ネルヴァ
剣はもう仕舞われていたが、はりつめた空気はいや増している。
周りも、この問いの意味を理解していた。
下手に答えれば、終わりだ。
ミザリーは《神の瞳》を知っているのだろうか。
もしーー僕が《神の瞳》を使ったと知ったら、ミザリーはどう出るのか?
言葉は、慎重に選ばなくてはいけない。
今もシーラの感知能力をすり抜けて、刃を向けられたのだ。
挨拶代わりのハッタリだろうが、姿勢が透けて見えるようだった。
「一度、ディーンに戻ろうとしたのですが……途中成り行きで死霊術師を倒し、エルフを助けたのです」
つっかえながらだが、嘘は言っていない。
死霊術師、と聞いてミザリーの肩がぴくりと動く。
「……続けるであります」
ここからが問題だった。
僕が王都に戻るのは、《神の瞳》を返すためだーーそれを率直に言うかどうか。
賭けだが、言うべきだ。
ミザリーは、敵じゃない。
死霊術師と戦う同士のはずだ。
《神の瞳》の力の件は、王都に戻ってから詳細を話すのでもいい。
とりあえず、持っていることは伝えよう。
エリスからの贈り物でもある。
それを伝えれば、無茶はしないだろう。
それに、すでに《神の瞳》を探し回ってる可能性もある。
後で嘘をついたのがバレたら、そちらの方が言い訳できない。
「エリスからもらった宝石が何やら重要なようで、アラムデッド王国に返却するためーー有志のエルフと王都に戻る途中でした……」
「ふぅむ……」
ミザリーは唸ると、腕を組んで考え始めた。
僕とミザリー、両者にとってこの遭遇は想定外だ。
「その宝石というのは、どういうものでありますか?」
少し手が震えながら僕は、胸元から《神の瞳》を取り出す。
今のところは眠っており、何の変哲もないルビーだ。
しばし、じーっとミザリーは《神の瞳》を凝視していた。
「はた目には、ただきれいなルビーでありますね。……魔術師でない私には、よくわからないのであります」
ミザリーは何も知らないのか……?
そうなると、《神の瞳》を知っているのは王族かアルマぐらいになりそうだった。
しかし、僕にもミザリーに聞きたいことがある。
ミザリーは王都を守る要のはずだ。
それが、なぜこんなところにいるのだろう。
《神の瞳》を懐に戻し、僕は聞いた。
「ミザリーさんは、なぜここに……?」
ミザリーは腕組みを崩さないまま、僕をみつめた。
素直に困ったという表情だった。
「ブラム王国と接する砦のひとつと、連絡が途絶したのであります……。そのため、王都周辺の貴族をかき集めに行く途中でありましたが……」
そこで、ミザリーは口をつぐんだ。
霧の中を伺うように、見回す。
「……お出ましでありますよ」
急に不機嫌そうな声を出したミザリーが、林の一本を見上げた。
僕も、その方向に目をやる。
濃い霧が覆うなか、人影があった。
林の太い枝にーー1人の少年が立っていた。
背中に翼がある。
珍しい有翼の獣人だ。
年と背格好は、僕と変わらない。
好奇心と面白さに突き動かされてそうな、お調子者っぽい顔だった。
今もかがんでこちらを眺めながら、にやりと笑っている。
「やぁやぁ! やっぱりミザリーさんはすごいなぁ……。どうして俺の気配がそんなに早くわかるのさ?」
ミザリーの顔見知り?
だが、ちらと見たミザリーは怒っているようだ。
「気安く人の名前を呼ぶな、であります!」
ミザリーは、いきなり剣を抜き放った。
しかも二刀流、噂で聞いた本気の戦闘スタイルだ。
少年は慌てる風でもなく、枝の上で立ち上がる。
翼があるためか、少しも身体が揺れない。
「おっと、自己紹介くらいはさせてよね! 聞かれる前に名乗るのが、俺の流儀なんだからさ」
甲高い声で、少年は続けた。
「俺の名前はネルヴァ! 再誕教団、五芒星大司教が1人さ! ま、一番の新参者だけどねぇ」
「なっ……!?」
「あれ、その反応……どこかで俺の教団について聞いたことある?」
しまった、あまりのことに反応してしまった。
いや、違う!
あいつはーー敵だ!
「ミザリーさん、あいつは……!」
「わかってるでありますよ!」
ミザリーは、すでに跳躍していた。
それも、ネルヴァに向かって一直線に。
両手の剣が、交差するように一閃する。
剣の軌跡を目で追うだけで精一杯だった。
霧もともに切り裂く剣撃だ。
だが、剣が通り抜ける瞬間にネルヴァの姿が歪んで消える。
「このぉ……!!」
樹木を蹴って、ミザリーが跳び跳ねる。
その先を見やると、そこにいつの間にか、ネルヴァがいる!
「瞬間移動っ!?」
僕が叫ぶと同時に、ミザリーが再び剣を振るう。
まさに、まばたきの間に切りつけている。
しかしまたもネルヴァの姿は霧の中に紛れて消えている。
援護したいが、そもそも動きが早すぎてついていけない。
「う~ん、俺のはもうちょい手が込んでるよ?」
「うあっ!?」
僕の足元に、ネルヴァが姿を現す。
その一瞬の後、ミザリーが着地し二刀流を見舞うーーと同時にネルヴァは姿を消していた。
空全体から、ネルヴァの声が響き渡る。
姿形はなく霧全体から反響しているようだった。
「ミザリーさん、最初に比べると動きが鈍ってるね。今日はもう寝たら~?」
立ち止まったミザリーが、ぎりりと歯を食いしばっている。
しかし反論はせず、悔しそうに剣をしまった。
「俺の信条は不殺、あと2日で計画は終わるーーはずさ。それまで、おとなしくしててよ!」
「まさか……」
僕はミザリーのさっきの言葉を思い返す。
貴族たちに会いに行く途中で、とミザリーは言っていた。
ミザリーは、力なく肩を落とす。
「そう……私たちの一隊は、もう2日も霧の中をさ迷っているのでありますよ」




