リヴァイアサン騎士団
ジルがシェルムの村へと到着する、少し前――。
太陽が頂点に達し、熱気が大地を焦がしている。
峠道は、ブラム王国の騎士で埋まっていた。
ブラム王国に接するアラムデッド国境の砦が、燃えているのだ。
もとより大国のブラム王国と接している砦である。
打って出る拠点ではなく、守りのみを考えられていた。
それでも、歴戦のリヴァイアサン騎士団の前には無力に等しい。
ブラム王国の国力はアラムデッド王国の数倍、人口で言えば10倍を超えている。
その上、リヴァイアサン騎士団は全員が戦闘系のスキルを所持しているのだ。
突然襲い掛かる騎士を前に、奮戦も意味をなさない。
一時間に満たない攻防で、砦は陥落していた。
「昼間のヴァンパイアは、弱いんですねぇ。フィラー帝国の方が、よほど強いぜ」
ヴァンパイアの血で濡れた槍をかざしながら、緑の騎士ギリウスが呟く。
軽い声ではあるが、若さはない。
魔術が張り巡らされた槍と鎧は、超一流の騎士だけが身に着けられるものだった。
「……我々が強すぎる、それだけだ」
黒い髪をなびかせながら、ミスリルの軽装鎧をまとった女性騎士が前に出る。
盾も鎧もなく、細身の剣を腰に差していた。
警戒することもなく、二人は砦の司令室へと一直線に向かっている。
すでにアラムデッド軍は追い詰められていた。
砦に残っている者は、わずかな決死の兵しか残っていない。
騎士団の半分は、逃亡者の抹殺に全力を傾けていた。
通路の奥より、覚悟を決めた一人のヴァンパイアが飛び出してくる。
しかし、剣を交えることさえもない。
一瞬の後に、ヴァンパイアの首が宙を舞っている。
剣を抜き放つ動作もなく、一撃で終わっていた。
緑の騎士が、口笛を鳴らす。
「団長の剣閃、相変わらず見えないなぁ……恐ろしい」
「世辞はよせ、ギリウス……私は所詮、親の威光で団長になっただけだ」
クロム伯爵の妹、ロア団長はそのまま足早に進んでいく。
緑の騎士ギリウスは、敬意を隠さずに言う。
「またまた……謙遜が過ぎますぜ」
リヴァイアサン騎士団の最強の二人の前には、ヴァンパイアでさえ足止めにならない。
二人はそのまま、司令室へと乗りこんだ。
広い部屋内には、死の匂いが充満していた。
不吉の魔力が渦巻いている。
部屋の中には、一人の黒い魔女が座していた。
退屈そうに、杖を眺めている。
「はぁ……さすが、リヴァイアサン騎士団ですね……時間通りです」
倒れ伏したヴァンパイアが、そこかしこにいる。
外傷も臓物の匂いもないが、死んでいるようだった。
砦の重要書類は、すでに漁って机に並べられていた。
黒い魔女は意に介さず、二人に目を向けることもない。
いつもながら、心ここにあらずという風だ。
「大司教殿……クロム兄様は、どうであった?」
冷たく厳しい声で、ロア団長が問いかける。
やっと黒い魔女は、二人へと向き直る。
気だるげな声は、いささかも変わらなかったが。
まぎれもない戦場であるはずなのに、場違い極まりなかった。
「……まぁ、完全に死んでおられました……」
ロア団長の身体から、怒気が放たれる。
肉親であるロア団長に対して、あまりに気のない言葉だ。
ギリウスは、よく兄であるクロム伯爵の話をするロア団長を思い出していた。
クロム伯爵とロア団長は非常に仲が良かったようだ。
クロム伯爵は好色で有名だったが、どうあれ女に憎まれる男ではなかった。
多くの女性に好かれて、それが男に嫌われる。
クロム伯爵はそんな貴族であったと、ギリウスは記憶していた。
「……礼を失しているぞ、大司教殿」
「そうですか……はぁ、俗世の礼儀作法には疎いもので。申し訳ありません……」
ギリウスがため息をつく。
事前の顔合わせでも、この二人は水と油だった。
さっさと、話を前に進めた方がいい。
どうせ王命だ、不仲であっても遂行するしかないのだった。
「それで、事前準備は済んでいるんですかい?」
「もちろんです……秘石のために、この数百年を待っていたのですから」
ゆらりと黒の魔女が立ち上がる。
魔力が、一陣の風となって部屋を巡った。
倒れ伏していたヴァンパイアが、奇妙に震える。
関節の音を鳴らして、死者達が立ち上がった。
「恐ろしい術だな……」
不快感を混じらせつつ、ロア団長が言い放つ。
ギリウスも同意であったが、言葉にする勇気はなかった。
「はぁ……しかし、これしか芸がないもので……」
黒い魔女は悠然とこちらに歩み寄ってくる。
「ここから王都まで一直線、立ち止まることも後戻りもできんぞ」
「……問題は、ありません。王都の近衛騎士は、宜しくお願いしますね」
「そりゃいいが……本当に、アルマ宰相を任せていいので? あの女は危険ですぜ」
アルマ宰相は今でこそ戦場に出ることはないが、建国よりしばらくは前線に立っていた。
その時の強さは、今では生ける伝説として各国に残っている。
他に知れ渡っているのは、軍務大臣のミザリーだ。
ブラム王国の前線に立ち、幾人もの名の知れた騎士を討ち取ってきた。
「……アルマの手の内は、わかっています。遅れは取りませんとも」
これまでにないほど、語尾を強めて黒い魔女が強調した。
背の高い女性だ、近づくとロア団長よりも頭一つ以上大きな体格をしていた。
「エルフの動きは、どうだ?」
「……ああ……ヴァンパイアが恐ろしいのか、思いのほか鈍くて……どうしましょう?」
「エルフは作戦に必須ではないが、窮せば王都の守りに着くやも知れない。味方にしなくても、釘付けにしておくのがいい」
「はぁ……確かに。では、使いを出しましょう」
「忘れるなよ、貴殿らの教主は我がブラム王国の手中にある」
「あなたがたに、我らが教主を殺せるのですか……? 夢を摘み取りはしませんが……」
そう言うと、黒い魔女は司令室を出ていく。
青白い顔のアンデッド達も、彼女に続いていく。
不気味な集団と言わざるを得ない。
ギリウスは書類を机から拾い上げた。
二人ともアンデッドから距離を取って、司令室を出る。
間もなく、さきほどロア団長に首をはねられた死体があった。
自分の首を持ち、不自然に歩いていく。
「……クロム兄様……兄様のためにも……」
ロア団長が一瞬、天を仰いだ。
もとより失敗が許されない任務である。
しかしそれ以上の執念がロア団長に宿るのを、ギリウスは感じ取っていた。




