。その様子を見て、シャーリーがぽつりと呟いた。



「お前が、二人目だった」


「何がだ」


「私の事を、本気で叱ってくれた、命知らずの事だ」


「……そうかよ」



 俺の周囲に光が集まり、徐々に視界も歪んでいく。



「ヤマダ、ありがとう」



 最後にその言葉だけを聞いて、俺の感覚は闇の濁流に飲まれていった。

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