負け続けた僕とイライザ
僕には僕の利益があり、動機がある。
エルフの動向を見極めるのは、ディーン王国の利益にかなう。
僕が逃げたのはヴァンパイアに拘束されて、ディーン王国の足手まといになりたくなかったからだ。
貴族たるもの、国の礎となるべきだ。
それが民のためにもなる。
とはいえこの計画は、イライザの協力なしには不可能だった。
「……認めてくれるかなぁ」
利があるのは明らかだと思うが、僕の話次第だ。
一呼吸して、僕はイライザの部屋をノックした。
◇
イライザの部屋も、僕と似たり寄ったりのそっけなさだった。
荷物のうち、幾分かは部屋で開けられている。
イライザは僕の様子を見るや、簡単に結界を張った。
椅子に座り、僕は『計画』を話始める。
変装して行くこと、うまくすればエルフ達の議論に混ざれることだ。
イライザは何も言わず、頷きながら聞いてくれた。
一通りの話を聞くと、イライザはベッドに腰かけたまま、うつむいた。
「ジル様、私は……反対です。そこまでする必要があるのですか?」
あえなく、反対されてしまった。
「宝石を持って帰れば、お金になるはずです。エリス王女の書状があれば、ディーン王国も多少は動きやすくなります。それで……終わりではないですか」
「……でも、エルフの動向は重要だよ。本当に危険そうなら、余計なことはしないし」
ほんの数時間の遠回りで、貴重な情報が得られるかも知れない。
あるいは、本当にうまくいけばエルフ達の反乱にも影響を与えられる。
「本当のことを、言ってください」
イライザが立ち上がり、僕に向かってきた。
ほんの少しだけ、苛立っているようだ。
「ジル様は何を感じて、そんなことを?」
イライザがかがんで、僕を見据える。
目と目とが、同じ高さになる。
感じている、か。
僕の心は揺さぶられていた。
建前でなく、本音をイライザは求めていた。
理由ではなく、感じたままを。
婚約破棄からここまでの旅、僕のありようを聞きたがっていた。
「僕は……」
イライザの瞳は真剣そのものだ。
ごまかすことなんて出来なかった。
僕は、拳は握りしめる。
初めて、口にする言葉だ。
言いたくないけれど、それだとイライザは納得しないだろう。
それに、イライザならわかってくれるかもしれなかった。
甘えと言われれば、そうだろう。
愛想をつかされるかもしれない。
それでも妹を除けば、口にできるのはイライザしかいなかった。
言葉にすれば、認めることになる。
それが、辛い。
でもイライザが聞きたいのは、それだと直感していた。
「……もう負け犬は、嫌なんだ。逃げたくないんだ」
心がずきりと痛む。
それでもしっかりと一言ずつ力をこめて、僕は言った。
「エリスから婚約破棄されて、ヴァンパイアに囲われそうになるのを逃げて……エルフから逃げれば、三度目だ」
手切れ金として渡された金飾り、今は僕の首にかかっている。
僕はシャツの下にある飾りを、指でなぞった。
「自分が……情けない。許せなくなりそうなんだよ」
イライザの瞳は、動かない。
僕は初めて、奥底を絞り出していた。
妹にだってこんな自分は、見せたことはなかった。
声がうわずっているのが、自分でわかる。
半分、泣きそうになっていた。
「僕がこのまま戻ってエルフが反乱すれば、エルフはたくさん死ぬだろう。所詮、ブラム王国に利用されてるだけだ」
「……そうでしょうね」
「やらせてほしい。出来ることが、まだあるんだ。僕には……僕だから、やれることがしたい」
僕は、視線を下げた。
イライザの顔を、見れなくなっていた。
イライザが近づく気配がして、僕はそのまま抱きしめられた。
優しく、僕の体を包みこむように。
「わかりました。負けるのは、負け続けるのは嫌ですよね……」
「……イライザ?」
僕を抱きしめる力が、少し強くなる。
イライザの声も、震えていた。
「私も、ずっとエリス王女に負けてましたし……」
「…………っ!」
「もし単にエルフを助けたいだけ、ディーンのためになりたいだけなら……反対です」
つとめて静かに、イライザが僕の耳元で言う。
「でもジル様がどうしても、そうしたいなら……心の底からそうしたいなら、私は手助けするだけです」
「……うん」
僕は、イライザをそっと抱き返した。
僕よりちょっと年上で、頼りになって、しなやかに強い人だ。
「無茶はしないでくださいね……それだけは、約束してください」
「もちろん、わかってる……」
父が死んで僕は覚悟を決めた。
妹と、家名のために生きようと。
だからこそ、僕は出来ることはなんでもしたのだ。
アラムデッドに来たのも、それが理由だった。
結局、何もまともには出来ていない。
今もディーンに戻る途中だ。
断ち切りたい。
それが一番だった。
確かに感じるイライザの体温が、僕を暖めてくれている。
本当にいい人が、僕の側にはいた。
意味がなくても、危険であっても、一人で出来なくても。
何か、何かしたかった。
ただ立ち去るだけじゃなくて、関わりたかった。
勝手な思いだけど、イライザは受け止めてくれた。
情けないような、ほっとしたしたような。
僕は、イライザに深く感謝した。




