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紅き血に口づけを ~外れスキルからの逆転人生~   作者: りょうと かえ
水底の船

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汚したくないから

 それでも僕に浮かんできたのは、哀れみだった。

 ライラが自分のことをどう評価しようと、彼女が恐ろしくも「強い」人間であることは変わらない。


 高等審問官であり、神聖魔術で武術も一流の域にある。

 没落前の僕よりも、はるかに高い地位にいた。

 それなのに抱き合わせに、自分を使うなんて……。


「……そんなの、かわいそうじゃないですか……」


「……はい?」


「ライラさんは、それでいいんですか? そういう生き方で……!」


 思ったよりもキツイ口調で、僕はライラに言葉を投げ掛けていた。

 言葉に出してから僕は、はっとする。


 言い過ぎた――失礼だったかもしれない。

 だけども言わずにはいられなかった。


 ライラは怒り出すこともなく、反論することもなかった。彼女はすぐにうつむいた。

 狐耳も垂れ下がり、表情はうかがえない。


 繋いだ手が緩められ、魔力の流れが明らかに弱くなる。

 少しばかり、そのまま奇妙に時間が過ぎた。


 僕にも胸に重いものがたまっていた。

 時間にしたらほんの1、2分だろうか。

 ライラが力なく小声で答えた。


「……あなたが正しいです、ジル。どうしようもなく、あなたの言う通りです」


「……いえ、僕こそ……言い方が……」


 僕はちょっと前、エリスの誘惑をはね除けた時を思い出していた。それとイライザとのこともだ。


 僕は誘惑されると拒絶してしまう性質らしかった。

 自分でも、あまり考えたことがなかったけれども。


 はっきりとライラには言葉にした。

 そうだ、僕は女性に自分を大事にしてほしいのだ。


 貴族社会では、女性を政争の道具としか見ない人も多い。

 あるいは欲望のはけ口か。


 とにかく、僕はそういうのは嫌だった。

 フィオナにしてもそうだ。決して低く見てほしくはない。


 青臭いけれども、それが僕なのだ。

 ライラは息を吐くと首を振り、


「今の発言は忘れてください……私ともあろうものが、軽々しい発言でした」


「…………」


 ライラは一際高い声で、呼び掛けてきた。


「さぁ、集中しましょう! 鍛練をしてもらわなくてはなりません……!」


「…………はい!」


 これで話題は終わった、のだろうか。

 ライラの雰囲気は、ぱりっと切り替わっていた。


 知識面でも武術面でも、僕より先に行っている人だ。

 そして今、僕に色々と教えてくれている。

 勝手だろうけれども、出来るならーーきりっとしていて欲しいのだった。



 ◇



 ジルとの鍛練が終わると、私は急いで自室に戻った。

 狐耳を手で抑えながら、私は走っていた。


 まだ昼前で太陽が激しく照りつける時間だ。

 普通なら陽気な日なのだが、今の私には太陽は眩しすぎる。


 鍛練中はなんとか平静でいられたけれど、終わってみると駄目だった。

 泣きたくなってしまった。


 私は肩を揺らしながら部屋に入ろうとする。相当、ひどい顔だったのだろう。

 警護の人達もぎょっと飛び退くように道を空ける。


 その事実が、私をさらに追い詰める。

 ああ、ジルに「かわいそう」と言われたときに、すぐさま反論すれば良かったのだろう。


 無礼な、とかイライザと結婚したくないのか、とか。

 パラディンと言ってもまだ16歳、いくらでも言い負かす余地はあるはずだった。


 それでもジルの瞳を見てしまった私は――私だからこそ何も言えなくなってしまった。

 審問官である私は、嘘を見抜ける。

 心の奥底の、秘めたる想いも容易にあぶりだせると思っている。


 だからこそ、ジルの混じりけのない眼差しに耐えられなかった。

 純粋だからこそ、恥じてしまったのだ。


 年上の意地で、鍛練だけはちゃんと終わらせた。

 ジルも深くは突っ込んでこなかった。


 飾り気のない王宮の自室は、いつもより空虚に感じる。

 来客もほとんどなく、持ち込んだ少しの書類や本があるだけだ。


 ベッドにそのまま、私は倒れこむ。

 お日様で暖められたシーツを抱き締める。

 日の優しい匂いが私を満たし――そして惨めにする。


 ジルに言われて、私はこれまでの人生を思い出していた。

 父のせいでなんとなく聖教会の聖職者になり、すぐに才能を認められた。

 多分、父の影ながらの後押しもあったはずだ。

 母は私を生んでからずっと、臥せっていた。

 母を守れるの私だけだった。


 私は異例の昇進を続け、審問官になった。

 そして――初めて人を殺した。


 死霊術の秘宝を隠し持っているという罪で、一家丸ごとを火炙りにした。

 疑う余地のない証拠が山積し、誰もが一家を火炙りに処す。そんな事件だ。


 でもあの日から、私の歩く道は断末魔が絶えることがなかった。

 嘘を暴き教義に反するものを処刑するために、東奔西走する日々。


 抜け出したかった。

 審問官は現場のなかでも、最も血生臭い役職になる。

 しかも一度なったら、死ぬまで審問官という人間も少なくない。

 こびりついた死臭はやはり聖教会でも忌避される。

 いくら正義とはいえ、色眼鏡で見られるのが審問官だった。


 でも、いまさらやめれらなかった。

 告白すると、辞めるのも怖かったのだ。

 報復ーーあるいは闇に触れすぎたゆえの粛清。

 審問官の末路の一つだ。

 あるいは人を殺しすぎて、精神に異常をきたすか。


 もっと偉くなれば、人を殺さないでも済むはずだった。

 私は逆説的に、審問官としても熱心に働いた。

 もう人殺しをしなくても済むように。

 人を殺し続けた。


 でも抜け出せなかった。

 私にとって今回の任務は、かつてない功績を上げる光輝のはずだ……もちろん、ジルの歓心を得られれば磐石である。


 たった16歳、しかも下級貴族の出身だ。

 自分のモノにするのは難しくない――はずだった。


 自分を売り物にして、取引するだけだったのに。

 それなのに、駄目だった。

 気分も意識も落ちていく。


 苦く、痛い。

 もう燃やしたくない。


 助けて欲しい。

 溢れた涙が頬を伝う。


 ジルは正しい。

 私にとってはジルの称号が欲しかっただけなのだから。


 蔑まれても玩具にされても良かった。

 昇進の踏み台になってくれるなら。


 なのに、最も残酷に痛烈な断られ方をした。

 ……情けない女だ、私は。


 でも諦めることはできない。

 手はもう、汚したくないのだから。

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