表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅き血に口づけを ~外れスキルからの逆転人生~   作者: りょうと かえ
死の主

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

70/201

クラーケン

「なんだって……?」


 聞き間違えかと思った。

 エリスの声で、顔で、あり得ない。


「驚くのも無理はないけれど、私はエリスを通して覚えているわ。あなたがーー愛を捧げてくれた日々のことを」


「……お前相手にじゃない」


 かつてエリスに、好かれようとしていたことだ。

 こんなわけのわからない奴のためなんかじゃ決してない。


 エリスはしなを作り、本当にうっとりとしている。

 一度も僕には見せたことがない、緩んだ顔だ。


「ふふふ……その堅物なところ、本当に好みよ。ああ、それで私の愛は? 私のものにはならないの?」


 僕はつばを飲み込んだ。

 正気とは思えない。冥界のほとり、その闇の向こうのような掴み所のない話だ。


 しかし、僕にはやるべきことがある。

《神の瞳》を祭壇に置き、封印を戻さなければならない。


 それにも、エリスが邪魔になっている。

 僕は血の刃を構えると、一歩前へ進んだ。


 血の刃は細長く、前方へ少し伸びている。

 振り抜けば、エリスを斬れる間合いになっていた。


「まずはそこをどいてくれ。《神の瞳》を元に戻したいんだ。……全部終わったら、少しは聞くからさ」


「あら、駄目よ。せっかくこの世界を綺麗にするのに……それじゃ、お掃除もできないわ」


 エリスの瞳が妖しく光る。

 僕はとっさに、血の刃を振りかぶった。

 しかし、刃は届かない。


 猛烈な紫の魔力がエリスから放たれる。凄まじい魔力の勢いだった。

 僕は一瞬で、立つのも精一杯になる。


「うふふ、ジル……先に私の力を見せてあげるわ。そうすれば、私に愛されることの意味がわかるはずよ」


 エリスはダンスするように腕を回して振り上げ、優雅に広げた。


 普通なら魔力は指向性を持つ。特定の相手、魔術式に従って解き放たれる。

 それがエリスの魔力は、ただただ無秩序な奔流だった。


 魔術師でない僕にも、力の隔絶さが感じられる。

 魔力は紫の強風となって、岩肌を吹き付けていた。


 石つぶてが転がるだけじゃない、エリスの魔力はもっと高くーーどんどんと紫の魔力が空に向かっていく。


「信じられません、こんな魔力が……」


 イライザが呆然と呟くと、みしりと岩肌が揺れ出した。

 地震かと思ったが、違う。


 エリスの魔力を受けて、贖罪の祭壇そのものが鳴動しているのだ。

 上半身は魔力を受けて、足元は震えている。


 恐ろしい、これが神の力なのか。

 エリスは僕の様子を見て、息をふうっと吐いた。


「ジル、私があなたたちがモンスターと呼ぶ生物を生み出したって聞いたことあるかしら」


「5つの神に対抗するため……自分の兵として生み出した、と聞いてるよ」


「そう、そうよ。ここにも一つ、私の大切なしもべが眠ってるの。だから……アラムデッドの王都は冥界のほとりになってるのよ」


「ま、まさか……!?」


 エリスが頂上の祭壇に手を振れると、大地の揺れはさらに激しくなった。

 がくがくと丘が震えて、崩れるんじゃないかと思ったほどだ。


 その中にあって、エリスは微動だにせず祭壇を撫でていた。


「さぁ、甦りなさい。主が戻ったのよ。……地を割り、空を砕き、立ち上がりなさい……クラーケン!!」


 ぴしり、と大気から音がした。

 贖罪の祭壇の上空を三角に囲むように、紫の魔力走る空が、ぱらぱらとひび割れていく。

 大気がガラスのごとく砕ける情景だった。


 不気味に歪み砕けた空から、紫の触手が3本ーー巨塔のようなタコの腕が現れた。


 ゆっくりとうごめき、王都へと触手が垂れ下がっていく。

 近づくにつれ、触手の大きさがわかってくる。


 吸盤が並ぶ触手は、一本一本が塔を束ねた太さだった。

 さらに見上げる遥か上空からいまだに、終わりがないほどの長さなのだ。

 力任せに薙ぎ払うだけで、いかなる建造物も倒壊するだろう。


 信じられない、この世の終わりーーか。

 僕は神話にあるクラーケンの一説を思い出さずにはいられなかった。


 その巨体、山をも越える。

 その腕、人の作りし何物よりも大きく。

 その口、森を一晩で食い尽くす。


 エステルの第四の御使、クラーケン。

 太陽の神が灼熱の槍を放ち、彼方へと追放せん……。


 僕の肩を掴み、紫の魔力に負けじとイライザが叫んだ。


「あれが神話にあるクラーケンなら……あれだけで、国一つがなくなりかねません! でも、まだ今なら……!!」


 クラーケンは、触手を空の彼方から、伸ばしているだけだ。

 まだ、その本体らしきものは現れてはいなかった。


「手遅れになる前に……止めるしかない!」


 僕は血の刃を弓に変えた。

 躊躇する時間は、もうない。


 一刻も早く、止めなければいけない。

 もうエリスの身体を気遣っているわけにはいかない。


 目の前のエリスがあれがなんであれ、明白な敵なのだ。

 そのエリスに向けて、僕は血の矢を放つのだった。

新作を投稿しました、こちらもぜひご覧ください!


『剣聖の初恋は終わらない』

https://ncode.syosetu.com/n0018ej/


下記のリンクからも直行できます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ