両立
ライラはさらに言葉を続けた。
「それにこの神聖魔術は周囲の魔力を利用するものです。つまり5つの神々の恵み、かすかな力を使わせてもらうということでもあります。……死霊術師は5つの神々の力を使うのを嫌がります。なので死霊術師は神聖魔術を使うことはありません」
死の神エステルが5つの神々とそれに連なる者全てを憎んでいるのは、僕にもはっきりとわかる。
戒律、教義めいたものがあるのだ。
「ディーン王国やブラム王国でも、神聖魔術の一部は利用されていますね。もちろん秘伝として信頼できるものにしか伝授はしていないようですが……」
そう言うと、ライラは右手をすっと差し出してくる。
さっきので実体験は終わりのはずだ。
僕が戸惑っていると、ライラは苦笑した。
「これまでに何人も教えてきましたが……やはり躊躇されますよね……? でも左手を出してくれないと進みません」
再び僕はライラの手を取る。
ライラが僕の隣に移動したので、ちょうど横並びだ。
なんだか妙な気分になる。
横目でちらとライラを見ると、意味深な笑みをこぼしていた。
「神聖魔術は奥が深いものですがーー表面的にも会得するのは難しくないのです。問題は訓練方法が特殊でして……」
ライラからまた魔力が流れる感覚が来た。
僕は身構えるものの、衝撃はさっきよりもかなり少ない。
ぴりっとした魔力は胸から腕へと流れて止まった。
下半身や首より上はなんともない。
「あれ……?」
「今は神聖魔術を軽く使っています。具体的には腕にしか神聖魔術はかかっていません……剣をゆっくりと抜いてください」
柄にぐっと手をかけて万が一にもライラに当てないよう剣を引き抜く。
「そのまま素振りをしてください」
「こんな感じでしょうか」
腕だけで払うように袈裟斬りにする。
棒を振る感覚に近いーーはずが大気をひゅん! と震わせて剣が走った。
意図しないあまりの速さに、
「おおっと!?」
僕は前屈みに体勢を崩してしまう。
「こ、こんな速く振ったつもりは……」
僕も武功の家の生まれだ。
腕の力だけとはいえ、一振りでがくっとなるなんて……かなり無様な格好だ。
冷や汗をかく寸前の僕をライラは真剣に見つめていた。
「気にしないでください。神聖魔術で力が入りすぎたのです……誰でも最初はこうなりますから」
「……今のが神聖魔術の力なんですか?」
「さっきは完全に私が制御していました。今はジル自身が主体となって剣を振った結果です。まぁ……お分かりの通り、ちゃんと振ることさえ難しいでしょう」
腕だけが別物になったみたいだった。
見た目にはなんにも変わりがないのに。
「そして……こういうやり方でしか神聖魔術は伝授できないのです。コツを掴むまでは手を繋いで素振りを続けてことになります」
「な、なるほど……」
武術の鍛練で手を繋ぐなんて聞いたこともない。
一見すると妙なやり方だけれど周囲の魔力を使うという特性上、ガイド役が不可欠なのだろう。
今はライラと触れている部分から流れる魔力が、僕の腕だけを強化している状態なのだ。
いずれは触れている必要がなくなり……全身をミザリーみたいに動かせるようになる、という流れに違いない。
「今度はただ振るだけでなく、右手から《血液操作》をしてみてください」
「同時に使えるんですか!?」
ライラはこくり、と頷く。
「神聖魔術そのものも極めて強大ですが……真価は別にあります。そうです、スキルと神聖魔術は慣れれば同時に使えます」
「それは……凄い!」
《血液操作》は精神力によって精度や威力が左右される。
しかし血の剣や鎧を使う上では、僕自身の身体能力が枷になる。
どれほど強力で見切られづらい剣を持っても、それを振り回すのは僕なのだ。
もちろんミザリーみたいに目で捉えられないほど速く血の剣を振れれば、こんなに強力なことはない!
僕は早速右手の甲から血を出すと、籠手のように形作った。
そのまま僕はぶん、と勢いよく振る。
「あ……!?」
一閃した剣は僕の動体視力を超える速度を出していた。
しかし《血液操作》が崩れたのか、前方に血が飛び散る。
赤い染みが派手に床についていた。
「……慣れれば出来るようになります」
僕の手もどろりと血塗れだけれど、すぐにイメージを作り再び血を固くする。
「うぅ、難しい……」
いきなり剣を振るのと《血液操作》の両立は無理そうだった。
一発で血が液体に戻ってしまう。
この状態で腕を高速で振り抜けば、当然血が飛び散るだけだ。
「ゆっくりとやりましょう、数をこなすのみです」
ほんのりとライラの頬が赤く染まっている。
どうやら僕はかなり強くライラの手を握っていたらしい。
僕の視線に気が付いたライラが、自分の頬に照れ臭そうに手を当てる。
「男性にこうやって教えるのは初めてで……実は不馴れですが、気にしないでくださいね」
「は、はい……」
この後、半日ほどずっと手を繋いで僕は剣を振るのだった……。




