機械仕掛けの魔神 下
デウス・エクス・マキナ。
機械仕掛けの神と訳されるこの単語は、元は演劇における演出用語だ。
それは物語を強制的に大団円へと導く為の舞台装置を意味し、当然現代の物語では禁じ手とされている。
破滅が決定されたこの世界において、暴走するバル=ヨハニを倒しうる存在がもしも居るのだとすればまさに「機械仕掛けの神」と呼ぶしか無いだろう。
だがこのサンダルフォンは降って湧いたただの奇跡などでは無い。
ヘルデウスの愛により救われたシャーリーはその無垢なる想いに従い禁忌を犯し、その行いこそが観測装置キューの心を動かした。
魔界を一つにする為に蒔かれていた和平の種を俺が拾い上げ、リベルシア達マゴットを、そして魔界の民全ての心をも動かした。
ルシファーの生み出した禁呪はその姿を変え、ヴェルベットによって魔界を守る為に放たれた。
確かに力は及ばなかった。
けれどそのありのままの世界が示した美しさはキューによって観測者へ届けられ、観測者は世界が失敗作であることを、創造神を否定し世界を存続させることを選んだ。
皆の抱いた憎悪も愛も友情も、全てひっくるめて、存在していてくれたからこそ残された最後の希望。
それは失敗作のこの世界で無くてはあり得ないものだった。
この世界は完璧ではない。
神の目指した理想世界には遠く及ばぬ失敗作。
創造神に捨てられた不完全な世界。
けれど、だからこそ美しい。
1/fの揺らぎのように、いくつものノイズを内包するが故に、その響きは感動をもたらす。
美しさの在り方を決めるのは神では無い。
それを決めるのは――この世界に生きる全ての命!
「――準備はいいか、ヴェルベット!」
「うむ! 急造だが術式もなんとかいけるはずだ! 答え合わせはぶっつけ本番じゃがな! 私の詠唱に合わせられるかヤマダ!」
「誰に物言ってやがる! まかせとけ!」
ヴェルベットへ笑いかけた。息を合わせ、目を閉じて一呼吸。
そして――!
『――数秘術、起動!』
薄暗いサンダルフォンの内部で俺とヴェルベットの声が重なった。
「ゲマトリア起動確認! クリフォトへの門を開きます!」
キューがヴェルベットの術式をサンダルフォンに取り込み、増幅していく。
「大いなる秘術、術式再構築!
エネルギーライン確保!
クリフォト内にて存在固定完了!
無限闇感知、無限光への変換術式、起動!」
『――バチカル・エーイーリー・シェリダー・アディシェス・アクゼリュス!』
『――カイツール・ツァーカプ・ケムダー・アィーアツプス・キムラヌート!』
『――クリフォトの深淵に座す混沌の叡智ハセク!』
『――今こそ姿を現し無貌の神の名の下に、その力を示せ!』
まるで輪唱の様に、歌うように紡がれて行く詠唱。
同時にサンダルフォンは小さく揺れながらその形を変え、光を発していく。
ケモノのカタチを取っていたサンダルフォンはバル=ヨハニと相対するかのようにゆっくりと上半身を起こし、その腕で胸に残った装甲を引きはがし内部機構を露出させていく。
そうしてそこに存在する極虹色の巨大な石は怪しい光を放ち出す。
「胸部装甲パージ!
放熱フィン形成!
次元アンカー射出、体勢ロック、姿勢制御完了!
魔術対消滅機関へ全無限光集中、蓄積開始!」
サンダルフォンから無数の黒いワイヤーアンカーが飛び出し、周囲の空間へ突き刺さっていく。
それは蜘蛛の巣のように、獅子のたてがみのように。
その巨体を絶対座標へ直接固定し、異形の砲台へと変貌させていく。
「ルーシュチャ方程式限定解除!
原初の貌【這い寄る混沌】顕現完了!」
貌の無い異形サンダルフォンはその姿を大きく変貌させていた。
魔界の大地に姿を現したのは三重冠を携えた極大漆黒の砲台。
それはただの人間を代行神へと至らせる為に創造神ヤルダバオトによって授けられた神の力。
けれど、これは既に機械仕掛けの神ですら無い。
無限の夜を越えて、紡がれ、命が託してくれたこの世界の希望。
俺達皆が顕現させた、世界を揺るがす神の力。
それは物語を理想の終焉に導く、規格外の【機械仕掛けの魔神】。
――デウス・エクス・マギア!
「バル=ヨハニ、次元牢幽閉開始!
対象の万物とのリンクを強制遮断します――3(ギメル)、2(べート)、1(アレフ)、完了しました!
絶対座標へ時間軸ごと固定、因果律逆算します!
隔絶空間による射出レール形成、魔術対消滅機関へ直結完了!
これで絶対に外しません!」
サンダルフォンの胸に煌めく砲塔からバル=ヨハニへ至る空間に存在した闇が払われる。
そこにはバル=ヨハニが漆黒の茨によって雁字搦めに拘束され、その身体を磔刑の如く空に固定されていた。
だがバル=ヨハニ自身も模造されたゲマトリアを用い、クリフォトへと接続している。
自らの生命力を破壊の力に織り上げて。
『――無形の闇は無限のセフィロトにてセフィラを巡り!』
『――その真なる姿をここに晒さん!』
『――虚無から生まれし無尽の光よ!』
『――その無限の翼で、神をも抱け!』
「魔術対消滅機関臨界!
超弩級虚数反転圧縮砲【無尽無限極光】射出準備完了!
ぎぎぎ……いつでもいけます!」
キューの声が響くと同時にバル=ヨハニの大きく開かれた口元にも極光が集まり出す。
「いくぜ、ワン公! ――喰らい、やがれぇぇぇ!!」
「いっけぇぇぇええええ!!」
薄闇覆う魔界で二つの極光が煌めき、すべての音が消え去った。
サンダルフォンの胸部から放たれた極大の黄金光は空に拘束されたバル=ヨハニを貫き、飲み込む。
その身体は純白の闇に内側から食い破られていく。
極光の奔流の中で怨念に満ちた咆哮を上げながらもがくもその拘束が緩む事はない。
バル=ヨハニの巨大な身体は光の奔流の中でゆっくりとほどけていった。
ベクターキャノンがやりたかった……(震
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