求婚
僕はディーン王国の、王宮内の庭園にいた。
ナハト大公からの呼び出しから、また2日が経っている。
今の僕は療養中ということで、王宮への滞在を許されていた。
王宮庭園の一つであるここには、四季の樹木、草花が品格よく配置されていた。
好きなのは、ここが少し開けているということだ。
背の高い樹木はなく、ぱっと空の青が自然の花と混じり合う。
日差しはいよいよ強いが、その熱が庭園を見事に青々と繁らせ、咲く花に力を与えていた。
「お体は大丈夫ですか、ジル様」
「うん、もう肩も痛まないよ」
隣にいるのは、薄目の服をまとったイライザだ。介抱役として側にいてくれている。
整えられた青色の髪が、太陽に輝いて本当に美しい。
「パラディンへの就任、本当におめでとうございます」
イライザがすっと頭を下げて祝福してくれた。
「……まだ、正式には少し先らしいけれども。色々準備があるってさ……」
当然、守護騎士の就任式は恐ろしいほど盛大にやることだろう。
ナハト大公はある程度、連合軍の形が見えたら式を執り行うと言っていた。
「ジル様は……ブラム王国や教団に対する重要な象徴になられるのです。歴史に残る晴れ舞台になることでしょう」
イライザの言うとおりだ、僕は死霊術師へ立ち向かった英雄だ。
自分では無我夢中に、目の前の事をこなしていただけれども。
療養中を名目に、ほとんど面会者が来ることもない。
「それとジル様……。アラムデッドのエルフの処遇が出ました。アエリアも含めてお咎めはなし、アルマ宰相はエルフたちに待遇改善を約束したそうです」
「そっか、よかった……それだけが心配だったんだ」
王都を抜け出した手伝いをしたアエリア、ブラム王国と一部繋がりがあったエルフたち、どちらも戦い終われば調べられるに決まってる。
ナハト大公を通じて、僕は彼女たちの赦免を嘆願していた。
彼女たちがいなければ、贖罪の祭壇を破壊するという荒業も不可能だったからだ。
エリスが闇に飲まれて、暗黒の淵そのものがなくなったという。
クラーケンも跡形もなく消滅した。
イライザが、かすかに憂いを帯びた目で、
「気掛かりがはなくなりましたね、ジル様」
「……そうかな」
小鳥が遠くで鳴いている。
夏の風が枝を、花弁を揺らす。
それなりに長く、濃い付き合いだ。
僕はイライザの瞳に差す影の理由を察していた。
それでも、僕は踏み出そうとしていた。
アラムデッドで僕は、イライザを何度も泣かせた。
そして、何度も助けられた。
情がわく、というのは良くない言い方だけれども、そうなのだ。
もっとイライザと一緒にいたかった。
誰よりも、強くそう思う。
それが今の僕の、嘘偽りない本音だ。
頭が熱く、血がどくりと動いていた。
言うべき言葉はわかっているのに、唇が動かない。
ゆっくり息を吸って、吐く。
穏やかな風に運ばれ、優しい花の香りが僕を少し落ち着かせてくれる。
突然過ぎるかも、断られるかもしれない。
それでも、パラディンになればどうなるかわからない。
ずっと会えなくなる可能性もある。
僕たちはもう、アラムデッドへは戻らない。
イライザは宮廷魔術師の仕事があり、僕は守護騎士になる。
まして、連合軍のこともある。
自分で好きに動ける立場ではないのだ。
だから、きっと今日言うべきなんだ。
明日のことは、わからない。
……後悔はしたくない。
僕はなんとか、思っていることを言葉にできた。
「イライザ……単刀直入に言うけれど、僕と結婚して欲しい。ずっと側にいて欲しい」
イライザの目が見開かれ涙が一筋、頬を流れた。
彼女の細い腕がこわばり、肩を縮める。
「……駄目です、ジル様」
「どうして……?」
「ジル様もわかっておられるはずです……。私では、今のジル様とは釣り合いません」
「そんなことないっ!」
僕の上げた声に、イライザが首を振って否定した。
「いいえ、そうです……ジル様なら、諸国から多数の良縁が舞い込むでしょう。もちろんディーン王国でもそうです。ブラム王国の征伐が上手く行けばーーもしかしたらディーン王家からお声が掛かるやも」
言葉を切ったイライザは、息を吸って一拍置いた。
「私もジル様をお慕いしています……心の底から、ずっと。でも……もう許されません。ジル様の御相手は、私では絶対駄目です」
僕は否定したかった。
しかしイライザの言葉は、認めたくないけれど恐らく正しい。
僕も考えないわけではなかったけれど。
でも守護騎士という実感のなさ、あまりに急なことに僕の想像がついていなかった。
逆に普通なら、側室でもいいからとイライザを説得するだろう。
そんな貴族は掃いて捨てるほどいる。
僕はとてもそこまで割り切れない。
血筋自体が、上流人に染まっていない。
「諦めないよ……なんとか、どうにかする」
僕は、雲一つない空を見上げて呟いた。
イライザが僕を好いていないなら、仕方ない。
でもそれ以外の理由なんて、受け入れたくない。
考えられるのは、功績を積み上げること。
誰にも口を出せないほど、僕自身が発言権を持つことだけだ。
「……意外とジル様は、諦めが悪いんですね」
「そう、かな……」
自分では、思ってもみなかったけれども。
ああーーでもそうだ、いつか二人で抱き合って言い合った。
負け続けるのは、嫌なんだと。




