ライラ
妹との面会が終わった僕は、いい気分で自室に戻った。
面会ーーそう、兄妹でも気軽に会うわけにはいかないけれども、気分は晴れやかだ。
僕の見る限り、妹は元気そうだ。
魔術の勉強も順調だと言う。
王都なら、魔術の勉強場所としても最適だ。
金銭的な不安はもうないし、妹の将来は明るいだろう。
温かい紅茶を飲み、僕は一休みした。
セイロンの香りがほのかに漂い、身体の芯にしみてくる。
今日はもう、予定はないはずだ。
多分、野心ある貴族なら積極的に他の貴族と連絡を取り、基盤固めをするんだろう。
あるいは令嬢やメイドに誘いをかけるか。
ここまで考えて、僕はベッドに身体を広げて寝転がった。
自嘲気味の笑みが、こぼれてしまう。
どちらも僕には無縁のものだ。
妹の言うとおりだろう、いくら称号があっても僕には華やかな暮らしなんて向いていない。
上に立つよりも、何かに仕えたい。役に立っている、助けになっていると信じたい。
それが偽らざる僕なのだ。
結局、その日はそのまま僕は寝込んでしまった。
たまには、怠惰な日も悪くないーーそう、思いながら。
◇
次の日は朝から、ナハト大公の呼び出しがあった。
待たせてはならないので、急いで身支度し執務室へと小走りに向かっていく。
今日は雲が分厚く、暑さが和らいでいる。
何度目かの訪問なのでさすがに警備も、僕を見るなり執務室の大公へとノックをしてくれる。
「お待たせいたしました、ナハト大公」
「うむ……待ってはおらぬぞ」
ナハト大公はいつもより上機嫌だ。
執務室にはナハト大公と警備の他に、もう一人客人がいた。
濃いブラウンの狐耳と尾を持つ女性だ。
柔らかそうな茶髪は、肩にまとめられている。
年齢は僕より少し年上のようだけれど、獣人族は若い時間が長いという。
ほっそりとした顔つきと線の細さ、それになにより聖教会の法衣をまとっていた。
5つの神を表した黄、黒、緑、茶、緑の色鮮やかな法衣だ。
長い袖からは、ミスリルの腕輪も見える。
彼女が聖教会でもかなりの高位である証だった。
ナハト大公は太り気味の身体を揺らし、彼女を紹介した。
「聖教会の高等審問官、ライラ・ティティル殿だ。こちらはジル・ホワイト男爵である」
「御高名はお伺いしています。どうぞよろしくお願いしますね」
柔らかくもはっきりとして声でライラがお辞儀をする。
「こちらこそ、よろしくお願いします……!」
もちろん、僕もしっかりと礼をする。
審問官は異端者や教会への反逆者を炙り出す役割を担う教会員だ。
軍を持たない聖教会において、唯一といっていい「武」を持つ組織である。
平民相手なら即決裁判により、その場で処刑する権限もあるーー貴族でさえ審問官に睨まれるのは極力避けるのだ。
男爵程度の僕では、恐怖の対象でもある。
「……さてお約束の品になります」
ライラが、懐から白い布包みを取り出した。
さらに包みをくるくると開けていく。
「それは……!」
布包みからは、真紅の宝石の首飾りが出てきた。
二回り小さいが、血に近い色合いだ。
忘れもしない《神の瞳》によく似ていた。
首飾りも金ではなく、白銀だ。
とはいえ、首飾りのデザインも年代を感じさせる上に、酷似している。
「私は本物の《神の瞳》を見たことがありませんが、よく似ていますか……」
「はい、宝石は小さく、白銀ですが……これは一体?」
「ディーン大教会に保管されていた……模造品です」
大陸どこでもそうだが、一定以上の規模の都市には聖教会がある。
そしてその国の王都には、国中の教会を統べる大教会があるのだ。
大抵の場合、大教会は建国と同時に置かれるのでかなり古い歴史を持つことになる。
ディーン大教会は650年以上、アラムデッドの建国よりも長い歴史がある。
「《神の瞳》の記録を調べていたところ、よく似たものがディーン大教会にあるというのでのう……。本庁よりライラ殿にお越し願い、持ち出してもらったのじゃ」
「高等審問官以上でないと、持ち出せないよう封印されていましたので……お時間がかかりました」
「なんの……しかし、どうじゃな? ジル男爵よ。何かーー力はなさそうかの」
僕がここに呼ばれた理由がわかった。
確かに死霊術師の他には、僕にしか《神の瞳》を扱うことはできないだろう。
「推測でしかありませんが、これは単なる模造品のはずです……とはいえ今は失われた技術により、弱くても《神の瞳》に似た力はあるかも知れません」
ライラは白銀の首飾りを手に取り、布包みごと僕へ差し出した。
宝石に力があるかどうか、確認する方法は一つだけだ。
「遠慮はいらぬ、試してみてくれんかの」
ナハト大公が好奇心を隠さず、僕に命じるのだった。




