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紅き血に口づけを ~外れスキルからの逆転人生~   作者: りょうと かえ
水底の船

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合わない二人

 数時間、途中に休みを挟みながら訓練を続ける。

 ずっと無心に剣を振り続けるだけだけど。


 体温とほんのりと汗ばむ手を感じると、物凄い恥ずかしくなりそうだ。

 実際には、これ以外の訓練方法がないので仕方ない。


 血の量を極力少なくしてぶん、と剣を振り下ろす。

 固まった血の表面がなんとか波打つ程度にはなってきた。


「神聖魔術も会得しないといけませんが……しかし出発まで時間が足りません。半分は様子見でしたが、いきなりスキルと併用する訓練をして正解でしたね」


 ライラもかなり息が上がっており、へとへとだ。

 他人の体に魔力を流し続けるのは、相当の負担だろう。


「……今日はここまで。明日も同じ時間から始めましょう」


 手を離したライラに、僕は深々と礼をした。

 ナハト大公や聖教会からの命令とはいえ、ライラは手を繋ぎっぱなしで魔力を流しっぱなしだった。

 感謝の念しかない。


「ありがとうございます……!!」


「……いえいえ。またお酒を一緒に飲んでくれれば……」


「もちろんです、師匠ッ!」


 実のところ僕の剣技や魔術は、少し怪しいものがある。

 基本は教わったけれども没落と同時に、教師役も失ったのだ。


 アラムデッドでは自己鍛練のみで、ちゃんとした教師役はいなかった。

 落ち着いたら学び直そうかなぁ、とは思っていたけれどもあっという間にそんな暇もなくなってしまった。


 鍛えるということについて、拒否反応はない。

 むしろ身体を動かすのは好きだし、何かの手応えを得るのは楽しいと感じる方なのだ。


「……師匠ですか」


「い、いやでしたか……?」


「いえ、思ったよりもいい響きだなぁ……と」


 ふふりとライラが笑う。

 彼女もまた立場的には難しい人間だ。


 審問官は教義に反するものを弾劾し、抹殺するのが仕事である。

 単に報告を受けてから確かめるだけではないーー自分から出向いて真実を暴くのだ。

 そのためどうしても他人に恐れられ、時には憎まれる。

 でも少なくてもライラは、怖い人ではなさそうだった。



 ◇



 ライラとの訓練が終わった後は、イヴァルト行きへの準備に専念した。

 荷物はそんなにないけれども、問題はイヴァルトに着いてからの行動予定だ。


 ブラム王国の侵攻はすでに始まっており、イヴァルトに着いてから無駄は許されない。

 効率よく動かなければ……。


 今はイライザとライラ、そして僕の三人で資料をまとめていた。

 王宮に数ある書斎のひとつに僕たちは集まっている。


 本棚にはイヴァルト周辺についての本や冊子があり、机は広々としていた。

 黒檀の高級机は落ち着いた作りで、本を積み重ね地図を広げても余裕がある。


 イライザが紙にペンを走らせながら、


「まずは……イヴァルト周辺に展開しているガストン将軍と合流ですね。私はガストン将軍とお会いしたことがないのですが……」


「僕は面識があるし、父と一緒に戦場を駆けていた人だから……問題はないと思う。ただ豪快であまり腹芸みたいなのが得意には見えなかったけれど」


 ガストン将軍は平民の一兵卒から50年かけて将軍位にまで上り詰めた軍人だ。

 獅子のように豪快で戦場に生きる戦士であり、決して外交官や軍師といったタイプではない。


「私も面識があります……かなり信仰熱心な方で感心した記憶があります」


 ずいっとライラが身体を差し込んでくる。

 ぴくりとイライザの肩が動く。

 たけどイライザはそのまま紙に視線を向けたまま、


「ガストン将軍がイヴァルトに繋がる水運を監視しているはずですから、まずはそこからですね……不審な荷物や人がないかどうか。1日くらい様子見でガストン将軍の陣に留まりましょうか……何か動きがあるかもしれません」


 ライラが軽く首を振る。


「ガストン将軍から有益な情報を聞いたら、イヴァルトへ直行すべきです。下手に長居すると独立商業都市からさらに警戒されます。ただでさえ大陸中を巻き込んだ戦争中なのですから……」


 イライザがペンを止め上目使いにライラを一瞬だけ見た。

 本当に一瞬だ、すぐにペンを動かすのを再開する。


「……ぅぅぅ」


 出だしから不穏な始まりだ。

 ナハト大公は可能な限り、僕たちで計画を策定することを命じていた。


 なのに挨拶が終わるやこんな調子だった。

 さっきからイライザとライラの意見がことごとく合わない。

 持ち込む装備、用意すべき贈答品、接触する人間の洗い出し……まだ決めなくちゃいけないことは多いのに。


 イライザが顔を上げる。表情がなく素っ気ない。


「……ジル様、どうされます?」


 独立商業都市は数多くの国と国交を持ち、特定の国に肩入れすることは滅多にない。

 その辺はアラムデッドよりも徹底されており、近年では高位貴族の輿入れなんかもほとんどないはずだ。


 外交ルートはあるけれども、イヴァルト内の情勢がどうなっているかわからない。

 ガストン将軍の元にも飛行騎兵はおらず、情報が来ないのだ。


 再誕教団を主眼にするならイライザの案に乗るべきだけれど、今回はまずイヴァルトに援軍を出させないといけない。

 最低でも敵に回らないように根回しするのが主目的だ。


 ガストン将軍と一緒に居すぎるとライラの言う通り、不用意な圧力と見なされる可能性が高い。

 イライザは外交官でもあるけれど、今回は死霊術師を意識しすぎている。

 ……仕方ないことではあるけれども。


 絞り出すように僕は声を出す。


「……ガストン将軍の陣には長居はしない。イヴァルトに警戒されては元も子もない……話が出来なくなったら終わりだ」


 ライラがほんのわずか嬉しそうに肩を揺らす。

 イライザも静かに頷く。


 これはどちらを重視するかだけなのだ。

 イライザもその辺りはわかってくれるはずだった。

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