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デウス・エクス・マギア ~大いなる幼女とデスメタる山田~  作者: 猫文字隼人
第三章 終末の禽
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終末の禽 上


※読み方は終末の禽(しゅうまつのとり)です。



 ヴェルベットが放った虹色の光は異形を地面ごとえぐり取り、文字通り蒸発させた。


 幸いにも街からは離れていた為無事だったが、もしもあと少しでもずれていたら大惨事になっていただろう。


 そして、見える範囲内の悪魔達はほぼ全員が昏倒するかのように倒れている。


 それはマゴット達リベルシアですら例外では無く俺とヴェルベットだけが立ち尽くしていた。



「お、おい! 無事か!?」



 慌てて近くに倒れていたリベルシアに駆け寄り息を見る。

 呼吸は問題無く、死んでいるわけでは無い。

 とりあえずその事に安心したが一体何が起こったのだ。



「……今のは、一体……私は、何を……!」



 ヴェルベットはよろめきながらぺたりと座り込み、自問する。


 俺があの異形プラハに腕を切り裂かれ、噴き出した血を目にした瞬間ヴェルベットはあの光を放った。同時に昏倒した魔界の民。一体それが何を意味するのか。


――似ている。それは一体何と?


 俺の思考が答えに結びつくと同時に聞き覚えの無い声が辺りに響いた。



「ははは、これはこれは。――悔しいですが、やはり効率面ではジズの比ではありませんね。さすがはオリジナル、と言ったところですかねえ」



 とても楽しげな声だった。

 声の主は探すまでも無く、虹色の光によって出来た巨大なクレーター、その上空に浮かんでいる。



「なんだあいつは……? ヴェルベット、知ってる奴か」



 俺が問うとヴェルエベットはふるふると首を振って否定した。


 突然何の前触れも無く空中から出現したそいつは純白ながらも金色に輝く繊細な模様が描かれたローブを纏い、背後には金色の光を放つ光輪を背負っていた。

 頭髪は無く、病的なほどに真っ白な体色で手足の長いひょろりとしたヒト型の存在。それは翼こそ無いものの、神話に出てくる天使のようだった。


 更にそいつの発した声は通常の大きさのはずで、とてもこの距離から聞き取れるようなものではなかった。けれどまるですぐ側に相手が居るように鮮明に聞こえる。



「オリジ、ナル?」



 ヴェルベットが惚けたように小さく呟くと、相手は応える。



「ええ、そうです、その通りです! この哀れで惨めなゴミ溜めの王よ。そうそう、けれどお礼を言わねばなりません。どうしても伝説と伝承だけでは再現が難しかったのでねぇ。初代魔王の、ルシファーの因子を発現させた貴女という存在があって初めてジズは完成したのです」


「ル、ルシファーの……!?」


「おっと、まずは話を聞いて下さい。むやみにアレを放つと今度は貴女の大好きな魔界は死に絶えることになるのですから」



 相手はニヤニヤと笑いながら返す。

 ただの軽口だったのだろうが先ほどの光景を思い出したのかヴェルベットはびくりと身を震わせた。



「魔界が、死に絶える……?」



 どうして突然現れたこいつはぺらぺらと話し出したのだろう。

 ただ間違いないのは親切な案内人というわけでは無い。


 神々しい見た目をしていてもこいつからはどす黒い腐ったような気配を感じる。

 俺の勘を信じるならば、この話には必ず理由があるはずだ。



「ふふふ、ご存じないようですねぇ。ルシファーの力の一つ、無差別エナジードレイン。命の力を吸収し、それを反魔力物質に変換し究極の破壊を得る秘術。もう少し解りやすく言うのであれば、つまり魔界を喰らい神すら殺し得る力です」



 謎の天使はけらけらと笑いながら言った。使えるなら使ってみろとばかりに。


――魔界を喰らい、神を殺し得る力。


 冗談のような単語だが、それが嘘だとはとても言えない。

 先ほどヴェルベットが放った虹色の光は確かに尋常では無い力を発揮し同時にこの魔界の民は俺以外昏倒してしまっている。話の整合性は通っている。



「魔界を喰らう……!? ルシファーは魔王なのに、魔界を守らなくちゃならないのに、そんな魔界を危険にさらすような力を生み出すはずが……!」


「ん~? 何か勘違いしているようですね。根本からして違うんですよ、知りませんでしたか? ルシファーは神に落とされて、どうしてここで魔王になったんだと思いますか? 天界から追放された皆で仲良く手を取り合って生きていく為? はははは! 違います違います、彼が魔界を栄えさせたのは、神への復讐の為です。ただそれだけの為にこの魔界を栄えさせたのです。


――神を穿つ為の燃料を得る為に」


「……え?」



 そこまで慇懃無礼に静かに語っていた謎の天使はおかしくてたまらないとばかりに吹き出して、昏い本性を覗かせた。



「くくく、ははは! ここまで言ってまだわからないのか、とんだお笑いぐさだ! 

 初代魔王ルシファーは、お前らの事など何とも思っていなかった! 

 お前らはただの供物だ! 生け贄なんだよ! 

 ただ自分が神に復讐する為に、神を殺す力を得る為に! 

 それだけの為にわざわざお前らを増やしたのさ! そうやって命を、燃料を増やしていた! 

 一定の数に達した時点でお前ら全てを屠り、喰らい、力に変えてもう一度神に反逆するためになぁ! 

 それこそがルシファーの編み出した究極のエナジードレイン、インフェルノヴォラクス! ふひひ、解るだろう? そこの小さなお嬢ちゃんが持っているのはそれと同じ力なんだよ!」


「聞くんじゃねえ、ヴェルベット!」



 言いつつも、俺はその話が恐らく真実であることも理解していた。

 魔界を守る為に強くなりたいと願ったヴェルベット。

 けれど彼女の身に宿されていたのは守りたい物を犠牲に莫大な力を得る呪いの炎だった。



「だったら……私は……私が、皆を……」



 ヴェルベットは震えながら周囲を見渡し、倒れている民を見て青ざめ崩れ落ちた。



「ははは! そうだ絶望しろ! ガキは扱いやすくて良い! 

 私の作り出したジズは毒を使う事でルシファーの力を疑似的に再現する事を可能としている。

 先に投下した二体はただの未熟な失敗作だったがね。

 ジズはいわば天造魔王とでも言うべき存在だ! 

 これによって私は神を穿ち、本物の神と成り代わる。

 創造神に捨てられた哀れなこの世界を私が貰ってやろうというのだ! 

 

 既にジズを止められるような存在はこの魔界に存在しない。唯一の可能性があるとすればそれは同じ力を持つ貴様だけだ、ヴェルベット・チャーチ! 


 さあ、大事な大事な魔界を救う為にチャンスをやろう! 簡単だ、今すぐ私とジズをインフェルノヴォラクスで焼き殺してみせろ! 

 だが覚悟しろ! お前がその力を振るえば、魔界の民は今度こそ全てひからびて死に絶えるのだ! まぁ放っておいても私のジズに喰われて死ぬしか無いのだがなぁ!」



 ヴェルベットが初代魔王、ルシファーの因子を受け継いだオリジナルの存在であると言う事。

 

 そして、魔界に投下された俺達がプラハと呼んでいた存在。天造ルシファー、ジズ。


 そいつを倒すにはルシファーの力、インフェルノヴォラクスを使う必要がある。

 

 だが、それを使うと言う事は魔界の民全てを犠牲にすると言う事。


 だからといって何もしなければジズによって魔界の民は喰われて死んでしまう。



 一体、どうすれば良い。


 何なんだ、これは。現実なのか。足が震え、恐怖で胸が締め付けられる。


 こいつがわざわざ現在の状況を語ったのは言葉によりヴェルベットを縛る為。当初思った通り聞いてはいけなかった。出てきた時点で問答無用で倒すべきだった。


 周囲の悪魔は皆昏倒していた事もあり、誰も動く者が居ない。俺とヴェルベット、そして対峙した謎の天使だけが立っていた。絶望が充満していく。


 直後、爆発的な圧力がその場を圧倒した。何も見えず何も聞こえない。

 けれど、それでも俺はそれを感じた。皆も同じだったのだろう。


 何事かと周囲に目を走らせる。直後、目にも留まらぬ速度で黒い影が走った。

 黒曜石の光が踊り、黒い稲妻のように謎の天使に迫る。

 あと少しで相手に届くという所で突然その刃は空間に縫い付けられるように静止した。



「マスティマぁぁぁ!」



 それはシャーリーの怨嗟に満ちた咆哮だった。

 その激情は出会った当初俺に向けられたような生ぬるい物では無い。


 同時にシャーリーの胸から黒い炎が噴きだし、その身体へまとわりつくように面積を増していく。

 

 どす黒く、具現化したかのような濃密な殺意が身体から吹き出しその身を覆っていくかのようだった。



「おや、残念ながらこのようなゴミ溜めに知り合いなどいやしないはずなのですがね。あれだけのエナジードレインを受けてこの短時間でそれだけの動きが出来るとは一体どうなっている? 潜在魔力の問題か? 興味深い。少し前であれば実験体として欲しかったのですけどね、ヒハハ」



 そう返して、謎の天使――シャーリーによってマスティマと呼ばれた存在――は小さく手を動かす。

 同時に空中に静止していたナイフは砕け散り、何も無かったはずの場所に巨大な白い腕が姿を現した。

 空間が歪み徐々に姿が明らかになっていく。それは先ほどヴェルベットが焼き払った異形と似た形状をしていた。


 その身を白い鱗で覆われた、蟲のような竜。


 マスティマにジズと呼ばれたそいつはカエルのような太い足で身体を支えながら、二足で直立し、その背後からは太さも長さもばらばらな三対の腕をふらふらと揺らしている。

 歪んだトカゲのような頭部には左右非対称のねじくれた角が幾重にも生えていた。

 長大な尻尾を左右に動かしながら涎を垂らし、がふがふと荒く呼吸する。先ほどの個体より巨大で、より狡猾そうで、より強靱な体躯をしている。


 蛇のような唸り声と共にジズがその腕を振るうとシャーリーは吹き飛ばされ、地面に叩き付けられた。



「がはっ!」


「結構結構、元気があって大変によろしい。本来ならば貴女のような存在は取っておいてここぞという時に使ってあげるべきなのでしょう……けれど、ゴミが私の名を口にした事はそれだけで罪。名残惜しいですが、ジズ、殺しなさい。きっちりと直接捕食でねえ」



 マスティマが残酷に、冷徹に告げると側に居た異形、ジズは見た目からは想像出来ないほどの軽やかさで即座に倒れたシャーリーの元へ飛びかかり、腕を振り下ろした。



「シャーリー!!」



 ヴェルベットと同時に叫び、シャーリーの元へ駆け出す。



「おや、あのエナジードレインの後で動ける存在が他にも……」



 笑っていたかのような表情と声だったが俺を視線を合わせたことでそれは一変した。



「――ほう、神の子(イレギュラー)か。害は無いだろうが、排除しておきましょうかねぇ」



 マスティマが呟くと同時にマスティマの側にもう一体、何も無い空間からジズが出現する。そいつは俺が認識すると同時にこちらに向かって飛びかかってきた。



「――――!」



 ドーパミンが分泌され、時間をスローモーションに感じる。マスティマが連れているジズはシャーリーが相手をしている一体だけだと誤認していた――! 


 死の接触を覚悟した直後、爆発と共に異形は横殴りに吹っ飛んだ。


 巻き上がった土埃の中から黒い装甲で半身を覆ったシャーリーが姿を現す。どうやら彼女によって助けられたらしい。

 

 その身に纏う黒い炎は濃度を増し徐々に固形化しその面積を増やしていく。



「――おい、ヤマダ。貴様にだけは頼りたくなかったが、この際背に腹は代えられん。姫様を連れてここから逃げろ」



 シャーリーの身体はついに全身が黒い装甲で覆われた。赤く燃えるように変色した髪をたなびかせるその姿からは既に普段の名残は失われ、黒い鬼としか形容出来無い外観へと変貌している。



「お前、その格好は――! 大丈夫なのかよ!」


「フン、説明する時間があると思うか。ただ長くは持たん。――とっとと行けぇ!」



 叫ぶと同時にシャーリーは起き上がろうとしたジズの腹部へ拳を突き刺し、抉る。



「はは、なかなかに勇ましい。だがその程度で勝てるとでも思っているのか? 滑稽滑稽。

 ははは、ああそうか、そういう事か。


 その黒い炎と紅の髪を見て思い出しました。名前はなんだったか……お前、あの時の――あの哀れな魔王を始末した時側に居た小娘か。くくくははは! 

 

 魔王とは名ばかりの不甲斐ない男が私に好き放題にいじくり回されているところを! 何も出来ずに眺めていた小娘か! はは!」



 その言葉にヴェルベットの表情も凍り付いた。


 同時にシャーリーの怨念は限界を超えて燃え上がる。



「お前だけは――! 私が、必ず、ぶち殺してやる!」



 シャーリーは叫びながらマスティマの元へと飛びかかる。

 だが、ジズもそれを簡単には許さない。


 地面を蹴ったシャーリーの足を瞬時に掴み地面に叩き付けた。シャーリーはすぐさま自らの足を掴んだジズの腕を切り飛ばし、反撃に転じる。


 あのジズを相手に互角以上の戦いを見せている。

 ヴェルベットが苦戦していたジズですら未熟な個体だとマスティマは言った。


 ではその完成体を相手にこれだけの動きが出来るシャーリーの力とは一体何なのだ。

 そしてそれ以上に不気味なのはシャーリーの力を目にしてもマスティマの顔には微塵の動揺も見えない事だった。


 一体この余裕はどこから来ているのだ。今俺にできることはとにかくここからヴェルベットを逃がす事だけだった。

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