神聖魔術
次の日、朝から僕とライラはディーン王宮の鍛練室で向かい合っていた。
昨夜飲み過ぎたせいか、若干頭の隅が痛い。
気が付いたときにはライラは部屋から姿を消していた。
そのライラは普段通りの顔色に見える。
きりり、と法衣姿になっていた。
腰には長剣を差している。
鍛練室は四角くて白塗り、余計なものは何もなくただ広いだけだ。
窓は四面にあるが光を取り込む役割しか果たさないよう、曇りガラスになっている。
壁には刃を潰した剣や槍、弓矢などが所狭しと並べられていた。
「しっかりしているようですね」
ライラが首を回しながら感心する。
この鍛練室は、スキルの訓練に使う。
機密を守るのに、何重もの結界が張り巡らされているのだ。
ディーン王国でも上位の騎士や貴族でないと使用は認められない。
「では、始めましょうか……これからの戦いのために聖教会が知り得る戦い方を伝授しましょう」
「お願いいたします……!」
僕も動きやすい服装で挑んでいる。
鎧は不要と言われたのだ。
「まずスキルは大別すると二つになります」
「《常時発動》と《任意発動》ですよね」
《常時発動》はスキル所持者の意識や集中の有無に関わらず発動するものだ。
アルマの《不老》やよくある《精霊術》が代表的で、つまり自動的に一定の効果を発揮する。
《精霊術》スキルの場合は、超人レベルに精霊術が卓越するのだ。
大して僕の《血液操作》は《任意発動》の典型だろう。
集中や想像力の度合いによって効果が大きく変動する。
《血液増大》は目録によると《任意発動》だった。
意識がなくてもある程度の失血を補うらしいが、爆発的に血液を増やすには意識を傾けるのが欠かせない。
集中の加減で効果量が変わるのが《任意発動》スキルなのだ。
「そうです……さて、それを踏まえて実演をしましょう」
ライラが剣の柄に手を当てると、即座に抜剣した。
鋼の軌跡が一筋の閃光となり、そして反転して鞘に戻った。
信じられない剣さばきだ。
僕はまじまじとライラを見つめてしまった。
「アラムデッドで似たような剣筋を使う人がいましたよね。ミザリー大臣ーーいえ、宰相ですか」
「……はい」
そうだ、目に捉えられないという意味ではミザリーの剣術にかなり近い。
ただミザリーは全身の動きも物凄いけれども。
「では、次はこの動きですね」
深呼吸をしたライラが身体を緊張させる。
ライラの姿がかき消えるようにして、高速で移動した。
風を感じたときにはあっという間に、僕の目の前に来ている。
ミザリーの動きを再現したようだ……あの時は喉元に剣を突きつけられた。
「すごいですね……」
僕は感心することしかできない。
まさか聖職者がここまでの動きをするなんて、思いもよらなかった。
「これか聖教会に伝わる戦闘技術、いわゆる神聖魔術というものです……極秘の技ですよ」
一歩踏み出して顔をライラが近づける。
真剣そのものの顔付きだ。
「普通の身体強化の魔術に見えますけれども……」
「基本はそうです。身体強化の魔術です……が、少し違います。神聖魔術は周りの魔力を利用します……それで爆発的に身体能力を向上させるのです」
魔術師でない僕にはいまいちわからなかった。
軽い身体強化の魔術程度なら、僕でも無意識下で使っている。
身近ではシーラは桁外れの身体強化の使い手ではある……それでも周囲の魔力を利用するなんて聞いたことがない。
「……まぁ、容易くわかるものではありません。両手を出してください」
僕の出した両手の手首を、ライラがそれぞれ掴む。
昨日と同じ体温を感じる。
「多少のショックがありますよ」
びりっと僕の腕から魔力が走った。
腕から胸、首、頭へと衝撃が通り抜けていく。
無理やり揺さぶられているみたいだ。
身体がぐわんぐわんとするけれど、同時に段々と腕から不快感が遠ざかっていく。
口元を引き締めた間に、今度は下半身へと魔力が通っていくーーとはいえ、嫌な感じはしない。
「慣れてきましたね……行きますよ」
ライラが手を掴んだまま、横に移動した。
僕も引っ張られーーそのまま、気が付くと壁際まで一気に近付いていた。
目の前がぼんやりと暗くなる。
なんだか体調が悪いみたいに、くらくらしている。
「こ、これは……?」
「私が主導して神聖魔術を発動しました……ちょっと刺激が強かったようですね」
ライラが手を離すと、僕は立っていられずぺたりと床に腰を落とした。
「アルマ様はどうやら神聖魔術について、かなりの知識があるようです。300年前の折りに会得したのでしょうーーアラムデッドのヴァンパイアの一部が神聖魔術を使えるのはこのためです」
「ミザリーさんもということですね」
ライラが座り込んだ僕に手を差し出して、立たせてくれた。
あの異常とも言えるミザリーの身体能力は、神聖魔術のお陰だったのだ。
「恐らくシーラさんも、同じく神聖魔術を嗜んでいるようです。目の前で見たことがおありでしょう」
「はい……あれはかなり凄まじい光景でした……」
言いたいことがわかってきた。
これを使えれば遥かに強くなれる。
でも身体強化が神聖魔術……?
周りの魔力を利用することで高い能力を発揮するのはわかったけれども、違和感がある。
どういうところが神聖なのだろうか。
「この神聖魔術は、対死霊術師用に編み出されたものです。何度も立ち上がるアンデッドを相手に長期戦や消耗戦は避けるべきーー死霊術師の頭を即座に落とすことこそ、重要なのですから」




