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デウス・エクス・マギア ~大いなる幼女とデスメタる山田~  作者: 猫文字隼人
序章 ヴェルベット・チャーチの憂鬱
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ヴェルベット・チャーチの憂鬱 下

――初代魔王が作り出した究極魔術の結晶。


 一つは空間をねじ曲げ世界に穴を空ける『空裂きの宝珠』。


 そしてもう一つが最も貴重なごく短い時間のみ時間干渉を可能とする『時の虹珠』。


 いかに貴重な宝といえど、彼女にとってヘルデウス亡き今、たいした価値は見いだせなかった。

 一番大事な物を失った彼女にとって二番も三番も大差が無かったのだ。


 父の言う立派な良き魔王になれなかったと感じたヴェルベットは何の躊躇もなく秘宝を引っ張り出すとお披露目の開始前まで時間を逆行させ、お披露目自体を無かった事にした。


 そうすることが、父との約束「立派な魔王になる事」を守ることだと信じて疑わなかったのだ。


 失敗を恐れたヴェルベットは今まで以上にローブを目深に被るようになり、自らの姿もずっと隠し続ける事に決めた。



 ※



「じじい! 呼んだ? おやつ? おやつかな?」


「ヴェルベット、こっちに来て良く聞きなさい……。ワシは、もうじき死んでしまうじゃろう」


「シヌって、何? おやつ? おやつかな?」


「……おやつはあとでシャーリーに出させるからちょっと今は忘れなさい。……死ぬとは、わしが居なくなってしまう事じゃ」


「居なくなる? じゃあ、いつ帰ってくるの?」


「……そうなると、もう帰ってこれない。ヴェルベットとは会えなくなる」


「え? そんなのやだ。じじいがいなくなるなんてやだ」


 動揺し、声を震わせたヴェルベットへ柔らかに笑顔を向けるとヘルデウスは優しくその頭を撫でた。愛おしみ、慈しむように。そのぬくもりをしっかりと指先に刻み込むかのように。



「……それは、どうしようもない事なんじゃ。ワシが死んだらお前がワシの後を継ぎ、666代魔王として魔界を統べる事になるじゃろう。よいか、魔王とは、この魔界で最も強く、優しく、平等な存在でなければならん。


 魔界を、民を最も愛している存在の事を魔王と呼ぶのじゃから。ワシはこの魔界を民が全て幸せに暮らせるような、そんな世界に変えたかった。そうする事がワシの使命だと思っていたんじゃ。


 じゃが結局、ワシは戦争の仲裁ばかりでほとんど魔界内の問題には手が付けられなかった。

 ワシは駄目な魔王じゃった。じゃが、今ではそれでも良かったと思っている。

 それは次代の魔王がヴェルベット、お前だからじゃ。


 ……ヴェルベットや、お前は確かに誰よりも強い魔力を宿しておる。

 だがその強大な力がゆえに、いつかお前に運命が牙を剥くことがあるかもしれん。

 ――王とは、確かに強くなくてはならない。だが強いだけでも駄目なのじゃ。それを忘れないで欲しい。そして力そのものには善も悪も無いのだという事も。

 使い手次第で破滅を導く事もあるかもしれんが、救済をもたらすこともあるかもしれない。

 強大な力はどう使うか、それが最も重要なのじゃ。


 ごほっ……お前には魔王としてまだ知らなくてはならないことがたくさんある。本当はワシがお前に教えてやる事が出来れば一番じゃったが、その時間は……もう無いようじゃ。


 いいか、ヴェルベット。お前が良き魔王となり、魔界の住人全ての光になってくれることを願っておるよ。シャーリーの言う事を聞いてしっかりと勉強するのじゃ。お前のその成長を見る事が出来ない事だけが、わしの唯一の後悔じゃ」


「わからない、何言っているかわからないよじじい! 何でそんなこと言うの! いやだよ!」


「……すまぬ。幼いお前にこのような話をしなくてはならないワシを許してくれ。今のお前にはまだ難しい事は十分に解っておる。だが、ワシにはもう時間が無いのじゃ……いつか、魔王としての岐路に立った時、今の言葉を思い出して欲しい。それと最後に……いささか急ではあるが……」



 ヘルデウスが苦しげに手を上げるとメイドが小さな鞄を手に近づいてきた。

 ヴェルベットの前で跪き、彼女が赤い目をしたまま無言でその鞄を開くと中には二つの小さな珠が納められていた。光り輝く宝珠、もう片方は既に光を失っている。


 ヘルデウスは震える手で光り輝く宝珠を手に取る。オパールのような複雑な蒼い煌めきを宿すその石には銀色の細いチェーンが付けられていた。


「……これが、魔界に伝わる国宝じゃ。今はもうこれだけしか残っておらん。初代様が作られた未だに再現不可能な至高魔術の結晶であり、魔王の証でもある。これをお前に託そう。これをもってお前を今からこの魔界、第666代魔王と任命する……!」



 そうしてゆっくりとその宝珠を泣きすがるヴェルベットの首にかけた。 



「ごふっ……ふう、少し疲れたな……ヴェルベットや。お前ならきっと良き魔王になるはずじゃ」



「こんなのいらない、じじいが居てくれたらそんなのいらないよ!」



 ヴェルベットの頭をヘルデウスは優しげな笑顔を浮かべてそっと撫でた。


 そうしてその日、賢王として民に愛されたヘルデウスは静かに息を引き取った。



 ※



 父ヘルデウスが残した魔国宝、初代魔王が作り出した究極魔術の結晶。

 一つは空間をねじ曲げ世界に穴を空ける『空裂きの宝珠』。

 そしてもう一つが最も貴重なごく短い時間のみ時間干渉を可能とする『時の虹玉』。


 いかに貴重な宝といえど、彼女にとってヘルデウス亡き今、たいした価値は見いだせなかった。一番大事な物を失った彼女にとって二番も三番も大差が無かったのだ。


 スピーチを失敗したと思い込んだ彼女は父の言う立派な良き魔王になれなかったと、そう感じた。ヴェルベットは何の躊躇もなく秘宝を引っ張り出して「全ての魔界の民が自分のお披露目を忘れ、魔王の容姿を全て忘れますように」と願った。

 そうして魔界の民はすっかり魔王ヴェルベット・チャーチの事を忘れてしまった。


 そうすることが、父との約束を守ることだと信じて疑わなかったのだ。

 失敗を恐れたヴェルベットは今まで以上にローブを目深に被るようになり、その姿もずっと隠し続ける事に決めた。



(はぁ、そもそも立派な魔王って何なのだ? よくわからないけど……せめて私の声や見た目が、じじ……いや、亡き父上のような威厳のあるものであったならうまくやれたはずなのに……)


 ヴェルベットは涙をにじませて、思った。

 同時になるべく思い出さないように我慢していたヘルデウスの事を不意に思い出して、鼻をつんとさせた。


 悲しみに暮れていたヴェルベットだった……が、唐突にひらめいた。



「あ、そうだ! なら誰かに私の代わりをやってもらえばいいんだ! あぁ、でもそれだと魔界の住人じゃ無理だな……だって魔王のスピーチは魔界の住民全てが同時に聞かなきゃ駄目だ。そこに唯一つの例外だって許せない。『魔界の民全てが幸せに暮らせるようにしたい』と父上だって言っていた。亡き父上のように、偉大な魔王に私はなるんだから!」



 だったら。


 だったら、異世界から魔王っぽい代理を用意すればいいじゃない!



 そうすれば、人々の尊敬を集めつつ、立派に魔王として勤めを果たし父上の悲願「魔界の住人『全て』を幸せにする事」を叶える事ができるはずだと考えた。


 ヴェルベットは天才、かつ最強だったが思慮は浅かったのだ!



 思い立つや否や、ヴェルベットは魔界図書館に向かい、異世界召喚の本を必死で探した。


 年季を感じさせる重厚で深い色の書架にずらりと並んだ専門書のコーナーの隅っこに探していた本を見つける。



「異世界召喚、もしくは異世界転生のコーナー……このへんかな? ……あった。この本だ。な、なんじゃ、みょーにえっちな表紙だな……なになに、魔方陣をかいて……ふむふむ、魔界戦車(ヘルカバー)の模型を使って魔界野菜(ニート)で作った人形をたたきつぶす、と。ふーん、結構簡単そうじゃないか」



 目当ての本を見つけたヴェルベットはホクホク顔でカウンターまで本をもっていく。

 だがカウンターは大人用、ヴェルベットにはいささか高すぎた。

 

 仕方が無いので近くに居た貸し出し係にもじもじと恥ずかしそうに本を渡した。



「うん? 借りたいのかい? お嬢ちゃん、何日コースにする?」



 山羊のような角の生えた老年の貸し出し係は快く貸し出し手続きを受諾してくれた。



「……じゃあ……三泊で」



 魔王なのにちゃんと借り出し手続きをするあたり最高にロックンロールだった。


「はいよ、じゃあ期限までにまた持ってきておくれよ。いいかい、この本は皆のお金で買ったものだからね。折り曲げたり、汚したりしてはいけないよ」



「ウン」



 本を手渡してきた老悪魔に向かってヴェルベットはこくりと頷くと、彼女の秘密の部屋へと急いだ。



『立ち入り禁止』

『入ったら』

『オレサマオマエマルカジリ』



 と、血文字で書かれた鉄の重厚な扉を開けると中は一転して雰囲気を変え、黒とピンクで埋め尽くされたとてもファンシーな空間が広がっていた。


 包帯でぐるぐるに巻かれたウサギの人形、白と黒、異なる色のビジューで彩られたシャンデリア、ふかふかの真っ白なラグマットに繊細な彫刻の施された黒のティーテーブル、ふりふりの可愛らしい衣装を着せられたトルソに、天蓋付きのお姫様ベッド。


 この部屋でおよそ可愛くないものを探すのは無理があるほどだった。


 ヴェルベットは早速召喚の準備を行うべく準備を進めていく。


 必要な物は既に買いそろえており、あとは簡単な作業だけだった。

 ヴェルベットは床に四つんばいになり、猫のようにお尻を振りながら今借りてきた本に載せられたイラストどおりに魔方陣を模写していく。


 その様を彼女の飼い猫だけがじいっと見ていた。



「出来た……!」



 ヴェルベットは召喚に必要な魔界戦車(ヘルカバー)魔界野菜(ニート)をそれぞれの手に持ち、召喚の呪文を詠唱しはじめた。

 詠唱が進むと共に光の粒子が徐々に魔方陣の周囲を包み出す。



――そして、その光は彼女の胸にかけられたペンダントにも。



「汝、得体の知れぬ音を奏でし者。その他人には言えない毛皮を以って、彷徨いし我が猫達に、魚の粉(カツオ=ブシ)を浴びせよ!」



 平坦な身体をくねくねと動かし、更に呪文詠唱を続ける。


 魔方陣が強く輝く。

 床面より立体的に浮かび上がった文様は光を放ち、ゆるやかに回転を始める。


 さっき借りてきた本に書かれていた通り、魔方陣が正確に起動した事を示す証だった。



「よしよし! いいぞー! そのまま来たれ! ナムナム! ジュゲムジュゲムゴボウノキレハシ! カツオブシマタタビネギクッタラシヌ! キャットニップヘルゲイザー! はああああ! 出でよ! 魔王の(デモンズアバター)!」



 叫びながら魔界野菜(ニート)魔界戦車(ヘルカバー)で何度もぺったんこぺったんこすると魔方陣の輝きは一層強くなりヴェルベット・チャーチの秘密部屋の中を豪快に照らしていく。



 光の海が広がり、やがて閃光と共に部屋の真ん中にぼんやりと何かジャアクな物が出現した。

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