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デウス・エクス・マギア ~大いなる幼女とデスメタる山田~  作者: 猫文字隼人
第四章 二人の魔王
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無尽無限闇 -ヘレル・ベン・サハル- 

 全方位から流星のように降り注ぐ黒い虹に貫かれたマスティマ達の周囲に大量の魔術文字が浮かびあがる。

 閉鎖された空間の中には更に無色透明のゆがみが発生し、認識すると同時に大地から無数の黒い棘が這い出しマスティマ達を断続的に貫きながら動きを拘束する。


 尚も大地から無限に突き上げる黒い棘は天を目指すかのようにうねり、上昇している。


 

「ぐっ――! ま、まさか、本当に、貴様イんフェルノう゛ぉらくすを放つだとォ!? ……いいのか、皆が死ぬんだぞ!?」



 ジズ達が壁になり、更にバル=ヨハニが障壁を発生させマスティマを庇う。

 だが、いくらかの棘は防ぎ切れておらずマスティマの身体にも黒い棘は届いている。



「黙れ、私は私の民を誰も殺しはしない! 

 私の炎が焼き尽くし、塵へと返すのは――お前だけだ! マスティマ!」


「くそったれええええ! バル=ヨハニ! ジズはもう良い! 私だけを守れぇぇ!」



 周囲に集まった多くのジズをなぎ払い、バル=ヨハニは背中から生えた副腕でマスティマを庇うように包み障壁を展開していく。



「やらせるかぁぁぁ!」



 一瞬の静寂、直後に大地から天へ極大の黒い奔流が噴きだし、マスティマ達を飲み込んでいく。

 見捨てられたジズ達の身体は切り裂かれぼとぼとと周囲に落ちていった。


 黒い奔流は幾重にも分岐し、魔界の大地にさながら巨大な樹のようにそびえ立つ。

 きらきらと七色に輝く闇は勢いをそのままにマスティマ達を蹂躙し、飲み込み、焼き尽くしていく。



「――――!!!」



 マスティマの短い断末魔の叫びと共に黒い虹の奔流は徐々に変色し、轟音が響き渡る。

 無限に出現し続けた漆黒の棘だったが、今はその姿を真っ白な炎へと変貌させ柱に取り込んだ全てを灰燼へ帰していく。


 やがて白炎はキィンと高音を響かせて唐突に光を失った。

 後に残されたのは薄闇の中魔界の大地にそびえ立つ、灰で出来た大樹だった。

 同時にヴェルベットは膝から崩れ落ちる。



「ヴェルベット!」



 急いで身体を支える。ヴェルベットの小さな身体は火のように熱くなっており、ただ事で無い事は解る。呼吸も荒く汗もびっしょりだった。



「ヤマダ……私は、やれたのか」



 薄闇にそびえ立つ灰の大樹、周辺に動く物は何もない。



「ああ、きちんと命中した! それに見ろ、魔方陣も全部点灯してる。みんな無事だ……! 俺達の勝ちだ!」



 恐らく皆は昏倒している為、せっかくの勝利にもかかわらずネコブルク天守には何の声も聞こえず、静かなままだった。

 だが階下の皆が無事であることを示す魔方陣の光はきちんと点灯している。

 この魔界を守る為に皆が力を合わせ、それが実を結んだのだ。



「そうか……良かった……これで父上の敵も……」



 汗ばんだヴェルベットは今にも眠りそうな程消耗しており、虚ろな目をしつつ答えた。



「……さすがに、疲れた。もう今日は一歩も動かんぞ。というか多分指一本動かせない」



 冗談めかして言うが、それは真実なのだろう。



「部屋まで俺がちゃんと送ってやる。安心して寝てろ」



 笑いかけた瞬間、大気にひびが入ったかのように歪んだ声が響く。




「餌、虫、ども、が、調子に、乗るなぁぁぁ!!」



 焼けただれたかのように歪な声。


 それは魔界全土に響き渡り、マスティマの生存を知らしめた。

 黄昏れた魔界の中央にそびえ立つ灰の大樹。【無尽無限闇(ヘレル・ベン・サハル)】が築いたそれは突如として轟音と共に崩壊し砕け散り、中から現れたバル=ヨハニがジズの屍で溢れたその大地に血だらけの身体を丸めながら降下していく。


 副腕の殆どを失った満身創痍のバル=ヨハニが息も絶え絶えにゆっくりとその身体を開くと、そこにマスティマが姿を現した。 

 腹の底から凍り付くように震える。術式は完璧だったはず。


 だが、ヴェルベットが【無尽無限闇(ヘレル・ベン・サハル)】を放つ寸前、結界が破れ、僅かなゆがみが発生していたことを思い出す。


 それは、キューが貫かれた姿が晒された瞬間の事だった。


 魔界を守る為に結界の中に残ることを選んだキュー。

 彼女があの結界をはり、内部からマスティマ達を抑え込んでくれたからこそ時間を稼ぐことが出来た。

 キューが皆を救う為にその身を犠牲にする事を選択したと、皆理解していた。

 だがそれでもヴェルベットはその姿を目にしてしまい、その心を揺らしてしまった。


 それでもヴェルベットはたとえ彼女の亡骸を焼き尽くしたとしても、その覚悟を無にすまいとキューごとマスティマを焼き払った。


 だが、覚悟していたとしてもヴェルベットはまだ少女なのだ。

 その心に走った僅かな動揺。

無尽無限闇(ヘレル・ベン・サハル)】に生じた僅かな歪み、それがマスティマに生存の可能性を許した。


 一体それを誰が責められる。

 見知った仲間の死に心を痛めるヴェルベットだったから、そんな優しい魔王だったからこそ皆は命をかけてくれた。


 だがそれは……ヴェルベットにとっては自らの甘さがゆえに、これからあの化物に残らず魔界の民が喰い殺されると言う事を意味する。



「私が、失敗した、から……!」



 俺の腕の中で大粒の涙を流すヴェルベット。

 絶望に染まるその表情は熱を失っていくかのようだった。

 そして何があろうとその身体はもう動かない。


 前回と違い、黒い月の力まで消費している。回復には相応の時間がかかるのだろう。


 それは階下にいるリベルシアやシャーリー、ダイモン達この魔界に生きている全ての悪魔も同じだった。

 皆の命を極限まで引き出したからこそ【無尽無限闇(ヘレル・ベン・サハル)】を放つことが出来たのだから。

 

 魔界全ての力を注ぎ込んだ一撃が失敗した今、もはやこの世界でマスティマ達と戦える悪魔は誰一人として存在しない。



「げほっ――! ははは、ジズなど時間さえあればいくらでも量産出来る――! 

 あいつらは所詮エナジードレインを効率的に行う為の予備パーツにすぎんのだからな! 

 バル=ヨハニさえ残っていれば何の問題も無い! といっても流石に焦りましたがねえ! 

 私の方が上だった! ただのそれだけだ! 

 それよりも……よくも私の燃料どもを使い込んでくれたな……! 

……まぁいい! 多少予定は狂ったがこうなれば残った奴らは全て直接捕食でエネルギー源としてくれる! 

 時間はかかるが黒い月を失った魔界においてお前らが動けるようになった頃には皆仲良くバル=ヨハニの腹の中だ! 

 もう私は二度と油断などしなぁい! 

 いいかガキィ! 

 お前が小細工を弄して私に刃向かおうと等しなければお前の大事な大事な民は皆苦しまずに死ねたのだ! 

 お前のせいでこれから餌虫共は残虐に肉を裂かれ、骨を砕かれ、生きたまま内臓を引き出され、苦しみながら死んでいくのだ! 

 その呪いの悲鳴を聞きながら貴様は死んでいけぇ!」



 腹部に負った傷を押さえながらも、残虐に笑いながら魔王城へと歩いてくるマスティマ。


 たとえ満身創痍であろうと、マスティマにとってもはや動くことの出来ない魔界の民は恐れるに値しない。 



「ひひひ! さぁ、行くぞバル=ヨハニ! 今から一人残らずぶち殺して……!」



 突然鮮血が飛び散り、マスティマの左腕が消し飛んだ。



「あっ……? なん、げふ、うごおおっ! 何が、一体、どう――」



 マスティマが自らの異変に気付いたであろうと同時にそのみぞおちから黒い突起が突き出た。

 背後から貫かれたマスティマの身体はゆっくりと空へと持ち上げられていき、びくびくと脚を痙攣させていた。



「――おっ、おっ、あ、いた――」



 大量の血を吐きながら声にならない叫びがひょろひょろとその口から漏れた。

 そうして目を見開きバル=ヨハニへ視線を送ろうとした。

 

 だがその眼に何かを写す前にマスティマの首は食いちぎられ、ぺきぺきと軽い音を立てながら噛み砕かれていく。


――暴走したバル=ヨハニによって。



 白い羽毛に覆われた神聖な外見とは裏腹に獰猛な牙をむき出しにして血しぶきを上げながら尻尾で串刺しにしたマスティマの身体を屠っていく。

 食らいつき、内臓を引き出し、咀嚼する。

 ぼたぼたと地面に落ちていった欠片も全て綺麗に食い尽くされていき、マスティマは醜悪な肉塊を経てただの血色の染みへと成り下がった。


 口内で十分に咀嚼されたそれをごくんと嚥下し、血まみれの赤い頭部をゆっくりと魔王城へと向けたバル=ヨハニの姿を目にした魔界の民はくぐもった悲鳴を上げる。


 元凶であったマスティマは、己の作り出したバル=ヨハニによって喰われ、死んだ。

 だが、脅威は何も去っていないどころか更に悪化している。


 最も現実的な解決策はマスティマを捕まえ、バル=ヨハニのコントロールを奪う事だったからだ。

 神を殺しうる力を持つバル=ヨハニを倒すよりその方がはるかに簡単だ。


 それならば唯一この魔界で動ける俺にもわずかな可能性はあった。

 だが暴走したバル=ヨハニを間接的に止めることが出来る存在は今喰われて消えた。


 それは、あのバル=ヨハニを直接倒さなくてはこの世界に未来は存在しないという事。


 更に、バル=ヨハニはシャーリーの腕を喰らいその身体を変異させたように、マスティマを喰らった事でその身体の羽毛をざわざわと逆立てながら更なる変貌を遂げていく。


 凄惨なシーンを目にしてただ震えるヴェルベットの顔を見た。


 彼女にはいささか衝撃が強すぎたのだろう。青い顔をして小刻みに震えている。 


 対する俺はなるべく肩の力を抜いた風を装って、



「……ったく、しゃーねーな」



 と口に出してしゃがみ、動けないヴェルベットの身体を抱き上げる。

 所謂お姫様だっこと言う奴だ。



「な、にを……」



 疑問の浮かんでいるヴェルベットに対して、あえて言葉は返さなかった。

 そのままヴェルベットを抱いて階下へと降りていく。


 そこには魔界を救う為に命をかけて集まってくれた多くの民が倒れており、すすり泣きと嗚咽が響いていた。

 シャーリーも今回はヘルデウスの力ごと吸い上げられたのだろう。

 身動き一つ出来ずそこで倒れていた。


 この場に居る皆が理解し、覚悟している。全てが終わってしまったことを。


 これから自分たちがどういった事になるのかを。


 けれどそれが自分たちの選択であることを誇りに思っているであろう魔界の民達の眼には後悔は欠片も見えない。

 倒れた皆の間に通っている紅い絨毯。

 その上を通り、ヴェルベットを抱いたまま魔王の玉座へとゆっくりと歩んでいく。


 その光景はもしかすると何か特別な儀式にでも見えるかもしれないなと俺は一人笑った。



「よっと」



 黒く巨大な魔王の玉座、そこにヴェルベットをそっと座らせた。


 そうしてその首元に手を伸ばす。



「これ、くれるって言ったよな? 今更駄目ってのは無しだぜ」



 ヴェルベットの首からそのチェーンを外し、ぶらぶらと目の前でその宝珠を揺らす。

 訳のわからないと言った表情のヴェルベットに笑顔を向け、すぐに俺は後ろへふり返り倒れ込んだ多くの民達と相対する。息を吸い、声を張り上げた。



「聞けぇ! 我が名はヤマダ・ナオト! 

 人間界の魔王である! 此度はお前らの覚悟と忠義、しかと見届けさせて貰った! 

 ここから先は我に任せよ! 

 お前らは魔王ヴェルベット・チャーチを助け、良き世界を作れ! 

 子供を育て、大地を耕せ! 

 そうして切磋琢磨し、この魔界をより良き物へとするのだ! 

 自らの心を削りながらも民の命を喰らうことを選択し、この世界を守りきったお前らの偉大なる魔王を誇りに思え! 

 そして、この偉大なる勝利はお前達一人一人の選択が選び取った勝利でもある事を胸に刻み込むのだ!」

 

 

 無音ながらどよめきを感じる。当然俺の言葉に誰も何も返すことは出来ない。



「……ぷっ、ははははは! いや、すまんすまん! せっかくだし最後にもう一度魔王っぽい事をやってみたくてよ。――じゃあな、お前ら。すげーかっこよかったぜ」



 おどけて手を振る。


 ヴェルベットへ向き直ると血の気の引いた顔で目を見開き、こちらを見ていた。



「お前……まさか……」



 震えながら言葉を紡ごうとするヴェルベットへ言葉は返さない。

 俺は跪き、その小さな身体を抱きしめる。その頬を一際大きな涙が流れ落ちていった。



「じゃあな、ヴェルベット。立派な魔王になれよ」


「いやだ……やめて……! 行かないで……!」



 全てを察したヴェルベットの頬を涙が止めどなく流れていく。

 俺はそんな彼女に笑顔を返し、頭をわしわしと撫でた。



「あ、そうだ。宝珠の代わりにこいつはお前にやる。俺のお気に入りだ。大事にしろよ」



 魔界に来てからもずっと着ていたレザージャケットを脱いでヴェルベットの膝に乗せると、そのまま鼻歌交じりに背を向けた。


 俺の名を呼ぶ悲痛な声が聞こえたが、もう振り向くことは無い。



――空裂きの宝珠。魔界に残された最後の秘宝。


 ヴェルベットですら再現出来ないかつてルシファーの残した究極の秘術を形にした物。


 これを使えば異なる世界に飛ぶことが出来る。――触れた物を連れて。



「やべーな、俺魔界の教科書とかに載っちゃうんじゃねえの」



 独りごちながら歩いて行く。

 多くの民がひしめき合った城内。

 まるで停止した時間の中を俺一人だけが動いているような錯覚を感じる。


 魔界に飛ばされてから幾度も目にした何気ない場所も、最後だと思うと様々な思い出がわき起こり、俺の胸を締め付けた。



「あー、ここでシャーリーに会ったんだっけ。あの見た目で中身は鬼そのものだったからな。流石に詐欺だろアレ」


 ヘルデウスがヴェルベットに唯一残した遺産であり、その心臓を受け継いだ最強のメイド、シャーリー・モラクス。

 彼女はこの先ヴェルベットを支えて魔界を大きく発展させるのに無くてはならない存在だろう。

 やや無愛想なのは玉に瑕だが、彼女ほどヴェルベットのことを理解している存在は居ない。

 幼い頃に母を失ったというヴェルベットにとっては、正に母親といっても過言では無い存在なのだ。



 魔王城の廊下の窓から見えたのは小さなテーブルと椅子。裏庭にある俺のお気に入りの場所だった。



「ここでよくトトとキューとで一緒に本読んでたよな。キューは命をかけて俺達を守ってくれたんだ。あいつがいなければ俺達はもう存在してなかった。どうしてヴェルベットの猫があんな力を持ってたのかは全然解らんが……」



 俺達が絶体絶命に陥った時、助けてくれたのは謎の変貌を遂げた黒猫――マスティマにエイリアス=ナインと呼ばれていた存在、キューだった。

 確かシャーリーはキューから天界の気配がすると警戒もしていたし何か天界に縁のある存在だったのかも知れない。 

 どうしてそんな存在がヴェルベットの飼い猫であったのかは今となっては全く解らない。

 けれどあいつも間違いなく俺達の仲間だった。


 

 魔王城の門から出ると、目の前の市場に雪のように灰が舞い散っていた。

 恐らくは崩壊した灰の大樹の影響なのだろう。

 残念ながら市場には誰も居らず、荒廃してしまってはいるが、大丈夫、皆が無事でさえあればすぐに元の活気が戻る事だろう。



「ここでダイモンと一悶着あったんだったな。リベルシアもあの時は幼気(いたいけ)な少年だったってのに……今じゃあれ完全にアウトだ……いや好意は純粋に嬉しいけども」



 最初はただの荒くれ者で面倒な奴だと思っていたダイモン。

 だがあいつが居なければきっとタイムリミットまでに魔界の民は団結していなかっただろう。

 息子を溺愛するがゆえにマゴットとトラブルを起こしていたが、そのマゴットに息子を救われた事で、この魔界の未来を自分で考え、選択した。

 彼のような民が増えればこの先もっと素晴らしい魔界になるだろう。


 そして迫害されていたマゴットの王、リベルシア。

 毒を司る能力ゆえにマスティマによって分断工作を仕掛けられていたベルゼバフの一族。もしもリベルシア達が協力してくれなければ最初のジズですら倒すことは出来なかった。

 今では女性になってしまったので王なのか女王なのかは解らないが、彼女とヴェルベットが手を取りあうのだ。マゴットの未来は明るい物になるのだと俺は信じている。


 

 わき上がる想いを噛みしめながら歩いていたからか、気がつくともう城下町の出口にたどり着いていた。俺は最後にもう一度後ろを振り向く。


 市場が広がり、その奥に巨大なスフィンクスのようなヴェルベットの魔王城ネコブルクがそびえ立っている。今は人影も見えず、荒廃してしまっているかのように見える魔王城とその城下町。


 けれど、たとえ町が壊されようと、たとえ誰かが命を失おうと。


 その想いは受け継がれ、紡がれていく。


 この魔界の民達であれば、ヴェルベットや皆がいるのであれば、この世界は何度でもやり直せるはずだ。

 あの賑やかで楽しい、一癖も二癖もあるやつらが生き生きと暮らす魔界に。


 その為に――。



 城下町のゲートを一歩外に踏み出すと、目の前には、広大な大地が広がっている。

 黒い月の光は更に失われ、遠くは既に見えなくなっていた。

 

 だが灰の雪が吹雪く薄闇の中、純白の巨竜バル=ヨハニの姿だけは嫌でも目に入る。

 

 特に急ぐことも無く、お前達などいつでも殺せるとばかりに余裕たっぷりに、ゆっくりとこちらに向かって来ている。


 ヴェルベットに破壊された身体を修復する為にマスティマを喰らった後、恐らくは周囲に散らばっていたジズの破片でもむさぼって居たのだろう。

 その身体は更なる返り血に塗れ、禍々しい見た目は更に凶悪な物へと変貌している。


 暴走したバル=ヨハニは失った身体を捕食によって補った。

 そうして歪な修復を繰り返し、更なる異形へ、更なる巨体へと変化していったのだろう。


 遠方なので正確にはわからないが恐らく出現時から考えれば数倍は巨大化しているように思える。

 

 背中から生えていた腕はそれぞれが巨大な翼へと変わり、三対六翼を備えた巨大な白竜。

 血に彩られた純白の身体はさわさわと音を立てて威嚇するようにその羽を逆立てる事で邪悪な斑模様を覗かせる。


 恐らくはジズの屍肉だけでは飽き足らず、その身体を癒やす為に、魔王城に集まった民を喰らおうと向かってきているのだろう。


 絶対に、させない。


 させるものか。こいつはここで終わらせる。


 この先には多くの民が、リベルシアが、シャーリーが、そして……ヴェルベットがいるのだから。



「来い、ワン公。てめーに俺の格好良いトコ(ヘヴィメタル)を見せてやる」



 虚数界クリフォト。

 

 かつてルシファーだけが干渉出来た存在不可能な虚ろな世界。

 そこにひとたび足を踏み入れれば全ての存在は虚数へと分解され何者も出ることは敵わないという。

 ならば丁度良い。

 そこに俺ごとバル=ヨハニを連れて飛び、封印する。


 それが俺の選んだ結末。

 ここでこいつを逃がせばやがて神を喰らい、魔界、天界、人間界は全て荒廃するだろう。

 

 それが神の居ない世界のたどる未来。

 その結末を俺の命一つで回避出来るのであれば釣りなどいくらでも出る。


――いや、違う。正直俺は世界の命運などに全く興味は無いし、そこまで考えて生きては居ない。


 ただ俺はこの世界が好きになった。

 それに認めたくは無かったが、いつの間にかひたむきなヴェルベットに惹かれてもいたのかもしれない。



「――ルシファーは愛する者の為にその命を散らした、か」



 ヴェルベットの言葉を思い出していた。あながち間違いでは無いのかも知れない。



「あーあ、俺、ロリコンの気だけはねえと思ってたんだがなぁ」



 一人で吹き出して笑った。


 目の前に迫るバル=ヨハニ。

 距離が縮まるとその巨体の迫力は更に増していく。

 

 ゆっくりと歩いていたバル=ヨハニは突如として地面を蹴り、駆けだした。

 大地が揺れ猛烈なスピードで魔王城へと向かってくる。


 俺はその通路を遮るように立ちふさがり、叫ぶ。



「行かせるかよ!」



 地面を蹴り、俺はバル=ヨハニへと向けて駆ける。


 同時にその手の中にある宝珠が光を発しだす。



「――あばよ、お前ら」



 衝突の瞬間光に包まれ、その瞬間、俺は――見知った、声を聞いた、気が、した。


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