イヴァルトへ
「今回の連合軍の呼び掛けにも、イヴァルトはあまり乗り気ではありませんでしたね……」
刺々しさを含ませて、ライラが呟く。
商業都市のイヴァルトには、ブラム王国の影響力も及んでいる。
それが、彼らの動きの鈍さの原因だろう。
「ジル男爵とライラ殿には、特使としてイヴァルトに向かってもらいたいのじゃーー第一に情勢探索……そして連合軍への積極的な参加を促してもらいたい」
僕は少し驚いた。
パラディンに内定したとは言っても、それを知るのは王宮内の一部のはずだ。
まだ他国では公になっていない。
アラムデッドの件で有名になったであろう僕だけれど……。
正直、自信はまるでにない。
「……僕にできるでしょうか……」
気弱なつもりじゃないが、ぼんやりと感じたことが言葉に出てしまった。
僕には華やかな外交舞台の経験も、強面に交渉をごり押しする技術もない。
我ながら心細いのは事実だった。
「そこはそれ、私がぐわーっといきますから……ジル殿はむしろ優しく懐柔するようにしてください」
ライラがすました顔で、心意気を語ってくれる。
なんだかいまいちよくわからないけど……。
アメと鞭、ということか。
「聖教会とディーンの働きかけにもあまり応じぬイヴァルトのこと……大きな成果はないやもしれぬ。しかし、スケルトンのルート解明も含めて、死霊術師に詳しく対抗できるのはそちだけじゃ」
僕は先ほど渡された首飾りの布包みの感触を確かめる。
つややかな肌触りが、心地いい。
これが今の僕の切り札だった。
「飛行騎兵の使用を許可する。ライラ殿とともにイヴァルトへ急行するのじゃ」
ナハト大公の眼からは、不安はあまりなさそうだ。
むしろ僕のお手並みを拝見、という目付きだった。
もちろん僕はやり抜くだけだ。
うまくできるとは断言する経験はない、でも期待には応えたかった。
先ほどの心細い声は、忘れよう。
今は、一つ一つこなしていくだけなのだ。
「はい……!!」
状況はどんどん進む。
立ち止まってる暇は、僕にはない。
「うむ……それと今回のイヴァルトにはイライザ殿も行かせよう。死霊術師にもヴァンパイアにも詳しいからの」
「イライザもですかっ!?」
声が大きくなってしまった。
この前の話から、また離れるのかもーーそう思っていたけれども。
嬉しい話だった。
あれ、でもヴァンパイア?
イヴァルトはヴァンパイアの国ではなく、多民族国家だったような。
「そのルートであるが……ヴァンパイアが元締めのようだの。アルマ殿は、顧客にもヴァンパイアが多いと言っておった……。その点からも、そなたが適任じゃ」
僕の《血液操作》を知った上での発言だった。
確かにそれならーー僕が適任なのだった。
◇
出発は2日後と決まった。
まずは僕とライラ、それに何人かがイヴァルトに先行する。
ナハト大公はすでに3千の軍をイヴァルト周辺に置いているが、まずはそこに合流ということだ。
グラウン大河からブラム王国の侵攻を警戒するのと、圧力をかけるのと。
兵を置いているのはそういうことだろう。
3千の軍を率いるのはガストン将軍ーー僕も知らない人じゃない。
僕の父と戦場をいくつも共にした叩き上げの戦術家だ。
父の葬式にも現れて、すまなさそうに頭を下げていた。
ひげも髪も真っ白な、小柄だけどがっしりとした騎士だ。
僕の方が申し訳ないくらいの態度だった。
僕がいくぶんか気が楽なのは、イライザの存在もある。
やはり彼女と一緒に取り組めるのは、いろんな意味でやりやすいのだ。
あとは……ライラか。
ナハト大公の口振りだと、僕とライラが中心で動くようだ。
高等審問官である彼女について、会ったばかりだけどあまりいいイメージがない。
教義にうるさく、融通がきかないーーそれが審問官に対する一般的なイメージだ。
僕が不利益を被った出来事はないので、偏見かもしれない。
いずれにしても、ライラともっと打合せして歩調を合わせるべきだろう。
「高等審問官のライラ殿が、来られました……!」
部屋の外から、緊張した護衛の声が聞こえる。
まぁ、無理もないが……。
これが審問官に対するありがちな反応なのだ。
「……どうぞ、入ってください」
時刻はすでに夕方、鮮やかな夕陽が僕の部屋を照らしている。
雲は少なく、オレンジ色にあらゆるものが染まっていた。
僕は立ち上がり、ドアまでライラを出迎えたのだった。




