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紅き血に口づけを ~外れスキルからの逆転人生~   作者: りょうと かえ
覚醒と帰還

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魂の闘い

 もうろうとした、クロム伯爵の喋りだった。


「クロム伯爵……あなたは死んだと聞いている。今も、完全に致命傷だったはずだ」


 肩で息をしながら、僕は答える。

 額を貫き、四肢を内部から破壊した。


 鎧だけを半分解除して、僕も顔をあらわにする。

 アンデッドでなければ、ありえない耐久力だ。

 クロム伯爵も、ある程度は自分のことがわかっているようだった。


「……そうか。エリスは、エリスのことは知っているか……?」


 エリスのこと。

 僕の胸がうずく。


 クロム伯爵は、まだエリスを想っているのか。

 信じたくも聞きたくもなかった。


「王宮にいるよ……あなたのようには、なっていない」


 表情は変わらないが、安堵の気配が伝わってくる。

 それだけで、僕はいたたまれなくなる。


「なら、いい……俺は、どうやら利用されていたようだな。まぁ、望んだ結果だ」


 クロム伯爵が、僕を見上げる。


 死ぬ前とはいえ、どうにもクロム伯爵は様変わりしていた。

 何か、原因があったのだろうか。


 あるとすればーー乗っ取られていたか、《神の瞳》か?

 目の前の彼がクロム伯爵の本性なはずがない。

 もしそうなら、婚約破棄などしなかったろう。


 事切れそうなクロム伯爵の瞳に、もうひとつの意志が宿った。


「あと心残りは……妹だ。リヴァイアサン騎士団団長のロア……俺の自慢の……」


「…………!」


「筋合いじゃないが……お前にしかもう、頼めない。ロアは……王都に向かっているはずだ」


 やはりリヴァイアサン騎士団、ブラム王国が動いていた。

 時間差からすると、もう間がないはずだ。


 それにしても、まさかクロム伯爵が僕に何かを頼むなんて。

 やはり何かが狂っている。

 死霊術で、おかしくなっているとしか思えない。


「ロアも、ろくに教団のことを知らない。使い捨てにされる……俺と同じように」


 すがるような、声色だった。

 僕はそんな頼みをされるとは、思ってもいなかった。


「僕には……」


「……舞う蝶のような……」


 そこだけは力をこめて、クロム伯爵が歌った。


「ロアの剣技を、見て……俺が褒めた言葉だ。……ロアも気に入っていた。二人だけの……言葉だ……」


 ついにクロム伯爵の言葉が、途切れ始める。

 しかし、まだ目の光は消えていなかった。


「……誓ってくれ……妹を……助けると」


 最期に勝手すぎる、願いだ。

 僕が聞くとでも、思っているのだろうか?


「あなたが僕に何をしたのか、忘れたのか!?」


 僕は声を荒げる。

 こんな頼みごと、聞く必要はない。


 なのに、もう一人の僕はクロム伯爵から目が離せない。

 兄と妹とブラム王国の戦力と。


 僕がクロム伯爵の妹を、退かせられるなら。

 今すぐに、王都に戻れば……。

 ブラム王国の中でも指折りの、リヴァイアサン騎士団を止められる。


「クロム伯爵……」


 言おうとした言葉を、飲みこむ。

 クロム伯爵の顔から、完全に生気が消えていた。


 結局、僕の怒りの前に事切れていた。

 頼まれるだけ頼まれて、逃げられた。


 そして本当の意味で、彼は死んだのだった。


「ジル様ッ!」


 僕を呼んだのは、高台に登ってきたイライザだった。

 ところどころ土埃がついていが、無事そうだ。


 アンデッドに遅れは取らないとは思っていたけれど……心の底から一安心だった。


 恐らく、他のアンデッドと戦っていたのだろう。

 高台の下にも騎士はいたのだ。


 だが、それも制圧したらしい。

 戦い全てが終わったのだ。


 イライザは、息を切らせて僕を心配していた。


「ご無事ですか……!?」


「なんとかね……」


 クロム伯爵の顔を見たイライザが、驚愕する。

 外交役なだけはある。

 彼の顔を知っていたらしい。


「彼は……!」


「アンデッド、だとさ。気をつけて、鎧が本体だ。まだ壊せてないから……」


 僕が矢継ぎ早に言うと、イライザは眉を寄せる。

 何かあるのか?


 イライザは手をかざし、クロム伯爵を調べ始めた。


「……魔力は剣の方が……」


「なっ……!?」


 その時、クロム伯爵の剣が反転した。

 見えない誰かが、握るように空に浮きーー僕に飛んできた。


 瞬時に身体を捻るが、間に合わない。

 そのまま白銀の剣が僕の胸を貫いた。

 衝撃、そして激痛が襲う。


「ぐっ……あああっ!!」


「ジル様ッ!!」


「寄るな……! イライザ!!」


 僕が言葉を振り絞った瞬間、奇妙なことが起きていた。

 全てが遅く、一瞬が引き伸ばされていく。


 イライザの恐怖にひきつった顔が、突き刺さる剣の動きが、緩慢に見えていた。

 そのなかで、僕の意識に老人のーークロム伯爵に重なっていた声の高笑いが入りこんできた。


『クハハハハ!! すんでのところで邪魔が入るところだったわ、小僧』


 意識と意識だけが、向かい合い響き合っていた。

 僕は、だまされたことに気がついた。


『剣が、本体だったのか……!』


 思い返せば、黒い波も変装を破った光も剣から放たれていた。

 鎧が本体という言葉を、信じてしまった。


『そうとも……ここまでやらねばならんとはな。心臓を一突きで終わるはずが……。これはワシにとっても最後の手段よ。誇っていいぞ、小僧!』


 剣を引き抜くしかないが、止まったかのように何もかもが動かない。

 このままではまずい――!


『もうすでに、貴様の意識は制御しつつある。ワシの声だけが聞こえ、止まって見えるるだろう? これが元に戻った時、貴様はワシの新たなる宿主となるのだ……!!』


 何か、何かないか!

 急速に僕の精神が磨耗していくのがわかる。

 深い闇が迫り、侵食しつつあるのだ。


『ワシは乗っ取った相手にしか、名乗らぬことにしておる。最後に聞くがいい……ワシは再誕教団、五芒星大司教が1人!! グランツォだ! クハハハハッ!!』


 目の前が、暗くなる。

 スキルの血で剣を弾き飛ばそうにも、思考がまとまらない。

 集中できない……!


『……なんだ?』


 グランツォから、戸惑いの声が漏れる。

 僕も薄れる意識と視界に、ありえないものを見た。


 目の先に、光に包まれたクロム伯爵の姿がある。

 肉体はそのまま鎧に閉じこめられていたが、もう一人のクロム伯爵がそこにいる。


 全身が淡く、乳白色に光っていた。

 まるで、何事もなかったかのように佇んでいる。


 僕は、これはクロム伯爵の魂だと直感した。

 死に際に、魂が抜け出して歩んでいる。


 それだけではなかった。

 クロム伯爵の魂が刺さった剣の柄に触れ、握りしめる。


『ありえん、どういうことだ!? クロム伯爵の魂はもう、ワシが燃やし尽くしたはず!』


 僕の目を見ながら、ぼんやりとクロム伯爵が言う。

 まるで、誰かにまだ操られているかのように。

 自分の意志では、ないかのように。


『《神の瞳》は……封じるだけじゃない。呼び戻すことも、送り返すこともできる』


『やめろ!! 無駄だ、王家の血がなければ《神の瞳》は使いこなせんぞ! 悪あがきに過ぎん!!』


 血……王家の血!!

 当然、手元にそんなものはない。


 だけど、僕の血は操作できる!

 運試しでさえないが、これしかない!

 クロム伯爵が腕を引き上げようとすると、迫ってきていた闇が弱まった。


 奇跡だ、奇跡が起きていた。

 ほんの少しだけ、僕は意識が集中できるようになる。


 スキルが、《血液操作》が出来るようになる。

 頼む、僕の血よ!

 《神の瞳》を目覚めさせてくれ。


 僕だけじゃない。

 グランツォの力なら、イライザもみんなも殺されてしまう。


 僕は必死に、血を動き回らせていた。

 もし《血液操作》が神からの第2の授け物というのなら。

 今こそーー示せ!


 僕が魂の叫びをあげた時、僕の胸から紅の光溢れだす。

 それは光の線になって、剣を照らした!


 グランツォが、咆哮をあげる。

 信じられないものを、突きつけられたかのように。


『馬鹿なぁぁぁぁ!? 覚醒が、神の力が…………こんな、小僧に!?』


 グランツォは狼狽し、剣も震えている。

 恐怖しているのだ。


 真紅の輝きがますます強くなって、グランツォの闇を打ち払っていく。

 ますますグランツォは荒ぶり、闇が引いていく。


『やめろ、やめろぉぉぉぉ!!』


 紛れもない、断末魔だ。

 僕は一層強く《神の瞳》に祈りをこめた。


 この暗黒を、死を嘲笑う者を消し去れと。

 死者のあるべきところに、帰れと!


『終わりだ、グランツォ…………!』


『ああああっ!! こんな、小僧なんぞにぃぃぃぃ……!!』


 ついに真紅の光が、爆発する。

 それでも僕の手は動かない。


 その時だった。

 頷いたクロム伯爵が、剣を僕から引き抜いた。

 直後、視界一面が塗りつぶされる。


 ついにグランツォの意識がーー遥か彼方に、吹き飛ばされた。

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