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カラスと新しい使い道

 朝になった。

 霧は変わらず、林と混ざっている。

 昇り始めた陽光がステンドグラスに反射するように、きらめいていた。


 僕は《神の瞳》を胸に下げて、馬に乗り一人で林を進んでいた。

 念のため《神の瞳》は持ってきている。


 林には生き物の気配がほとんどなかった。

 虫の鳴き声も獣の足音もない。


 一羽のカラスのしゃがれた声だけがする。

 他には、人間と馬の息づかいだけだ。


 ミザリー曰く、霧の中では生き物は見かけないないらしい。

 まるで、追い払われたかのようだ。


 僕は昨夜初めてネルヴァと、会ったところまで戻ってきていた。

 そこには、無数のゴーストがいた。


 青白い煙のように、宙に浮いている。

 ネルヴァと同じく背中に翼を生やしているが、虚ろな顔が印象的だ。


 ゴーストは生気を吸いとる、低級のアンデッドだ。

 墓場や戦場後に、ごく稀に出没する。


 そのゴーストが数十人も林の中にいた。

 通常ではあり得ない光景だ。


 ゴーストの群れの中心に、ネルヴァがいた。

 目を閉じ、ただそこに立っている。

 ネルヴァが呼び出したゴーストなのだろう、彼は襲われてはいないようだ。


 背中に寒気が走るのを感じながら、僕は馬を降りた。

 ネルヴァが、目をゆっくりと開けてこちらを見る。


 ゴーストたちは、まさに煙が空に昇るようにかき消えていった。

 エルフ達は、少し離れたところに待機してもらってる。


 僕は一人でネルヴァに近づいていく。

 ネルヴァは僕を見ると、人懐っこく笑った。


「君、一人で来たのかい? 勇気があるなぁ、俺は好きだけどね!」


「……昨日は、ゆっくりできなかったからね」


「そうだね、俺も君とは話をしたいなぁ……って思ったんだ。君、ジル男爵だろう? 有名人じゃないか」


 ネルヴァはそのまま腰を下ろして、草をぽんぽんと叩いた。

 僕も、朝露したたる草へと座りこむ。


 距離は、かなり近い。

 抜剣すれば瞬時に斬れる間合いだ。

 しかしネルヴァは足を崩して、リラックスしている。


「俺は、あ~……なんて言ったらいいかな。みんなを生き返らせたいだけなんだ。戦うつもりは、これっぽっちもないんだ」


 頬をかきながら、ネルヴァが言う。


「だってそうだろう? 生き返らせるってのに他人を殺すってのは矛盾してる……。俺はそう思ってる」


 そのまま、ネルヴァは僕をじっと見る。


「ジル男爵、君もわかるんじゃないかな……君の父親は、フィラー帝国と戦って戦死した。俺もそうさ、里をフィラー帝国にやられちまったんだ」


 なら、あのゴースト達はその里にいた人間の成れの果てだ。

 今もネルヴァは、里の同胞を連れて歩いている。


 ネルヴァはなんというかーー純真だ。

 よくはにかんで、こちらの様子を伺うように言葉を並べる。


 僕と変わらない年頃で、年頃らしい態度だ。

 ーー僕は、こんなに取っ付きやすい人間じゃないかも知れない。


 少し羨ましい。

 どこにでもいる、普通の朗らかな少年だった。


「もし父を甦らせることができても、僕はそうはしないよ」


「……なんでだい?」


「死んだら人は変わるんだーーもう、死ぬ前の人間には戻らない。絶対に、良くないことになる」


 ネルヴァは、寂しげに首を振った。


「よく知ってるね……その通りだよ。でも、後戻りはもう出来ない。僕はーー死霊術にどっぷりはまっちゃたんだから」


 座ったまま手と足の動きで、僕はネルヴァにさらに近づいた。

 確信をひとつ、胸に抱いて。

 僕にはネルヴァが心底の悪党だとは、思えなかった。


「やらされてるだけじゃないのか? グランツォのように……!」


 ネルヴァの顔が、曇る。

 聞きたくなかった名前を、耳にしたと言うかのようにだ。


 カラスが一羽、不気味に鳴きならす。


「どうしてグランツォの名前を知ってるのさ……あり得ない、あり得ないよ」


 そう、グランツォは乗っ取った相手にしか名乗らないと言っていた。

 仲間なら知っていてもおかしくはないが、ディーン人の僕が知っているのはおかしいはずだ。


「彼から、直接聞いた」


 僕は迷いなく言い切った。

 つまり、グランツォの支配を脱したと明言したも同然だった。


 ネルヴァの顔が、歪む。

 喜びとも、戸惑いともつかない顔だ。


「だから……どうだってのさ。そうだとしても、俺たちが出来るのはこのお喋りだけだよ。全てが終わるまでーーここにいるしかない」


 ネルヴァの役目は足止めだ。

 そして僕たちは、一刻も早く戻らなければならない。


 もう、時間はない。

 ミザリーが試せることはすべて試したのだ。


 あとは確かめるのはひとつだけだ。

 グランツォの時は、気づくのが遅れて死にかけたのだ。


 死霊術を使うには、本体が使わないといけない。

 たとえ姿形はどうあってもーーいや、グランツォでさえもそうだった。


 ネルヴァから、ゴーストの話を聞き出せた。

 すんなりと、彼は語った。

 許されざる死霊術への期待を、あっさり口にした。


 昨日の名乗ったのも、いきなり現れたのもおかしかった。

 あのミザリーとの追いかけっこなんて、する必要はないのだ。


 初めから、自分を攻撃させるかのようだった。

 まるで自分を的にする行為だ。

 

 なのに消極的すぎる態度、グランツォとは全く違う。

 まるで、解き放たれた後のクロム伯爵のようだった。

 死霊術の依代として使われているだけじゃないのか。

 

 それなら法則も同じであっていい。

 やはり彼の力の源は初めて会った、この場所が怪しい。


 僕は立ち上がり、林の中を見渡した。

 霧の中でカラスが鳴き、ばさりと飛ぶ音がする。


「カラスだ……霧を生み出しているのは」


 さっきから一羽だけ、鳴いているカラスがいる。

 姿は見えないけれど、近くの木から木へと飛び移っている。


 この霧の中にいる、唯一の何か。

 グランツォの時のように――依代以外の形あるものだ。


 僕はこの霧の林から、ひとつ閃きを得ていた。

 必ずしも固める必要はなかったんだーー血を使うのに。


 もともと、血は液体だ。

 右腕を差し出すと、すっと血がにじむ。


 もう剣なしでも、体内の血を小さな刃にして体外に出せるようになっていた。

 

 僕は、強くイメージした。

 目の前の……この、霧が紅く染まるのを。

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