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紅き血に口づけを ~外れスキルからの逆転人生~   作者: りょうと かえ
死の主

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レナールの狙い

 迫るエステルは、恍惚の表情を浮かべている。

 わずかに開けた口からは、尖った牙をのぞかせていた。


 ーー僕の血を吸うつもりだ。

 僕はエリスそのままの姿のエステルから、そう直感した。


 ヴァンパイアの寵愛、吸血だ。

 なぜ? いやそんなのはどうだっていい。


 駄目だ、絶対に!

 瞬きほどの刹那に、本能が危険を告げている。


 普通の剣なら、もう近すぎて間に合わない。

 エリスの赤く染まった瞳が、僕を捉えている。


 しかし、僕の血の刃は伸縮自在だ。

 思いっきり伸ばすだけ、ただそれだけだ。

 無我夢中に、前方に血の刃を繰り出した。



 紅い軌跡が闇の中を滑り、エステルの胴体を薙いでいた。

 間一髪、間に合ったらしい。


 しかし肉の感触はない、空振りかとも思う手応えだ。

 エステルの斬った部分が、蛍の光となって砕け散る。

 やはり生きている存在ではないーーそう思わざるを得なかった。


 だが僕の一撃で、エステルは体勢を崩した。

 僕の身体に掴み掛かるのが、一瞬遅れる。


「く……っ!」


 とっさの反応だが、僕は《神の瞳》に意識を飛ばした。

 意識が、暗転していく。


「ああ……ジルッ!」


 エステルの最後の叫びが、聞こえてくる。

 僕はこいつとは会ったこともないのに。

 いとおしそうな哀愁が、声にはあった。



 ◇



 僕たちはまた血にまみれた荒野へと、戻ってきていた。

 僕は地面にはいつくばっている。


 なんとか、逃げられた。

 もう少し、あとちょっと近付かれてたら彼女に噛み付かれていただろう。


 振り向くと、漆黒の穴がぽっかりと空いていた。

 とっさのことだったが、心臓が驚くほどの早鐘を打っていた。


「……危なかった、助かったよ」


「俺の時は、エステルは川を渡らなかったからな。妙だと思ったんだ」


 じゃあ、やっぱりあのエリスのような女性が、エステルなのか?


「ネルヴァ……君があの川に行った時も、あの銀髪の女性がいたの?」


「そうだよ、俺の時はあんなにはっきりと暗がりから出て来てはいなかったけど。確かにあの綺麗な女の人だった」


 単に似ているだけなのか

 それとも別の因果があるのかーー僕の思考を遮るものがあった。


 レナールが、荒野にぽつりと立っている。

 彼はまだ、くすくすと笑っていた。


「やれやれ、本当にネルヴァは余計だったな。もう少しで主にジル男爵を献上できそうだったのだが」


「今のは僕の《神の瞳》を利用したのか」


「もちろん、それ以外にないだろう? エリスが君に《神の瞳》を預けていたのは予想外だが……本来はこちら側の物だからな。僕の精神に深く踏み込めば、利用できる」


 僕は立ち上がり、レナールを睨みつける。

 レナールはいまや、グランツォと同じかそれ以上の死霊術師になっていた。


「……あれは、何だったんだ?」


「余興だよ、単なるね。まぁ……主は君のことがお気に入りらしい。主のお考えはよくわからんが……神の驚異とでも言うべきかな?」


 冗談めかしているのに苛立ちを感じるが、問い詰めても本当のことは言わないだろう。

 いや、レナールも推測だけなのかもしれない。


 僕は血の刃を尖らせ、上段に構えた。

 何にせよ、レナールを倒さなければならない。


「俺の霧も少しなら使えるぜ」


 ネルヴァが耳元で囁いてくれる。


「ありがとう……でもそれは自分の身を守ることに使って欲しい」


 僕の推測が正しければ、レナールは簡単に倒せるはずだった。

 これまでのカラス、ネルヴァ、レナールは正面から戦いを避け続けている。


 取り逃がすわけにはいかない。

 ここで、捕まえるんだ。


「いくら僕が戦いが不得手でも、一対一なら話は別だ。しかも僕の力はもうわかっているんだろう? 君に勝ち目はない」


「傷つけた相手を乗っ取る、ね……」


「ここなら現実世界とは違って、精神力ある限り戦い続けられる。即死を狙っても無意味だ」


 ミザリーの時に姿を現さなかったのは、即死させられる可能性があったからか。

 あの剣閃の前では、乗っ取る前に首が飛びかねない。


「レナールの言うとおりだ。物理法則は同じで、手傷を負えば外界とダメージも同じ。でも死ぬのはーー根負けした時だ」


「……それがわかれば、十分だよ」


 レナールがゆらりと動くと、懐からナイフを取り出した。

 そう、ここはネルヴァとレナールが織り成す精神の世界だ。


 普通なら、自在に動くと僕の血の刃にナイフでは立ち向かえない。

 しかし、レナールは相討ち狙いだ。


 自分が傷ついても、相手を支配できる。

 恐ろしい力だ……それは多分、レナールの過去が引き寄せたものだろう。


 例え相討ちでも構わない執念。

 恐らく、アルマと戦うときのための力のはずだった。

 皇太子の時でも歯が立たない存在への、切り札として用意された力だ。


 レナールが慎重な足運びで、僕に近づいてくる。

 僕は右手の血を噴出させて血の鎧にし始める。


 林の時、僕の血の霧から逃げたのはーーそれだけの理由があるはずだった。

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