エリスから渡された宝石
屈辱が蘇り、足が震えそうになる。
クロム伯爵は、兜を地面に下ろした。
エルフ達の身動きが止まる。
クロム伯爵は、ブラム王国の大貴族だ。
アラムデッドでも相当に知られている。
それよりも、なぜ彼がここにいる?
死んだというのは誤報だったのか。
あるいは……僕と同じで姿を変えた他人なのか。
彼の正体を暴こうにも、僕も伝聞の情報しかない。
そこは攻めるべきではなかった
「私の財力は知っていよう! すぐに話をまとめれば、これだけの金が諸君らのものになる! さぁ、どうする?」
高台の下にいる騎士が、馬に備え付けられた厳重な箱を持ってくる。
騎士がのっそりと開けると、箱には黄金が敷き詰められていた。
「おお……な、なんという……」
「まぶしい、何ともまぶしい……!」
まばゆい黄金の輝きは、一瞬でエルフ達を飲みこんだ。
シェルムやシーラ、それに少数のエルフだけが動かない。
「さて、そこの君は……私の提案に不服があるのかな?」
来た、ここだ。
この程度はまだ、予想の範疇だ。
「ディーン王国が、すでに動いています。このまま戦いに向かうのは、賢明ではありません」
一瞬でエルフ達は意識を僕に向け、わめきたてる。
そのはずだ、ディーン王国は反乱の計算外のはずだった。
「ど、どうことなのじゃ!?」
「昨日、ディーン王国の人間が私たちの村を通過しました。その方々は、私たちの動きをある程度把握しているようです」
「な……! どうして止めなかったのじゃ!」
激するエルフ達に対して、シェルムがいかにも困ったような声を出した。
打ち合わせ通りに話を進めてくれている。
「エリス王女の婚約より、ディーン王国は同盟国でございます。書状もありましたし、お引きとめする理由がありません。それとも……会合で結論が出る前に、ディーンの人間を殺めても良かったのですか?」
「そ、それは……しかし、それでは……!」
黄金に目を奪われていた何人かが、居心地悪そうにする。
目が血走った者もまだ多いが、会合に迷いの芽が出てきた。
周囲に知られず決起しなければ、戦略的価値も半減する。
そもそもエルフの戦力は多くない。
ディーン王国やアラムデッド王国に待ち構えられたら、勝ち目は薄い。
もちろん、これは僕のハッタリだ。
実際は僕がここにいるわけで、ディーン王国は何も知らない。
しかし、ディーン王国にも近いエルフ達だ。
ディーン王国の勇猛さ、義理堅さは有名なはずだった。
わずかでも背後を気にしてしまうと動けなくなる。
しかしクロム伯爵は腰に手を当てて、いまだ落ち着き払っていた。
「待ちたまえ、諸君……いくらなんでも、早すぎる話だ。王都からここまでの距離! おかしくはないか?」
「そ、そうだ! 私たちの馬では1週間はかかる、それにどこからディーンがその情報を知ったのだ!?」
「……私がいますです」
シーラがすっと、前に出る。
彼女を知る者たちは、一斉に息を飲んだ。
「私が途中までの道案内を任されました。私が……どこから来たのか、ご存知の方もいるはず」
シーラのことは、議長もわかっている。
奴隷に出されたこと、そして今ここにいること、その意味は大きい。
「シーラ……試練を超え、数年前に王都に行った子だ……」
「……軽々しく、ヴァンパイアが子を手放すはずがない。人質でもあるはずだ」
悪くない流れが出来つつある。
シーラがここまで近隣の村にも知られていたとは、運が良かった。
クロム伯爵が、あごを下げて僕の方に歩いてくる。
彼もこのままでは引き下がれない。
「そして……証拠はあるのかな、君。全て臆病話に吹かれた、作り話ではないのか?」
エリス経由でなければ、これほど早く情勢はわからなかった。
全ての欠片が、僕の手元に揃っている。
僕は胸元から金の首飾り、つまり赤く見事なルビーを見せた。
エルフ達の視線が一斉に注がれる。
一目でわかるほど、高級な宝石だ。
イライザいわく、ディーンの贈り物としても通用するということだった。
「この宝石のついた首飾りはディーン人が、通行の礼として残していきました。他にディーンの金貨もあります。これで、信用してもらえますか?」
エルフ達に、いよいよ動揺が走りはじめる。
エルフの村にあるはずのない品は、大きな説得力があるという見込みは当たった。
もちろん、熱気が冷めきりはしないだろう。
不満や恨みが発端なのだ、それが解消されたわけじゃない。
クロム伯爵は、僕の手にある首飾りをまじまじと眺めている。
次の手としては、これに難癖をつけてくるか?
だが、返ってきたのは意外な反応だった。
「なぜ……秘石がここにある!? ワシらの悲願、対のうちの1つがどうしてここにあるッ!」
それまでの爽やかで、貴人然とした声ではない。
ひび割れ、老人のような金切り声が重なり、混じっていた。
クロム伯爵に何かが、起こっていた。
「レナールの奴、これを知っているのか!? 計画は、計画は…………王都はどうなっている!?」
絶叫しながら、わけのわからないことをわめいている。
クロム伯爵の視線は、僕の手にあるルビーに釘付けだった。
突然の異様な光景に、反乱派のエルフ達が駆け寄る。
「ど、どうなさったのです……使者殿!? あなたが頼りなんですぞ!!」
「そ、そうじゃ! あれは単なる宝石に装飾品、そなたの黄金の方が……!!」
「……黙れ」
クロム伯爵が冷たく言い放ち、剣の柄に手をかけた。
馬鹿な、どうして剣を!?
「危ないっ!」
僕が言い終わる前に、クロム伯爵は剣を抜き放っていた。
あまりに唐突だ、反応できない。
ミスリルの青白い刃が、鋭く振るわれる。
駆け寄ったエルフ達を、クロム伯爵は躊躇なく斬ったのだ。
血が舞いエルフが倒れるなか、クロム伯爵は僕に剣を向ける。
その先にあるのは、僕の首飾りーーいや、真紅のルビーだった。
欲望に汚く顔を歪ませ、クロム伯爵が絶叫する。
いままでの貴族の面影は、消え失せていた。
「秘石をォォ! 《神の瞳》を渡せぇぇぇ!!」




