会議②
「ジル男爵よ……聖教会の権威は、何にあると思う?」
ナハト大公が、ある意味そっけなく言う。
僕は、どう答えようか迷った。
人間種を生み出した偉大なる5つの神、その信仰を司るのが聖教会だ。
大陸における聖教会の権威は絶大で、聖教会に異を唱えることはいかなる王公貴族でも致命傷になりうる。
とはいえ聖教会は軍を持たず、普通は各国の政治に干渉することはない。
例外は3つーー死霊術に関わること、モンスターを利用すること、大陸の外に出ようとすること。
これら3ヶ条は神の戒律として、遵守するように聖教会は定めている。
日常的には様々な教典や祈りを通して人心を安定させているし、大陸最古の組織として古の知識を守り伝えてもいる。
もちろん、そんな表向きの権威を聞かれているのではないだろう。
僕は恐る恐るナハト大公へ、
「……各国の貴人に与えるスキルとモンスターを近づけさせない聖宝球、この二つの技術の独占です」
ライラも首肯する。
「さすがに、わかっておりますわね」
僕の《血液増大》も聖教会の神殿で得たスキルだ。
聖教会以外からスキルを獲得する手段は、僕みたいに死ぬほど追い詰められた人間の『覚醒』しかない。
しかもそれだって、自分でコントロールできるものじゃない。
聞いた話では、ディーン王国の把握している限り、ディーン人で第二スキルを持っているのは僕だけらしい。
やなりそれほどのレアケースなのだ。
あとは聖宝球だ。大陸には今も、死の神が解き放ったモンスターがひしめきあっている。
人間がなんとか安住できるのも、聖教会が提供する聖宝球があればこそだ。
この二つの実利的な優位があるからこそ、聖教会は各国から尊重され大陸の秩序の根幹をなしている。
ナハト大公がぐぐっと身体を机から乗り出し、顔をわずかに近づけてくる。
「神の声を今に伝えて道を指し示す……もちろん、それもある。しかし、ジル男爵が申す通りだのう。悲しいか、それが人の世じゃ……」
ナハト大公は、ため息をついた。
少なくとも、僕の前でこんな様子を見せたのは初めてだった。
「……教団はーーいや、死の神エステルは独自にスキルを与えることができるそうじゃ」
「やはり、ですか……」
何人もの大司教と戦い、僕は彼らの力の大きさに驚かされてきた。
既存の魔術とは比べ物にならないほど、強力な力の数々……精神を物に移し変える、霧、乗っ取りだ。
さきほどのスケルトンにしても、普通ならあれほどの数を遠隔操作することなど出来ないのだ。
しかし、一つだけ抜け穴がある。
それが、スキルだ。
スキルは物理や魔術の法則を超越する。
僕の《血液操作》を使った戦い方も、魔術で再現することは不可能だ。
例えば死霊術師で考えられるのは、技能系統のスキルだ。
《精霊術》や《弓術》のスキルは該当する技能を超人レベルにまで引き上げる。
これなら、矛盾はない……圧倒的な力もスキルの力だと思えば。
しかし、どういうスキルを獲得するかは完全に運次第のはずだ。
もしスキルを選べるなら、みんな使い勝手のよいスキルを選ぶだろう。
「スキルも選べるのですか……? 運任せではなく、自分の望むスキルを?」
「その通りですわ。なにせアラムデッドに現れた教団連中のスキルは、既存の目録にないものばかりでしたから……」
「なんてことだ……」
僕は呆然とうめいた。
これは、悪夢だ。
「あるいは、エステルが授けられるスキルの種類は決まっているのかも知れませんわ。何でも、ではなく……自分の力の及ぶスキルだけ与えることができるとか」
ナハト大公が、椅子に深く腰かける。
「つまりは、そういうことじゃ……ブラム王国が聖教会との絶縁を覚悟する理由じゃな。あとはモンスターだが……言うまでもなかろう。そもそも死の神がモンスターを生み出したのじゃ」
「聖宝球なしでもモンスターをどうにかする手段がある、と」
なるほど、理屈は通る。
いままで聖教会から得た利益を、ブラム王国は再誕教団から受けるつもりなのだ。
無謀とはいえ、賭けとしては成り立つ。
「……ブラム王国への征伐に時間はかけられん、ジル男爵。時が経てば、教団になびく国が他にも出かねん……。それほどの話じゃ」
「はい……」
「それを理解してもらえれば、当座はよい。このことは極秘じゃぞ……聖教会の権威が揺らぎかねんからのう」
単にアンデッドを作り出す、というだけではない。
いままでの大陸秩序が真っ向から挑戦を受けていた。
「それとそなたを呼んだのは……そなたの爵位のことじゃ」
「はっ……」
ナハト大公が、顔を和らげる。
執務室の緊張した空気が緩むものの、何を言われるか僕はわかっていなかった。
「パラディンの就任とともに、男爵位はそなたの妹との共同貴族位とする。縁起でもなかろうが……そなたに何かあってもホワイト家の男爵位は妹が継承する」
「な、なるほど……」
一応、僕が死んでも家は安泰というわけだ。
パラディンの称号は聖教会からだから、取り決めは必要だろう。
今のままだと、確かに僕が死んだらホワイト家は存続できない……パラディンの家を潰すとも思えないけど、枠組みがあればなお安心だ。
「そのために諸々の手続きが必要でな……そなたの妹を王宮に招いておる。もうすぐ到着するはずだのう」
「…………!」
久しぶりに、妹と会える!
悪い話ばかりだったけれども、僕の心は少しだけ明るくなるのだった。




