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デウス・エクス・マギア ~大いなる幼女とデスメタる山田~  作者: 猫文字隼人
第四章 二人の魔王
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終末の禽と山田

「よっと」


 黒く巨大な魔王の玉座、そこにヴェルベットをそっと座らせた。

 そうしてその首元に手を伸ばす。


「これ、くれるって言ったよな? 今更駄目ってのは無しだぜ」


 ヴェルベットの首からそのチェーンを外し、ぶらぶらと目の前でその宝珠を揺らす。

 訳のわからないと言った表情のヴェルベットに笑顔を向け、すぐに俺は後ろへふり返り倒れ込んだ多くの民達と相対する。息を吸い、声を張り上げた。



「聞けぇ! 我が名はヤマダ・ナオト! 

 人間界の魔王である! 

 此度はお前らの覚悟と忠義、しかと見届けさせて貰った! 

 ここから先は我に任せよ! 

 お前らは魔王ヴェルベット・チャーチを助け、良き世界を作れ! 

 子供を育て、大地を耕せ! 

 そうして切磋琢磨し、この魔界をより良き物へとするのだ! 

 自らの心を削りながらも民の命を喰らうことを選択し、この世界を守りきったお前らの偉大なる魔王を誇りに思え! 

 そして、この偉大なる勝利はお前達一人一人の選択が選び取った勝利でもある事を胸に刻み込むのだ!」



 無音ながらどよめきを感じる。当然俺の言葉に誰も何も返すことは出来ない。


「……ぷっ、ははははは! 

 いや、すまんすまん! 

 せっかくだし最後にもう一度魔王っぽい事をやってみたかっただけだ。

 ――じゃあな、お前ら。すげーかっこよかったぜ」



 おどけて手を振る。

 ヴェルベットへ向き直ると血の気の引いた顔で目を見開き、こちらを見ていた。


「お前……まさか……」


 震えながら言葉を紡ごうとするヴェルベットへ言葉は返さない。

 俺は跪き、その小さな身体を抱きしめる。その頬を一際大きな涙が流れ落ちていった。


「じゃあな、ヴェルベット。立派な魔王としてがんばれよ」


「いやだ……やめて……! 行かないで……!」


 全てを察したヴェルベットの頬を涙が止めどなく流れていく。

 俺はそんな彼女に笑顔を返し、頭をわしわしと撫でた。


「あ、そうだ。宝珠の代わりにこいつはお前にやる。俺のお気に入りだ。大事にしろよ」


 魔界に来てからもずっと着ていたレザージャケットを脱いでヴェルベットの膝に乗せると、そのまま鼻歌交じりに背を向けた。

 俺の名を呼ぶ悲痛な声が聞こえたが、もう振り向くことは無い。



「~~~~♪」



 ――空裂きの宝珠。魔界に残された最後の秘宝。

 ヴェルベットですら再現出来ないかつてルシファーの残した究極の秘術を形にした物。

 これを使えば異なる世界に飛ぶことが出来る。――触れた物を連れて。


「やべーな、俺魔界の教科書とかに載っちゃうんじゃねえの」


 独りごちながら歩いて行く。多くの民がひしめき合った城内。まるで停止した時間の中を俺一人だけが動いているような錯覚を感じる。


 魔界に飛ばされてから幾度も目にした何気ない場所も、最後だと思うと様々な思い出がわき起こり、俺の胸を締め付けた。



「あー、ここでシャーリーに会ったんだっけ。あの見た目で中身は鬼そのものだったからな。流石に詐欺だろアレ」


 ヘルデウスがヴェルベットに唯一残した遺産であり、その心臓を受け継いだ最強のメイド、シャーリー・モラクス。

 彼女はこの先ヴェルベットを支えて魔界を大きく発展させるのに無くてはならない存在だろう。

 やや無愛想なのは玉に瑕だが、彼女ほどヴェルベットのことを理解している存在は居ない。

 幼い頃に母を失ったというヴェルベットにとっては、正に母親といっても過言では無い存在なのだ。




 魔王城の廊下の窓から見えたのは小さなテーブルと椅子。

 裏庭にある俺のお気に入りの場所だった。


「ここでよくトトとキューとで一緒に本読んでたよな。キューは命をかけて俺達を守ってくれたんだ。あいつがいなければ俺達はもう存在してなかった。どうしてヴェルベットの飼い猫があんな力を持ってたのかは全然解らんが……」


 俺達が絶体絶命に陥った時、助けてくれたのは謎の変貌を遂げた黒猫――マスティマにエイリアス=ナインと呼ばれていた存在、キューだった。

 確かシャーリーはキューから天界の気配がすると警戒もしていたし何か天界に縁のある存在だったのかも知れない。

 どうしてそんな存在がヴェルベットの飼い猫であったのかは全く解らない。

 けれどあいつも間違いなく俺達の仲間だった。




 魔王城の門から出ると、目の前の市場に雪のように灰が舞い散っていた。

 恐らくは崩壊した灰の大樹の影響なのだろう。

 残念ながら市場には誰も居らず、荒廃してしまってはいるが、大丈夫、皆が無事でさえあればすぐに元の活気が戻る事だろう。



「ここでダイモンと一悶着あったんだったな。リベルシアもあの時は幼気(いたいけ)な少年だったってのに……今じゃあれ完全にアウトだ……いや好意は純粋に嬉しいけども」


 最初はただの荒くれ者で面倒な奴だと思っていたダイモン。

 だがあいつが居なければきっとタイムリミットまでに魔界の民は団結していなかっただろう。

 息子を溺愛するがゆえにマゴットとトラブルを起こしていたが、そのマゴットに息子を救われた事で、この魔界の未来を自分で考え、選択した。

 彼のような民が増えればこの先もっと素晴らしい魔界になるだろう。

 そして迫害されていたマゴットの王、リベルシア。

 毒を司る能力ゆえにマスティマによって分断工作を仕掛けられていたベルゼバフの一族。

 もしもリベルシア達が協力してくれなければ最初のジズですら倒すことは出来なかった。

 今では女性になってしまったので王なのか女王なのかは解らないが、彼女とヴェルベットが手を取りあうのだ。

 マゴットの未来は明るい物になるのだと俺は信じている。




 わき上がる想いを噛みしめながら歩いていたからか、気がつくともう城下町の出口にたどり着いていた。

 俺は最後にもう一度後ろを振り向く。

 市場が広がり、その奥に巨大なスフィンクスのようなヴェルベットの魔王城ネコブルクがそびえ立っている。

 今は人影も見えず、荒廃してしまっているかのように見える魔王城とその城下町。



 けれど。


 たとえ町が壊されようと。

 たとえ誰かが命を失おうと。

 その想いは受け継がれ、紡がれていく。



 この魔界の民達であれば、ヴェルベットや皆がいるのであれば、この世界は何度でもやり直せるはずだ。あの賑やかで楽しい、一癖も二癖もあるやつらが生き生きと暮らす魔界に。

 その為に――。


 城下町のゲートを一歩外に踏み出すと、目の前には、広大な大地が広がっている。

 黒い月の光は更に失われ、遠くは既に見えなくなっていた。


 けれど灰の雪が吹雪く薄闇の中、純白の巨竜バル=ヨハニの姿だけは嫌でも目に入る。

 特に急ぐことも無く、お前達などいつでも殺せるとばかりに余裕たっぷりに、ゆっくりとこちらに向かって来ている。

 ヴェルベットに破壊された身体を修復する為にマスティマを喰らった後、恐らくは周囲に散らばっていたジズの破片でもむさぼって居たのだろう。

 その身体は更なる返り血に塗れ、禍々しい見た目は更に凶悪な物へと変貌している。

 暴走したバル=ヨハニは失った身体を捕食によって補った。

 そうして歪な修復を繰り返し、更なる異形へ、更なる巨体へと変化していったのだろう。

 遠方なので正確にはわからないが恐らく出現時から考えれば数倍は巨大化しているように思える。

 背中から生えていた腕はそれぞれが巨大な翼へと変わり、三対六翼を備えた巨大な白竜。

 血に彩られた純白の身体はさわさわと音を立てて威嚇するようにその羽を逆立てる事で邪悪な斑模様を覗かせる。


 恐らくはジズの屍肉だけでは飽き足らず、その身体を癒やす為に、魔王城に集まった民を喰らおうと向かってきているのだろう。


 絶対に、させない。させるものか。こいつはここで終わらせる。


 この先には多くの民が、リベルシアが、シャーリーが、そして……ヴェルベットがいるのだから。




「来い、ワン公。てめーに俺の格好良い事(ヘヴィメタル)を見せてやる」


 虚数界クリフォト。かつてルシファーだけが干渉出来た存在不可能な虚ろな世界。

 そこにひとたび足を踏み入れれば全ての存在は虚数へと分解され何者も出ることは敵わないという。

 ならば丁度良い。そこに俺ごとバル=ヨハニを連れて飛び、封印する。

 それが俺の選んだ結末。



 ここでこいつを逃がせばやがて神を喰らい、魔界、天界、人間界は全て荒廃するだろう。

 それが神の居ない世界のたどる未来。それを俺の命一つで回避出来るのであれば釣りなどいくらでも出る。



 ――いや、違う。正直俺は世界の命運などに全く興味は無いし、そこまで考えて生きては居ない。

 ただ俺はこの世界が好きになった。

 それに認めたくは無かったが、いつの間にかひたむきなヴェルベットに惹かれてもいたのだろう。


「――ルシファーは愛する者の為にその命を散らした、か」


 ヴェルベットの言葉を思い出していた。あながち間違いでは無いのかも知れない。


「あーあ、俺、ロリコンの気だけはねえと思ってたんだがなぁ」


 一人で吹き出して笑った。


 目の前に迫るバル=ヨハニ。距離が縮まるとその巨体の迫力は更に増していく。

 ゆっくりと歩いていたが、突如としてバル=ヨハニは地面を蹴り、駆けだした。大地が揺れ猛烈なスピードで魔王城へと向かってくる。

 俺はその通路を遮るように立ちふさがり、叫ぶ。


「行かせるかよ!」


 地面を蹴り、俺はバル=ヨハニへと向けて駆ける。

 同時にその手の中にある宝珠が光を発しだす。


「――あばよ、お前ら」


 衝突の瞬間光に包まれ、その瞬間、俺は――


 見知った、声を聞いた、気が、した。

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