山田、スレイポニーに乗る
「俺って……もしかして魔界に来てからヒモ化してねえか……?」
目を覚まして早々ベッドの上で自問する。
俺が魔界に来てから早二週間が経過していた。
その間特に仕事らしい仕事もせず衣食住が保障されている事に馴れてしまうのは色々と不味い気がしてきた。
召喚された初日は色々あったがその後は特に事件も無く平和その物だった。
魔王の代理として連れてこられた俺だが、特に代わりに何かをやるようなことも無い。
魔界で俺がした事と言えば、猫の世話くらいかもしれない。その甲斐もあってか今も俺のベッドの上にはトトとキューが丸まって寝ている。
二匹を見ているとバームクーヘンか饅頭が食べたくなる。
「お前こっちばっかり来てたらゴシュジンサマにやきもちやかれるぞ」
つんつんとキューのおでこをつつくとちらりとこちらをみて、面倒くさそうに丸まって顔を前足で隠す。その様子を見て軽く笑い、俺はベッドから抜け出た。
「おい、ヤマダ――!」
同時にドアが勢いよく開き、同時に叫び声。
「うわあああああへんたいだー!」
ドアを開け放ったままヴェルベットが全力で叫ぶ。
「いやどう考えても覗いたのはおまえだからな」
全裸ならともかく、下は履いていたので別に動じない。恥ずかしがりつつもドアの前に陣取っているヴェルベットを部屋の外に出して、デニムとカットソー、パーカにライダースを着込んでから部屋の外に出た。
「で? なんか急ぎの用か」
「へんたいが出てきた……」
「いやだからそれ俺じゃねえし……ってかとっととその変態発言否定してくれないと俺がメイドにしっちゃかめっちゃかにされるんで訂正早めにお願いしますねヴェルベットさん?!」
話をしながら後ろで目を光らせているシャーリーの殺気を感じてびびりながら懇願する
「って、それどころじゃない。窓の外を見てくれないか」
ヴェルベットの真剣な表情が気になったので言うとおりに外を見る。
何やら遠くの空に煙が細く立ち上っているように見える。
「狼煙か? ああ、解らんか、俺らの世界で言う救難信号みたいな物だ」
「うん、救難信号なんだ。でも、あそこは……マゴットの居住区だから――」
ヴェルベットは少し言いづらそうに、顔を伏せてそう言った。
「……なるほど、そういうことか。――よし、行くぞ」
「え、いいのか!」
ぱっと笑顔を浮かべてはじけるようにこちらを見上げた。
「俺も馬鹿じゃねえ。今この魔界でマゴットの救援に向かうような奴は俺とお前くらいしかいねえってんだろ」
ぶんぶんと首を振り肯定するヴェルベット。すぐに俺の名前を口にしながらひしっと俺の腰に抱きついた。何やら喜んでいるらしい。
「シャーリー、留守番を頼んでも良いか!」
「おまかせください。それよりも道中お気をつけ下さい」
「大丈夫! ヤマダを連れて行くから!」
シャーリーからはそれが心配なんだというような視線を送られるが俺には苦笑いを返すしか出来ない。
「うなーう」
キューとトトが脚にすり寄ってきた。
「お前らは連れて行けないぞ、っと」
キューを抱き上げてシャーリーに預けるが、すぐにぺっと床に下ろされる。その行為はまるでキューに対して敵意をちらつかせているようだった。
「ネコ嫌いなのか? いじめんなよ」
「……この黒猫に気を許すな。こいつからは……まぁいい。表に出ていろ、すぐに移動手段を準備する」
シャーリーは冷たくそう耳打ちして廊下の奥へと歩いて行った。
「急ごう」
急いで準備をして外に出るとシャーリーが移動用の馬らしき生き物を用意してくれていた。
馬というには短足で、脚も虫のように三対ある。スレイプニルって奴だろうか。毛色はサビ猫のように黒をベースとして茶色の差し色がまばらに入っている。
「え、俺馬なんか乗ったことないぞ」
「ウマ? ああ、これはスレイポニーと言って誰でも乗れる簡単な奴だから安心しろ。先に私を前に乗せてくれ」
「そんなこと言って乗れなかったら凹むだろうが……」
ヴェルベットを抱き上げ、先に馬もどきスレイポニーにまたがらせる。俺もその後ろにおっかなびっくり乗った。だが鞍もあるのでいざ乗ってしまえば思ったより安定している。
「ほら、走れ。……駄目だ動かねえ。どうやればいい」
頭を撫でたり背中の筋肉をむにむにもんでみるが反応が無い。
「ん? ああお尻を叩けば――おおおおお!」
尻の単語を聞いた瞬間に尻を張った為スレイポニーは突然走り出した。
ヴェルベットは驚いて顔が引きつっている。確かに脚が多いからなのか、揺れること無く滑り出すように走り、なかなか快適で二輪車みたいだ。
走り出すとみるみるうちに城の門にたどり着いている。初日はここを随分時間をかけて歩いた気がする。
「本当に揺れないしすげえ速い。なかなかスゴイ奴だなお前」
たてがみの部分を撫でてやるとスレイポニーはぶるぶると首を振った。
魔王城の門を出ると城壁に沿って左側に先日の城下町が広がっているが狼煙が上がっているのは反対方向だった。地平線から細く立ち上る狼煙へ向けてスレイポニーを走らせる。
「何もなさすぎて距離感がわからねえな。ヴェルベット、あそこまでどれくらいで着く?」
「わからん、私がマゴットの村に行くのはこれが初めてなんだ。間に合えば良いが」
「そういえば救援を呼ぶ理由に心当たりはあるのか?」
「それが解らないから気になっているんだ。凶暴な魔物とか、魔界にはそういうのは基本的にいない。遙か昔には天界から廃棄された化物が暴れたこともあったが、ここ数百年そんなことは起きていないはず。そうなるとなにか事件かも知れないけど……行ってみないと解らない」
「そうか」
それだけ返し、スレイポニーの尻を更に張りスピードを上げる。