首飾り
「承知しました……!」
僕は促されるまま、首飾りを右手の指でつまんだ。
《血液操作》で、指先から垂らすように自分の血を触れさせる。
他の人たちの視線が集中しているのを、僕は感じた。
《神の瞳》でつかんだコツと同じように血を少し変えて、まとわりつかせる。
首飾りが淡く光った。
僕の血に、反応してくれた。
ろうそくの火のように、ぼんやりとした輝きではあるが。
真紅というよりも、オレンジ色だ。
執務室の面々がほう、と息を吐いた。
「なるほどのう、面白いものじゃ……」
「これは成功、ということでしょうか」
「……起動はしていると思います。しかし《神の瞳》のような猛烈な光、脈動は感じられません」
感覚的なものでしかないものの、この首飾りは《神の瞳》そのものにはやっぱり及ばない。
そして今は、ライラに一つ疑問を投げ掛けるいい機会だ。
「そういえば《神の瞳》とは、詳しくはなんのでしょうか……?」
イライザも詳しくは知らなかったし、僕の知識は《神の瞳》そのものの知識だ。
思えば死の神エステルの遺産なのに、死霊術を弱めるというのもおかしな話だった。
「ライラ殿、わしも気になるのう。この首飾りも含めて、話してくれるとありがたい」
「……わかりました。この部屋にいる方々を信頼してお話しします。《神の瞳》は、伝承によれば死の神エステルの力そのものーーだったそうです」
神話の時代からやってきた遺物、そうでなければ確かに説明はつかないだろう。
「5つの神と従者が、エステルから死霊術の力を奪って形にしたのが《神の瞳》ーーそれゆえ、もはや《神の瞳》はエステルの意思とは無関係に働き、この上ない武器にもなるのです」
敵の力を逆用する……僕もやったことだ。
エステルをエリスごと奈落へと投げ込んだ。
もしクラーケンがおらず穴がなければ、その手段は使えなかったのだ。
「なるほどのう、その首飾りは《神の瞳》を元に作り出した……ということじゃな」
「大陸中で行われた神話の戦い、それを優位に進めるために5つの神が命じて作らせたとあります」
本物ではないけれども、かつて神話の頃に作られたのは間違いないらしい。
だとすると途方もない価値があることになる。
「では、この首飾りも死霊術を退ける力を?」
「ジル男爵、伝承の通りならそのはずです……光を発したのを見ても、あなたなら使えるようですね」
「アルマ殿いわくアラムデッド王家は、神話の時代に《神の瞳》を預かった一族の血を引くというーーいざというときに力を発揮させられるゆえ、アラムデッドに安置されていたのじゃな」
「聖教会では、大量の血を吸ったアラムデッド王家の人間なら《神の瞳》を扱える。大雑把ですが、記録に残っています」
《血液増大》でなければ結婚相手にならないのは、そういう理由だったのか。
婚約自体がエリスの意思に背いていた事実を考えると、アルマは律儀というか……執念としか言いようがない。
300年も守ってきたのは、それだけアルマにとって大切な約束だったからだろう。
「その首飾りは、そなたが持っているとよい……ジル男爵よ」
すでに光が弱まっている首飾りを目に捉えながら、ナハト大公が言った。
「よ、よろしいのですか?」
「今のところ、ディーン王国にはお主以外に使えるものがいない。調べさせたが《血液操作》を持つディーン人はそなただけじゃ」
「……わかりました」
「その首飾りは《神の瞳》とは違い、封印を担うものではありません……死霊術師と戦うために持ち出されるのなら、先人も本望でしょう」
ライラも、ナハト大公に賛同する。
僕は仰せに従い、首飾りを布で包み込んだ。
「うむ、由来からしてもパラディンにふさわしい……わしらではそもそも光らせることもできぬゆえ、ジル男爵に一切を任す。うまく使うのじゃぞ」
「はい……!」
「うむーーそして新たなる任務とパラディンの就任式であるが……」
その時だった。執務室が慌ただしくノックされ、一人の騎士が飛び込んできた。
顔には焦りが浮かび、息を切らせている。
ただならぬ急ぎようだった。
ナハト大公は、眉を少しつり上げるも咎めはしない。
「……悪い知らせのようじゃな」
わずかな穏やかな日々は、終わりを告げる。
僕にも、そんな予感がしたのだった。




