フィオナ
ナハト大公とアルマとの話が終わり、僕は王宮の滞在部屋に戻っていた。
白を基調とした部屋も、すっかり馴染んだ。
やはり生まれ故郷の家具は、自分の心を落ち着かせてくれる。
アラムデッド王宮での暮らしも良いものだったけれども、いくらかの美意識の違いは感じざるを得なかった。
アラムデッドの家具や装飾品の大半は彫りが深く、また色彩が暗いものが多い。
もとより日光の下で鑑賞することを想定していないのだ。
そのため、ろうそくや暖炉の限られた明かりに映えるように造られている。
この辺りの違いは、僕はやはりあまり慣れることはできなかった。
今の自室には、砂浜の絵に小鳥の調度品と全体的に開放的で爽やかだ。
「ふぅ……」
妹、フィオナと会うのは久しぶりだった。
婚約が決まって、妹と離れたのが半年前だ。
ちゃんと結婚式を挙げたら、呼ぶか行くかするつもりだったーーまさか、こういう成り行きで再会するとは思っていなかった。
フィオナは正直なところ、あまり僕の婚約にいい顔をしていなかった。
表立って反対するようなことはなかったけれど、態度ではありありとしていた。
今では、妹の懸念した通りだ。
「フィオナ様が到着されました……春先の中庭でお待ちです」
部屋の外から護衛が声をかけてくれる。
ここでも、僕はあまり自由の身ではない。
守護騎士と言っても、まだ正式なものじゃない。
それにーー僕はなんとなくディーン王国から監視されている気がしていた。
確かに僕は大陸を救ったけれども、あまりにも死の神に近付きすぎたのだ。
恐らくこの数百年で、最も死の神エステルと言葉を交わし、戦いではあったけれど側にいた。
幸いにもエステルの侵食は、僕には起きていない。
しかし、それを他人に納得させるのは難しい。
結局、ある程度の時間しか解決はしてくれないのだ。
身支度を調えた僕は部屋を出て、王宮にある春先の中庭に向かう。
春先の中庭は、王宮内にある庭園の一つだ。
かなり面積は狭く、いくつもの生け垣に区切られた庭園だ。
公的というよりは私的な会合に用いられることが多い空間でもある。
王宮内の中では中頃に位置しているため、警備も抜かりない。
春先の中庭に到着すると侍女に案内され、テーブルへと案内される。
僕よりもだいぶ背の高い生け垣が壁のように、空間を仕切っていた。
濃い緑とつた植物の花々が生け垣を華やかにしているので、威圧感はない。
青色のテーブルでは、すでに妹のフィオナが待っていた。
腰までの金髪に、白い肌、落ち着いた服装で以前と変わりない。
いや少しだけ背が高くなり、痩せたかも知れない。
「兄さん……」
静かに呟いたフィオナが立ち上がり、足早に駆け寄ってくる。
僕の胸の中に、フィオナは躊躇なく飛び込んでくる。
フィオナから、優しいオレンジの香りがわずかにした。
そのままフィオナは僕の胸に頭を押しつけ、身体を抱きしめる。
僕も、そっと妹の背中に腕を回した。
「……良かった、まずは……それだけです」
「ごめん……心配かけたよね」
「兄さんが、たまに無茶するのは……慣れっこです」
顔を埋めたまま、フィオナが呟く。
そう言われると返す言葉もない。
「……少し痩せた?」
「色々と話を聞いてる間、あまり食欲が出なくて……」
フィオナが、僕から離れて顔を見上げてくる。
整った顔立ちには、ひいき目だけれど知的な可愛らしさがある。
今は、魔術師になるべく勉強を重ねているはずだ。
「大丈夫だよ、本当に」
妹が疑いの視線をちらと、僕に見せる。
「兄さんの大丈夫は、あまり当てにしません……」
「……うっ」
「自分のことを、労ってくださいね」
それは父が死んでからも言われたセリフだった。
あの時は本当に辛かった。
伝来の家具やらを売り払い、なんとか金を工面してホワイト家を存続させたのだ。
「気を付けてるよ、ありがとう」
僕の言葉を聞いて、フィオナは席についた。
続いて僕も対面に座る。
「それで……何が起こったのですか? 正直、信じられない話ばっかりで」
「……まぁ、僕も無我夢中だったんだけれども……」
僕はこれまでの一連の話をフィオナにするのであった。




