表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅き血に口づけを ~外れスキルからの逆転人生~   作者: りょうと かえ
死の主

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

60/201

弱点

「そんなことも出来るのか、面白いな」


 レナールが、誰ともなしに呟いた。

 長身のレナールとの差はまだあるが、血の鎧のおかげで幾分か差は縮まっている。


「こんなことも出来るのか」


 一緒に鎧に取り込んだネルヴァが感心したような声を出す。


 表情からは、まだレナールの余裕を感じる。

 手傷を負った相手を乗っ取れるなら、無理もないが。


 僕は、無言で駆け出した。

 かなりの血が地面に流れ出しているが、問題はなさそうだ。


 精神の世界だからこそ、だろう。

 右手の刃はそのままだ。


「来るか……」


 レナールが腰を下げて右手でナイフを構え、左手で魔力を操る。

 ヴァンパイアなら、ナイフと魔術の連携程度はやってのける。


「《我は傀儡の使い手、無色の糸を手繰る者》」


 意外にも無詠唱ではなく、レナールは短いが

 詠唱を口にした。

 戦闘に秀でた魔術師なら、自分の意図が割れかねない詠唱は使いたがらない。

 イライザもシーラも、戦闘時に詠唱がいる魔術は極力使わない。


 これだけでもレナールが戦闘に長じた魔術師ではないとわかる。

 もしくは、その定石を無視するほどに必殺の魔術か。


 レナールは左腕を繰り出した。

 魔力が細い白糸となって、幾筋も放たれる。


 僕の身体を絡めとるつもりか。

 傀儡とはよく言ったが、詠唱が余計だった。

 ナイフは牽制でなく止めか。


「無視しろっ! それより飛べ!」


 ネルヴァが怒声を張り上げる。

 さっきもネルヴァに助けられた。


 まだレナールの影響から逃れきってはいないが、頼りになるのは確かだ。

 僕はぐぐっと踏み込むと、魔力の糸に突進する。


 それとともに、思いっきり跳ねてレナールの前に躍り出る。

 糸はネルヴァの声の通り、鎧に触れるとばらばらに散っていった。


 レナールは左腕をぐっと握り締める。

 瞬間、レナールの立つ地面がぐらりと不気味に揺らいだ。


 糸は囮、こちらが本命だ。

 地面から魔力で形作られた、薄透明の腕が何本もせりだしてくる。


 それらは、僕とレナールの間に壁を作っているかのようだ。

 なるほど、無色の糸だ!


「捕まるなよ!」


「わかってるっ!」


 前転気味に飛び掛かった僕は、腕に《血液操作》を集中させる。

 鎧を作ってからわかったが、普通に身体を動かすよりも《血液操作》の方が素早く動けるのだ。


 腕から伸びた血が、魔力の腕をすり抜けて地面に突き刺さる。

 僕は伸びた血を軸に、身体を振り回すように仕向けた。


 身体を包む鎧の強度はそのままに、右腕から先の血はゴムのようなしなやかさを持つ。

 自分の体ではなく突き刺した血を起点に、僕は高く跳んだのだ。


 槍使いは時に自分の槍をしならせて足場にし、不意を突くという。

 僕は自分のスキルでそれをこなしていた。


「馬鹿なっ」


 この動きは、レナールも予想外だったようだ。

 二段構えの魔術も、僕を捉えきらなかった。


「りゃあああっ!」


 僕はそのままの勢いで、レナールに蹴りを放った。

 ナイフで重さが乗った蹴りを止められるはずもなく、レナールは成すすべなく地面に倒れる。


 レナールは受け身もとれず、魔術の維持も弱まっていた。

 この辺りは元皇太子らしい、鍛練の不足だ。


 僕は素早く体勢を戻して、レナールにのし掛かる。

 レナールの顔が、不愉快そうに歪んでいる。

 僕は右腕をレナールの顔面に押し付けた。


 レナールのナイフが、遅れて僕の右腕に突き刺さる。

 激痛、焼けるような痛みが走る。


 魔力を含んだナイフは、たやすく僕の血の鎧を貫いていた。

 だが、構ってはいられない。

 口を離せば魔術の餌食だ。


 それに早々と僕にナイフを突き立てたのは失敗だった。

 血の鎧が、レナールの刺した手も固定する。


 いくらナイフが鋭くても、手を動かせなければ意味がない。

 そのまま、僕は右腕の血でレナールの顔を覆い尽くしていく。

 だが、決して刺にしたり刃にはしない。


 呼吸だけを奪い、窒息させるつもりだった。

 レナールの左腕が僕の喉を狙うが、素手では突破は無理だ。


 だが、なぜかぼろぼろと血の鎧が剥がれていく。

 まるで魔力を削っていくような現象だった。


 しかし闇雲にやっても、もう手遅れだ。

 血の鎧は僕の意識がある限り、再生できる。並の鎧にはない強みだ。


 やがて爪の伸びた手先は血の鎧をひっかき、滑るように空回りするだけになった。


「うっ……ぐ……」


 くもぐった呻き声が、かすかにする。

 もう一分の隙もなくレナールの口と鼻、目も封じていた。


 間もなく、レナールの左腕がだらりと落ちた。

 右手のナイフからも、もう力を感じない。


「どうやら単に空気を奪うのは、僕からの手傷とは見なされないようだね」


「……そんな弱点があったのか」


「血の霧から逃げたのも、同じ理由だったみたいだ。確かに追いついたら、血を固めて捕まえるつもりだったけど……」


 とはいえ、窒息させる時にうかつに傷つければ台無しになる。

 それに正面切っての戦いで絞殺なんて、考えもつかないだろう。

 剣や弓、魔術で殺せばいいのだから。


「ネルヴァ、君のおかげだ。ありがとう」


「いや、礼を言うのはこっちだよ……レナールの束縛がどんどんと薄れていく。本当にやったんだな」


 そう、これで終わりのはずだ。

 いくら精神の世界の戦いとはいえ、レナールは身体を固定されて窒息している。

 もう反撃のしようもないはずだ。


 ぱり、と周囲の地面がひび割れていく。

 地面の血が空中に灰となり、雲が乱れにちぎれ飛んでいった。

 荒野が、急速に無へと近づきつつある。


 レナールの心象世界が崩壊を始めていた。

 ネルヴァは、肩ではしゃいでいる。


「現実世界でも、レナールは虫の息のはずだ。形勢逆転さ!」


「……死んではいない、か」


「普通ならそのまま、冥界行きだろうけどね。死霊術師の技があるから、踏みとどまるだろうさ。でも、まともに戦える力はない……。俺もいるんだ、奴の手管もわかった、負けないさ」


 僕は頷いた。

 ゆっくりと僕の意識が現実世界に戻されていくのを、僕は感じ取っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ