機械仕掛けの魔神 中
先月辺りまでは珍妙なマスクを被りライブハウスでデスメタルを演っていた俺がひょんな事から魔界に召喚され、ついには神の力を得て世界の命運を賭け偽造された魔王との戦いに臨んでいる。
スケールがデカすぎて思考は全く追いついている気がしない。
世界どうこうはこの際もうどうでもいい。
考えたって俺のキャパは完全に越えているのだ。
だが一つ確かなことは、俺は魔王ヴェルベット・チャーチに召喚されたこの世界のもう一人の魔王だという事。
だったら。
「……俺様の物を壊そうとするなら……相手が神であろうが、魔王であろうが――全力でぶっ潰す! そんだけだ! そんじゃいくぞ、リツコォ!」
「ええ! こちらのサポート体制は――ってリツコって誰ですか!?」
「あ、すまん間違えた。気にすんな」
多分昔みたロボットアニメかなんかのヒロインな気がする。
「――き、気になりすぎる!」
これが本当の最後の戦い(ラストギグ)。
バル=ヨハニはその翼を広げ、漆黒の尾をゆらしながら、敵意をむき出しに立ちふさがる。
思えばバル=ヨハニも不幸な存在だった。
自らの怨念だけを模倣され、この世界に生まれ落ちた悲しきルシファーの抜け殻。
けれど、それもこれで終わらせる。
ゆっくりと手元の輝く光球に手を差し入れると、サンダルフォンと思考そのものがリンクされる感覚を得た。
同時にそのディスプレイに様々な角度からサンダルフォンとバル=ヨハニを捉えた映像が映し出される。
画面に映るサンダルフォンの姿はネコブルクとうり二つ、三重冠を携えた貌の無い漆黒の異形。
もしかするとあのへんてこな城はサンダルフォンを模して作られたのかもしれない。
「なぁ、これ見た目逆じゃねえか? なんでサンダルフォン(こいつ)こんな悪そうなんだよ」
「いやー、ちょっと解りません。ヤルダバオト様の趣味じゃないでしょうか?」
こちらが動き出すと同時にバル=ヨハニは猛烈な勢いで突進してきた。
「あー! ほら来ますよ! マスター!」
サンダルフォンの背後にはネコブルク、躱すわけには行かない。
「わかってらぁ!」
シャーリー、そしてマスティマは共に左腕から食いちぎられていた事を思い出す。
良く訓練された犬のように恐らくその行動パターンをなぞるであろうと予測、リズムを測る。
直後読み通りバル=ヨハニは小さく頭を下げた。
「こっこだオラぁぁぁ!!」
思い切り振りかぶった右腕をその頭部へ狙いを定めて振り抜く。
ラッキーパンチとしか言い様のない程のクリーンヒット、地震のような重い音と振動を生み出してバル=ヨハニを吹き飛ばす。
だが相手は同時にまるでタコやイカのようにその身体から濃密な闇を吹き出してこちらの視界を奪っていった。
そして殴りつけたサンダルフォンの腕も亀裂が入り先端が崩れている。
「はぁ!? おい、キュー! これボロすぎんぞ! 大丈夫かよ!」
「うーん、メイドインゴッドなので性能は折り紙付きですが……いかんせん古いですから長期戦は難しいかも知れませんね! そして間の悪いことにこの闇は何らかのジャミングのようです! 温度センサー、音響センサー、魔力センサーその他諸々において対象をロスト!」
「さっきまで完全勝ちイベント戦闘感半端なかったのにそう甘くはねえってこった! そうだ、ビームねえのかよ、ビーム! 必殺技みてえなやつだよ!」
「うーん、在ると言えばあります!
人間であるマスターならある程度はサンダルフォンを変異させられるはずです!
ただ私に出来るのはあくまでマスターの補佐だけなのでそういう物が欲しいのであればマスターが頑張って下さ~い!
あ、でも一つだけ確かなのは無限光――えっとつまり残存エネルギーが少ないって事だけは間違いないでーす!」
「がっかり情報サンキュー!」
どうやら多少改善されたものの、まだまだこちらが完全に不利らしい。
「――ハハッ! こちとら不人気メタルバンドずっとやってんだ、逆境への強さだけは誰にも負けねえ! 無人のライブハウス(ハコ)で演るよか――ギャラリーがいるだけこっちのが随分気が楽だ! 舐めんじゃねえ!」
こうなりゃもうステージ上のノリと大差ない。
「何だかよくわかりませんがテンションも上がってきましたね!」
「今あげねーでいつあげんだよ!」
笑いながら返した。だが勿論テンションで誤魔化しても打開策が見えない事にはどうしようもない。
このサンダルフォンであれば何らかのビームをぶっ放すことも出来るらしいが残念ながらバル=ヨハニを倒しうる程のエネルギー量はとてもじゃないが賄いきれない。
かといって省エネの物理攻撃では恐らくこちらが持たない。
既に魔界の民の命は極限まで使っているし、黒い月だって光を失っている。
一体どこからエネルギーを調達すれば良い……?
そこまで考えてふっと一つのアイデアが浮かぶ。
「おいキュー! お前さっき俺の意志なら再現出来るって言ってたよな! イメージと理屈が正しければそっくりそのまま再現出来るか!?」
「やってみなくちゃ解りませんが、理屈が正しければ可能かと思われます!」
「よっしゃ! 解った! んじゃネコブルクの天守をぶっ壊せ!」
「お任せ――って、え!? ネコブルクのですか!? バル=ヨハニじゃなく!?」
「ああ、勿論そーっとだけどな! そんでそこで鼻水垂れ流して泣いてるもう一人の魔王をここに連れてきてくれ! 出来るか!?」
「――それなら任せて下さい! 尻尾のコントロールお借りします!」
「おうよ!」
答えると同時に眼前の闇が純白によって切り裂かれた。
バル=ヨハニの巨大な副腕と共に獰猛な爪がこちらに迫る。
「くそっ――! 空気読めやワン公!」
何とか右腕での防御は間に合ったが、ひびの入っていた腕は幾ばくかのフレームを残して粉々に砕け散ってしまった。
サンダルフォンの内部はアラートランプと警報音がやかましく鳴り響いている。
反撃を行おうにも体勢を整えた時には既に相手は闇の中に溶け込み消えていた。
そう判断し油断した直後、左サイドからもう一度黒い尻尾が槍のように飛んでくる。
白い身体と異なり、漆黒に染められたその尾は攻撃を受けるまで存在を認識することすら出来なかった。
胴体に突き刺さると同時に更なるアラートが悲鳴のように鳴り響く。
「ヒュゥ! やべえ!」
思っていた以上に長くは持たないかもしれない。
バル=ヨハニも万全では無いだろうが、先ほど大量のジズの死骸を喰らったであろう事もあり、少なくともこちらよりは余分なエネルギーを蓄えているようだ。
闇に溶け込む漆黒の尾による攻撃を防ぐのは不可能。
闇の中で視認しやすい純白の本体での攻撃に絞ってカウンターを狙う。それならば最小のエネルギーで最大の効果を発揮出来るはず。
闇の中僅かな動きにも反応出来るように集中していく。
だが予想に反して視界に何かを捉える前に再度サンダルフォンに最大級の衝撃が走った。
画面に映し出されたのは巨大な翼の一部。
――バル=ヨハニはその純白の身体を黒く染めていた。
インパクト時に体色を瞬時に変えることで闇に溶け込み、擬態することを学習したらしい。
「くそ、相手も馬鹿じゃねえってことか!」
闇の中、黒い体色でヒット&アウェイを仕掛けられると機動力に劣るこちらにとっては圧倒的に不利だった。
「――お待たせしました! 口開いて下さい、口!」
「ねえよ! そもそも貌が付いてないっての!」
「そういえばそうでしたね! じゃニュアンスでー!」
「はいだらぁぁぁ!」
イメージからワンテンポ遅れて三重冠が開き、魔界の闇がサンダルフォンのコクピットに流れ込む。
闇の向こうに見えるのは、サンダルフォンの尾によって子猫のようにぶら下げられた小さな魔王だった。
「来いヴェルベットォ!」
「わひゃああああああああ!」
くるりと一回転させられて勢いを増したヴェルベットはそのまままっすぐこちらに放り投げられる。さすがキュー、絶妙のコントロールだった。だがもうちょっとスピード――!
「ぐぶうっ!」
まっすぐコクピットに放り込まれた小さな魔王をなんとかキャッチした。
だがあと少しでも勢いが強ければモツ的なものをぶちまけてエンドロールが流れていた。
「ごほっ、よう、さっきぶりだな! あんなかっこつけといて悪いんだが、お前の力が必要だ! もう一発力を貸してくれ!」
俺の腕の中でガタガタと震えるヴェルベットはその端正な顔を原型が解らないほどしっちゃかめっちゃかにしながら泣いて全力で抗議してくる。
「お、お前! このやろう、ヤマダ! 良くも私を置いていってくれたな――! って文句はあとでまとめてだ! 何をすれば良い!? 言っておくがもう魔力が殆ど無いし何も出来んぞ!」
「あー、そういやそうだったな。キュー! まずはサンダルフォンの無限光をヴェルベットにぶち込んでくれ!」
「……へ? え!? キュー!? 生きてたのか!?」
ヴェルベットは蒼い顔をしたり喜んだり忙しそうにその表情を変える。
「ええ、無事でした! ――って、マスターほんとにいいんですか?」
「いいもなにも、このままじゃ埒があかねえだろうが!」
親指を立てて俺はすこぶる良い笑顔をディスプレイに向ける。
同時にバル=ヨハニの尾がこちらの頭部を的確に狙って飛んでくる。
偶然にも左腕で軌道を反らせたが装甲を引きはがされ、その殆どを破壊されてしまう。
「やれ、キュー! 時間がねえ! 大丈夫、ニンニクだって血管にぶち込みゃ元気出るんだからよ!」
「ど、どんな理屈じゃ!」
ヴェルベットは必死で抗議するが、もはや決定は下されたのだ!
「ま、まぁ原理的には行ける……かな? じゃ、じゃあいきまーす……」
「ちょっと、お、乙女に何を!? 私、聞いてな――あばばばばばば!」
ヴェルベットの脳天に謎のチューブが突き刺さるとそこから虹色の黄金光がヴェルベットに注入されていく。
無限光を動力とするサンダルフォン、そこに残されたエネルギーをぶち込むことでヴェルベットの魔力を短時間でも回復させる事が可能なはず。
「よーし、艶が戻ったなヴェルベット!」
涙目でぜーぜーと息をするヴェルベットのは明らかに怒った顔をすると俺の襟首を掴み、口元へとその小さな唇をぶつけてきた。
鼻と口から盛大に流血する。
「……めっちゃくちゃ痛ぇ……」
「うっさい! この私によくもまあ好き放題ばかりしてくれたな! こいつは前借りじゃ!」
顔を真っ赤にしてぷいと前を向く。
そうして俺の膝の上に座り直し、光球に突っ込んだ俺の手の上にその両手を重ねた。
「よし、ヴェルベット! それじゃ――」
「言わんでも解る! 開けばいいんだろ、クリフォトへの門を! だがそれでどうするつもりだ!? 開いても注ぎ込む生命力はもう無いんだぞ!」
虚数界クリフォト。存在しない虚数が無限に存在する世界の裏側。
そこに無限光(生命力)を流し込むことでその力を無限闇(破壊力)へと変換する事が可能となる。
それなら……!
「構わねえ! もっとシンプルで良かったんだ!
ゲマトリアを扱えるお前なら『ダークマター(存在しない虚数)』を認識できるんだろ!
だったらそいつら同士を掛け合わせりゃこっちでも普通の数式で扱える!
クリフォトに存在する無限の虚数エネルギーを引っ張り出して全部無限光に変換してやりゃいい!」
「えっ? ……そ、それどういう理屈だ!?」
「そんなもん細けえ理屈なんざ俺が知るかよ! 俺はただそういう公式があるって事を知ってるだけだからな! どの道他には手がねぇからやるしかねえ! それに足りねえ計算はなんと今なら神様がなんとかしてくれるらしい! 出来るか!?」
――存在しない複素数である虚数は二乗する事でゼロを超えない実数へと至る。
基本的な世界のルールは天界でも魔界でも人間界でもそうは変わらない。
であるならば人間界に存在する虚数計算の概念も同じである可能性は十分にある。
それが正しいかどうかは解らないが俺は大昔にそれを発見したどこぞの偉いじいさんを信じてみることにする。
「……この私に、出来るか、だと!? 私を誰だと思っている……天才魔王ヴェルベット・チャーチ様だぞ! ちょっと待ってろ、今術式を組み上げる!」
「その意気だ! キューもサポート頼んだぞ!」
「無茶ぶり過ぎます……! うううう! でも、解りました! こうなれば私だってやってやるです!」
ちょっと解りづらいって人も居るかも知れないので補足。
別に読まなくても状況が解る人は飛ばして下さい。
創造神ヤルダバオト:世界(天界、魔界、人間界)を作った神様。
世界が思った通りに出来なかったしルシファーが反逆してきたので「失敗した」と思って世界を捨てた。その際自分の代理として三番目に作った人間界で信仰心の高かった人間ニアラ=ゾティフに神の権能である無貌の神を与えて新しい世界を作りにどっか行きました。グッバイ!
メタトロン:ヤルダバオトによって神の権能を与えられた元人間。
人間時代はニアラ=ゾティフという名称でしたが性別年齢すべて不明。不老不死と全能を貰ったけど精神は人間のままだった。神の代わりに世界を観測してたけどあんまりにも暇なので病んじゃってマスティマが世界欲しいなら自分を殺して持って行けばいいんじゃね、と思っていた。
マスティマ:別名マンセマット。
彼は色々裏設定があるけど本作中では単純に病んでるメタトロンぶっ殺して神の居ない世界を手中に収めようとしている。昭和の魔王のノリ。
無貌の神:ヤルダバオトがニアラ=ゾティフに与えた神の権能。
この権能こそがただの人間であるニアラ=ゾティフを観測者メタトロンへと至らせた。
今は猫型スーパーロボとして出現。神の子である人間にしか使えない。
エイリアス=ナイン(キュー):メタトロンが世界を観測する為に使役する世界観測端末「眼」の一つ。
世界の禁忌である生命複製を見逃したことでメタトロンに捨てられたはぐれの観測者。
バル=ヨハニに破壊されたことでリソースがメタトロンに回収される。
その時に彼女の見た世界の美しさを知ったメタトロンはもうちょい世界の続きをみてみよっかなー!
と思ってサンダルフォンにキューをくっつけて山田の元に落っことした。