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紅き血に口づけを ~外れスキルからの逆転人生~   作者: りょうと かえ
水底の船

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99/201

窓の外

 先ほどのライラとの一件は、僕の中でくすぶっていた。

 しかし僕から何か慰めることも出来ない。

 鍛練が終わるとライラはそのまま、さっさと鍛練室から出ていったのだ。


 背から見える茶色の尾はくたっとしており、彼女が沈んだ気持ちなのがわかった。

 それでも、ライラからはそれだけだった。


 ライラがどう策を考えても、僕にはイライザが一番だ。

 イライザを抱き合わせの対象にはしたくない。


 その日の午後、僕は最後の詰めをすませるためにイライザと会合していた。

 椅子を隣り合わせて、イライザと同じ書類をにらめっこしていた。


 今日のイライザの香水は、グレープフルーツの爽やかさがある。

 だぼっとした魔術師の服も袖が多少短くなっていた。


 なんとなくイライザと目が合わせづらく、僕は透き通ったガラス窓の外を見ている。

 雲が半分ほど空に散らばり、気温は高くなく過ごしやすい。

 空の端からは黒雲が迫っている。もしかしたら出発の時には雨になるかもしれない。

 明日の朝、日の出とともにディーン王都を出る手筈になっていた。


「そういえば、もう梅雨の季節だ……」


 婚約破棄されたのは、暖かくなり始めた頃だった。

 次に短い梅雨が訪れて本格的な夏になる。


「雨具の準備はしていますが……グラウン大河では洪水や疫病の季節になります。軍は動かしづらい時ですね……」


「それも独立商業都市が出兵を渋る理由だね……」


「はい、モンスターも活発になるとか……本当のことなのでしょうが、教団への対処を遅らせてよい理由にはなりません」


 僕は頷くとともに、ちらりと不安が胸をよぎった。

 かつてエルフの村でもあったが、すでにブラム王国の手が回っていないだろうか。


 イヴァルトは大陸を代表する商業都市であり、諸国と繋がっている。

 歴史がないのと離れているために繋がりがないのは、フィラー帝国だけだろう。


「ブラム王国もイヴァルトで動いているだろうけど……」


「ディーン王国の人間も公式、非公式に出入りはしています。綱引きはしているはずですが……警戒は必要でしょうね」


「そうだね、いきなり敵に囲まれたりしないよう、慎重に行かないと」


 イヴァルトは共和制だ。力ある商人の集まりーー議会が実権を握っている。

 そのため一人の王という概念がない。

 議長はいるが選挙制であり、5年で交代するのが通例になっている。

 ディーン王国とは政治に対する考え方が根本から異なっている。

 日和見な外交姿勢も商人議会という特質が、大いに影響しているのだろう。

 頭となる一人がいない寄り合い所帯なのだ。


「何かありましたか、ジル様……?」


「へっ……!?」


「いえ、何時になく……窓の外をご覧になられているので」


 しまった。自分で思うよりもはるかに、外を見てしまっていたらしい。

 イライザはライラと僕が一緒にいたことさえ知らない。

 神聖魔術については宮廷魔術師にも秘匿してください、とライラは言っていた。


「……顔色も悪くありませんか」


 イライザが心配そうに首を傾ける。

 僕はぶんぶんと首を振り、否定する。


「快調そのものだよっ!?」


「そうですか……? 魔力も乱れているような……」


「そ、そう……?」


「はい……ちょっと珍しいくらいです」


 イライザは僕の首筋に手を伸ばし、そのまま脈を確かめるように撫でた。

 さらにイライザは目を閉じ、集中する。


「……本当に何もありませんか?」


「う、うん……まぁ、王宮暮らしなんて初めてだからね。それもあるかも……」


 イライザは外交役として飛び回っている立場だけれど、任務がない時はディーン王宮で暮らしている。

 僕なんかよりもはるかに王宮暮らしには慣れているのだ。


「それも今日で終わりですが……あ、そうです!」


 イライザはぐっと僕を抱き寄せた。

 少し体勢を崩した僕の顔が、イライザの胸元に吸い寄せられる。

 柔らかな感触が頬に当たり、すっと清涼な香りが僕を直撃する。


「私の魔力と同調すれば……少しは違うはずです」


 ゆったりとしたイライザの魔力が僕を包んでいく。

 寄せては返す、さざ波のように。


 僕の気持ちを知っていて、この接し方は身体に毒だった。

 とはいえ身じろぎしか出来ずに、僕はされたまになる。


 ぽん、とイライザの手が僕の頭に置かれた。

 そのまま、僕は髪をさすられる。


 まるで熱を出した子どもがあやされている、みたいだ。

 でも愛しい人に触れられている今は、嫌じゃなかった。


 僕はなんとなく、気持ちが落ち着くのを感じた。

 わからないけれども神聖魔術の訓練が、僕を乱していたのかもしれない。


 僕はしばらくイライザに甘やかされた。

 不思議な気持ちだった。好きな人と距離が短いほど、穏やかな気分になれる。


 横目で窓の外を見ると、遠く空の果ては黒く塗り潰されている。

 それでも今だけはーー僕も目を閉じる。

 イライザの優しさを味わっていた。

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