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紅き血に口づけを ~外れスキルからの逆転人生~   作者: りょうと かえ
死の主

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死霊嫌いの刃

 僕の意識がない間に、準備はすでに出来ていた。

 テントはほとんど片付けられて、最終確認の段階だ。


 僕やイライザが乗るのは、ブラム王国が高台へ乗り付けてきた飛ぶ馬だ。

 調べたところ罠はないし、質も申し分ない。


 元々はペガサスの血を引いており、白の毛並みがつややかに美しい。

 翼はないが、魔術によって空を飛べるのだ。


 とはいえ、すでに魔術は切れかかっている。

 グランツォほどの魔力がない僕たちには、使えてもあと数回、しかも長距離は無理そうだった。


 それでも、使い所によっては有用なのは間違いない。

 馬のたてがみを撫であげると、気持ち良さそうに鳴いてくれる。


 どうやら、僕を乗せるのは問題ないようだった。

 馬を見つめる僕に、イライザがゆっくりと近づいてくる。


「ジル様……ひとつだけ、約束してください」


「……《神の瞳》のこと?」


《神の瞳》の力は、未知数だ。

 少なくても死霊術を弱め、死んだ魂を味方にする力はある。


 しかし、それ以上は今はわからない。

 イライザもさすがに、伝説や神話以上のことを把握しているわけではないのだ。


「そうです……教団に対抗するのに、《神の瞳》を使うのは避けられないでしょう。でも死者の魂を呼び戻し、問い掛けるのは止めてください」


 言わんとしていることはわかる。

 単に敵の死霊術を弱めるのと違い、魂を使役するのは死霊術そのものと変わらない。


 グランツォの魂を呼び出せば、色々なことがわかるだろうがーーもし制御できなければ大惨事だ。

 今は試す気にもならなかった。


「わかってる。僕も、死者の眠りを妨げるつもりはないよ」


 その時、イライザの顔に悲しみがよぎった。

 僕の手を、ぎゅっと握る。

 熱い、僕はそう思った。


「それだけじゃありません……。クロム伯爵の知識を使うのも、避けてください! 危険です、どんな副作用があるか……」


「……それは」


 由来の知れない遺物からの、ありえない経路で得る知識だ。

 考えないわけではなかったけれども。


「ジル様……死霊術は歪曲、退廃、堕落そのものです。死者の知識も同じはずです。もし……ジル様の中に何かあったとしても、それに頼ってはいけません。聞いてはいけないのです」


 イライザは必死に懇願する。

 握られた手に、力がこもっていた。


 僕はーー頷く。

 イライザの懸念はもっともだ。


 僕よりも、死霊術についての脅威を熟知している。

 そのイライザが言うのだ、確かな危険があるのだろう。


 でも、予感は拭えなかった。

 確かな約束も口にできなかった。


 もし《神の瞳》を使うことで、誰かがーー例えばイライザが助かるなら。

 その時には、その時が来てしまったら。

 その選択をするかも知れない、と。



 ◇



 テントを引き払い、僕たちは荒野を駆け抜けていた。

 エルフ達も、高台に集まった時の馬で付いてきている。


 総勢は200人ほどだ。

 何十人かは、亡くなった人や説明のために村々へと行っている。


 一緒に走るのは、使命に燃えるエルフ達だ。

 馬も魔術的に鍛えているだけはある。

 ディーンの馬と同じくらいの速度だった。


 空は澄んで、ひび割れた大地の上をひたすらに走り過ぎていく。

 丘をいくつも超え、川を渡るのだ。


 とにかく、早くアラムデッドの王都に戻る必要がある。

 警戒網を気にする必要はなかった。


 モンスターも、この集団なら敵にならない。

 この速度だと二日で戻れるはずだった。

 ブラム王国の国境から王都までの距離を考えるとぎりぎりではある。


「あの山を越えれば……王都の近くに出ますです」


 シーラが、小高く黒い山を指し示した。

 薄く霧が出て、不気味な様相だ。


 霧の合間にくすんだ背の高い林が立ち並んでいる。

 陽が段々と傾きつきある中で、イライザが斜陽に包まれていく。


「あそこが、今日の夜営場所です。エルフ達の話では、魔力が不安定だそうですが……」


「その代わり、モンスターがいないんでしょ? そっちの方がありがたい」


 魔力が不安定なところは、気候が崩れやすい。

 その代わり、モンスターも近寄らないのだ。


 旅慣れた僕たちには、気候よりもモンスターの方が厄介だ。

 夜はなるべくなら、休息に当てたい。

 魔力を回復させるのは、眠るのが一番だからだ。


 速度を落として、ゆっくりとふもとの林に入っていく。

 葉や幹の濡れた、生臭さがある。

 カラスの鳴き声だけが、時折耳に入ってくる。


 実際、林の中はそれほど霞がかってはいない。

 見上げると黄昏を遮り、霧が覆っている。


 耳を上下させながら、シーラが感知をしている。

 エルフが200人いても、シーラの探知能力が最も高いのだ。


「モンスターの気配はしませんです、どうやら安全に――」


 シーラが、はっと僕を振り返った。

 見えたその顔に、恐怖が映っている。


 僕の喉元に、白刃が突きつけられている。

 気がつくこともできなかった。


 あまりのことに、周りも凍りついていた。


「……っ!」


 僕の馬の隣に立っているのは、はねた赤毛の女性だ。

 いつの間にかそこにおり、僕に刃を向けていた。


 やぼったい軍服に、アラムデッドではまだ珍しい眼鏡をかけている。

 彼女に、僕は見覚えがあった。


 アルマと一緒にいるところを、何度も見ている。

 なぜ、と問う前に――彼女の名前が口から出ていた。


「ミザリー……さん」


 冷や汗が流れるのを感じながら、僕は呟く。

 ちらりと眼鏡の奥が光ったかと思うと、軽い声で彼女は応じた。


「……ふむ、その呼び方はジル殿でありますな。幻や偽物の類ではないでありましたか」


 かちり、と音がする。

 剣はすでに柄に入っていた。


 アラムデッド最強の武人にしてアルマの懐刀、軍務大臣のミザリーだ。

 快活な声の持ち主のはずだけれども、最大限に警戒されている。


「では、聞かせてもらいたいであります……なぜ王都から姿を消したジル殿が、どうしてエルフをこれほど連れておられのかを」


 当然の疑問だ。

 しかし、エルフとのこと全てを話すわけにいかなかった。


 僕は、もう思い出していたのだ。

 彼女の役割と噂を。


 ミザリーは、大の死霊術嫌いで有名だった。

 ある意味見境なく、死霊術を根絶している。


 死霊術の痕跡を探し出し、殺し尽くす。

 一切の容赦をせず、躊躇もしないで。


 そして、さっきの立ち振る舞いは無謀でもない。

 いざとなれば、僕たちを一人で殺すほど――ミザリーは強いのだった。

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