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デウス・エクス・マギア ~大いなる幼女とデスメタる山田~  作者: 猫文字隼人
第二章 魔界に咲く華
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山田、おっぱいにときめく

「尻がぁ……! 尻がぁ……!」


 悶絶しながら尻を押さえて内股気味にとぼとぼ歩く俺。


「ヤマダは大げさだなー。大分加減してやったぞ?」


 おかしいなぁ? という表情で自分の手を見つめるヴェルベット。あのな、お前一応魔王なんだぞ? と思ったがとりあえず我慢しておく。これ以上反抗して尻にダメージが蓄積すれば俺は死ぬ。比喩表現では無くガチな方の意味で死ぬ。


「ほら、城についたぞ。中に入ったら薬塗ってやるからもうちょっと我慢しろ」


「さんきゅ……あ、そういや回復魔法みたいなの無いのか?」


 魔法といえば回復魔法は定番である。一縷の望みにすがる。


「無い。いや、細かい事を言うなら止血や傷口を塞ぐという事なら可能なんじゃが今のヤマダの尻みたいな打撲系の怪我に対しては自然治癒力を高めるくらいしか対処出来ないんじゃ。だから今ぱぱっと尻を治せるような物って事なら無い。だって考えてみろ、そんなの時間操作の領域だぞ。超が付くほどの高等魔法だ。転移どころの話じゃ無い」


 お前一回しか使えない時間操作できる国宝をよくわかんないままに使っちゃったんじゃなかったっけ? とは突っ込まないでおこう……。


「ぐうう……くそう! ああ、早く横になりたい……!」


 当然だが魔法も万能では無いという事だ。自然治癒するまでこの尻の痛みと同居することになるという現実に涙が滲む。


 尻の痛みに気を取られていたが敷地内に足を踏み入れた事で魔王城の巨大さを目の当たりにし度肝を抜かれた。顔を失ったスフィンクスのような不真面目な形状をしている魔王城ネコブルクではあるが近くに来ればそれなりの迫力があった。形状と名前がアレなだけでいざ目の前で見てみるときちんと魔王の城らしさはある。


 先ほどの市場で見た民家のようにこの城も樹脂のような素材で出来ているらしく、敷地内との境界部に建てられている門扉を指で叩いてみるとこんこんと軽めの音が響く。やはり質量はそれほどでも無いらしい。だが弾性に富み、なかなか頑丈そうだ。


 民家との違いはサイズと、何より色だろう。ひたすらに真っ黒で重厚感に溢れている。様々な色の民家が並んでは居たがどういうわけか黒だけは見当たらなかったのを思い出す。


「どうだ、かっこいいだろう。漆黒の魔王カラーの住居は魔王城にしか許されないという伝統があるらしい。この城ネコブルクは魔界のちびっ子達の憧れなんだぞ!」


 そう言ってまたしてもえへんと胸を張り威張るヴェルベット。


 だがその様を見た俺の脳内ではがっかりサウンドエフェクトと共に『起伏が無い。ただのまな板のようだ……』というメッセージが流れた。


「ドンマイ……」


「えっ、どういう意味?」


「牛乳飲め!」


 グッドラック! と親指を立てて笑顔を向けるがヴェルベットは訳のわからないといった顔をしている。



 

 敷地内の地面は綺麗に舗装されており、光沢のある物やつや消し素材などで同色系ながらも質感を変えたタイルが細かくモザイク状に並べられており、それなりの雰囲気を携えていた。

 ただあまりに城がでかいせいでいくら歩いてもさほど景色も変わらず、だんだん飽きてくる。城本体の入り口にたどり着いたのは体感で数分歩いてからだった。




「ここからまだ登る作業があるのか……」


「居住スペースは一階だから安心しろ。ほらこっちだ、頑張れ」


 と言ってヴェルベットは俺の尻をぽんと叩いた。


「ぁいっ! ドンタッチミー!! 尻に! 触れるな!」


 そう言ってヴェルベットの手をはたいた。俺があまりにもいたがるもんだからヴェルベットもやり過ぎたと思って、不器用ながらに心配してくれているのだろう。


 だが、その直後だった。



「――動くな。それ以上姫様に無礼を働けば、この首を落とす」


 全く気配を感じていなかったが、突然俺の耳元でそう声がした。あと甘くて凄く良い匂いもおまけだ。驚いて振り向こうとするが既に関節は取られており身動きがほぼ取れない。それどころか喉元には黒曜石のような漆黒の刃があてがわれている。ごくりとつばを飲み込むと動いたのど仏が刃先に触れ、ぴりりと痛みが走った。


――だが、それ以上に俺の背中に感じるふくよかな感触に意識が行ってしまう。


 これは良い物だ。……これは、良い物だ!


「ああ、シャーリー。今のは私が悪いから気にしなくても良い」


「――畏まりました。姫様がそう仰るのであれば」


 ヴェルベットの言葉にすぐ反応し俺の背後をとっていた存在がすっと離れていった。背中に感じていた感触を失った俺は途方も無い喪失感を感じ、愕然と膝をついた。


 こんなにも……こんなにも悲しいのであれば、俺はおっぱいの感触など最初から要らぬ!


「ちっくしょおおおおお!!」


「な、なんだ。そんなに背後を取られたのが悔しかったのか?」


 いえ、おっぱいです。


「安心しろ、シャーリーはメイドの前は父上の親衛隊でもあったんだから、落ち込む必要は無い。腕自慢であってもシャーリーの前だと皆赤子扱いなんだぞ」


 いえ、おっぱいです。


 それはそうと後ろを振り向くとそこでは既に相手、シャーリーと呼ばれたメイドがヴェルベットに対して跪いていた。


 細部まではよくわからないが、これは最近では珍しいクラシカルなヴィクトリアンメイドスタイルだ。所謂現代のメイド喫茶などで見かけるフレンチメイドスタイルの派生デザインではなく、より古風でスカートも長いタイプのデザインの事だ。黒を基調としたロングスカートとシンプルな白いエプロン、だがそこにいくらかの差異もありスカートから見える足下には編み上げのロングブーツ、そしてその手には金属と思わしき装甲の縫い付けられた革手袋がはまっている。そして本来は頭にキャップを合わせるのだが、彼女の場合ホワイトブリムがちょこんと乗っているだけだった。魔界のメイドはこれがスタンダードなのかも知れない。


 素体が良ければ服装などシンプルな方が映える。黒い髪と白い肌、きっちりと後ろでくくられたポニーテールと、純粋に美しいと感じた。


「地獄に仏、魔界にメイド……」


 自分で口にしておいてなんだが、特に意味は無かった。とりあえずヴェルベットをつついて紹介を促してみる。


「ん? ああ、この城のメイド長シャーリーだ。メイド長といっても一人だけなんじゃが。……シャーリー、顔を上げてくれ。こいつはヤマダ。訳あって今日からこの城で世話することになった。よろしく頼む」


 ヴェルベットがそう言うとシャーリーはゆっくりと立ち上がる。


 その顔で何よりも目立つのは向かって左目元から首にかけて残るやけどのような傷跡。そして赤いアイライン。目立つ傷跡ではあったがそこから醜さは微塵も感じず、それすら彼女を彩っているようにも思える。


「姫様、お言葉ですが……この男を側に置くのはお止めになられた方が良いかと思われます。この男からは不穏な気配を感じます。少なくとも魔界の民ではありません。もしも天界の手の者であるなら――」


 俺をにらみ付けながら懐に手を忍ばせる。流石に冗談では済まされない冷徹な敵対心を肌に感じる。


「ああ、その点は大丈夫、こいつは私が召喚したんだ。あと確かに悪魔ではないけど天使じゃないことは保障する。聞いて驚け、こいつは人間なんだ。人間界から召喚してみたんだ!」


 そこまで言ってヴェルベットはふむ、と悩ましげな顔をして俺の方を見る。


「あれ、でもそういえば人間界にはちんぱんじいという人間に似た生き物が居るらしいが、まさかお前ちんぱんじいとかか?」


「ちげーよ! すげえ失礼だなお前!」


 思わず声を上げると笑顔のシャーリーがまたしても俺の眼前に黒い刃をちらつかせつつ笑顔で威圧してくる。


「お前?」


 誰のことだ? 言って見ろ? という具合に青筋立てられている。


「ヴェ、ヴェルベット様万歳!」


 目を白黒させて言い直した。プライドなど犬に喰わせてしまえ! の精神だ。


「いや別にお前でいいぞ。シャーリー、そうかりかりするな」


「はっ……。ですが神の子の世界(人間界)に次元接続しこのサイズの生物を召喚するなど、傍目には信じられません」


「ははは! 私は天才だからな! といっても本に書かれた通りにやっただけだぞ」


「どちらの書物でしょう」


「えーっと、これ!」


 ポシェットをごそごそと漁り小さな本を取り出したヴェルベットはシャーリーにそれを渡した。手に取った本の表紙をしげしげと見つめたシャーリーはぱらぱらとページを捲り、途中で一度だけ赤面して視線を外す。そのままぱたんと本を閉じ、


「……姫様、もしかして冗談を仰られている?」


「うん? 全然そんなこと無いけど?」


 何を言っているんだ? という調子でそう返したヴェルベットに対し、シャーリーはこめかみを押さえて困ったかのような表情をして、本をヴェルベットに返しながら言葉を発した。


「姫様、これはただの娯楽小説で御座います」


「えっ」


 驚いて俺もその本の表紙をちらりと見てみる。



『猫界転生ウルタール無双列伝 ~マタタビでチートハーレム生活~』


「ラノベじゃねーか!」


 流行で終わるかと思ったらばっちり人気ジャンルとして定番化された異世界転生チートハーレム物だった! 

 魔界でも流行ってるとは恐るべし!


 納得行かないとばかりに表紙を眺めながら沈黙しているヴェルベットに対してシャーリーはゆっくりと語る。


「構造的に近しい天界と魔界であるならばともかく、神の子の世界に次元接続するなど、並の悪魔に出来る芸当では御座いません。それこそ初代魔王様の――」


そこではっとした表情をしたシャーリーは目を細めてヴェルベットに問いかける。


「姫様、ご無礼を承知でお聞きしますが……魔国宝は何処に」


「え? えーっと、ちゃんとここに……」


 そう言ってヴェルベットが首にかけていたペンダントを引っ張り出した。


「ほら! ……あっ」


 そういってすぐさま服の中に戻した。俺もちらりとしか見れなかったがそのペンダントにぶら下げられた不思議な輝きを放つ蒼い石は露骨に一部が黒く変色していた。そしてヴェルベットのその表情には明らかな狼狽と脂汗が浮かんでいる。


「大丈夫! ちょっと手の影で黒く見えたかも知れないけど、それ影だから! うん! 問題無い!」


「姫様、私はまだ何も言っていません」


「あっ……あー! 私はヤマダの薬に塗る尻を取ってくるのだ!」


「姫様、尻は塗る物ではありません! お待ち下さい!」


 シャーリーの制止を振り切りヴェルベットは逃げるようにぴゅーとどこかに走って行った。


 なんか、もしかして俺はとんでもない物を使ってこの世界に連れてこられたと言う事だろうか。ちゃんと人間界に帰れるんだろうかと不安になってきた。


 そして残される俺とシャーリー。初対面のメイドと何を喋ればいいのだ。こんな事なら妹がバイトしているメイド喫茶に一度くらい脚を運んでおくべきだったと後悔しつつ、とりあえず自己紹介でもして間を持たせる事にする。


「えーと、とりあえず俺はヤマダだ。よろしく頼む。シャーリーって呼べば良いのか?」


 そう言って手を差し出したがその手は取られず、空中で行き場を失っていた。

 小さなため息をついた直後シャーリーは目にも止まらぬスピードで俺の胸ぐらを掴み、壁に背中を叩き付けると接触しそうなほどにその顔を近づけた。


「――時間が無い、一つだけ答えろ。――マスティマという名に覚えはあるか。言っておくが、答えは慎重に選べよ。少しでも嘘が混じれば貴様の首を壁の染みにしてやる」


 シャーリーの表情がここに来て更に険しくなる。同時に俺の首、頸動脈のある場所に手を触れた。成る程、恐らくは即席の嘘発見器(ポリグラフ)と言う事か。


 冗談でも言えば即座に首を引きちぎられそうな雰囲気を纏っている。流石にこの状況で余計な事は言うまい。


「マスティマ? 知らん。聞いたことも無い」


 シャーリーは俺の顔色、視線、汗、全てを見抜くようにじっと視線をこちらに向ける。


「――今のところは、嘘は言っていないようだな。だが、お前がもしも今後姫様を傷つけるような事があれば私は……絶対に容赦しない。いかなる手段をとってでも必ず後悔させてやる。それを忘れるな」


 それは静かな声だったが、ダイモンなどとは比較にならないほどの圧力を内包している。

 成る程、悪魔に対するイメージを変えるにはまだ早かったと言う事か。


「最近のメイドは狂犬っつーのがテンプレにでもなってんのか?」


「何とでも言え。姫様は……まだ幼い。純粋なお方なのだ。だがこの世界はそう単純な物でも、綺麗な物でも無い。ヘルデウス様亡き今となっては、私が全ての脅威からあのお方をお守りする。たとえそれが汚いやり方であってもな。――姫様の前では貴様に対してもそれなりの演技はしよう。だが、私はお前のことを信用などしない。変な気など起こそうとは思わないことだ。いつでもお前を見張っている」


「はん、俺に夢中ってか。こんな美人にそうまで言い寄られたら光栄ってなもんよ」


 軽口を叩いてはみたが先ほどから胸ぐらを掴まれたままで俺の足先はバレリーナ状態になっていて全く格好は付いていなかった!


「おーい、シャーリー。これで良かったっけ?」


 ばたばたと足音を立ててヴェルベットが戻ってきた。シャーリーは慌てて俺から離れる。


「うん? 何かしてたのか?」


 ヴェルベットは慌てたシャーリーを見て首をかしげながら言う。


「いや、このメイドにキスされそうになってたんだ」


「き、貴様ぁぁぁ! 姫様の前で何て破廉恥な事を!」


 よし。ようやくこのメイドの鉄仮面を引っぺがせた気がする。


「きすってなんだ?」


「唇と唇をひっつける事です、相手が好きだという意思表示です」


 棒読みでそう告げた!


「ちょっと黙れぇぇ! ひ、姫様、それは……いえ! そんなことしたりしません。ヤマダさまの冗談で御座いますよ」


 だがシャーリーはすぐにメイドの仮面を被り直した。なかなかの演技派だった。


「ふうん? 別に好きならそれでいいんだけどな? 私はヤマダもシャーリーも好きだからな。さぁ薬塗ってやるから、ほらヤマダ。こっちにきて尻を出せ」


 ヴェルベットは笑顔で側にある台座に座ってぽんぽんとそこに俺を誘う。


「いや、自分で塗るよ」


「なんでだ、私がやったんだから私が塗ってやる。遠慮するな」


「いや……人間界では尻は誰にも見せてはいけない決まりがあるんだよ」


 どこの風習だかは知らんがとりあえずそういうことにしておこう。


「あ、そっかそっか。色々あるんだな。わかった。でも塗りにくかったら言ってくれ」


 ヴェルベットはそう言って俺に薬の入ったツボのような物を渡して、


「さーて着替えてくるか」


 と、言って廊下の奥へと走っていった。シャーリーは訝しげな顔をして俺の方を見ている。


「あの、そこに居たら薬塗りづらいんだが」


「そのまま塗れ」


「何そのプレイ!」


「尻を見せられないとはどういうことだ。何か隠しているのだろう」


「隠してねーけど尻とか普通他人に見せねーだろうが! ……はぁ、もういいや。そこまでうさん臭がるならお前が塗ってくれ。それならいいだろう」


 はい、とツボを手渡す。ぎょっとした顔をされたがシャーリーはすぐに平静を取り戻す。


「……不本意だが、まぁいいだろう」


 もう好きにしろとばかりに尻を出して側の台座へうつぶせに寝転んだ。


「……汚い尻だ。む、何故このような赤黒い汚れが? これは手形か……まさか……呪い?」


「こえーこと言うんじゃねえ! お前の主人にぶったたかれたからだよチクショウ!」


「姫様の手形……いつの間にやらこんなに大きくなられて……」


 俺の尻に付いているらしいヴェルベットの手形に自分の手を当てながら謎の涙を流すシャーリー。あの、そこ俺の尻なんだけど、と突っ込めば何をされるか解らない。


 仕方なく俺は丸出しの尻を凶暴なメイドになで回されながら、「そういえば市場で会った少年は無事故郷に帰れたのかなァ」等と考えながら心を無にして時が過ぎ去るのをただ耐えた。

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