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紅き血に口づけを ~外れスキルからの逆転人生~   作者: りょうと かえ
覚醒と帰還

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26/201

黒い筒

 さすがにイライザ達も予想外だったのだろう。

 僕も今、こうなるとは考えもしなかった。


 警報魔術でわかったのだろうか。

 部屋全体の空気が、止まる。

 ちらと見たイライザは、エリスを唖然と見ていた。


 仮にもエリスは王女だ。

 無断侵入とはいっても、取り押さえるのは不可能だ。


 イライザの目が、剣呑になっていく。

 こんな時間に忍びこむのは、夜這いと思われたかも知れない。


 シーラのことも合わせれば、かなりの不信感だろう。

 ディーンの人間は動くに動けない。


 口火を切ったのは、エリスだ。

 一歩、踊るように僕と距離を取った。


 雲が流れたのか、カーテンから青い光が差しこんでくる。

 照らされるエリスは、美しくも恐ろしいヴァンパイアだ。


「もう、帰らなくちゃね……はい、後はこれ」


 エリスは黒い筒を、僕に両手で丁寧に手渡した。

 気にはなっていたが、これはなんだろう。


 中には他に、ずっしりとした重さがある。

 筒は、紐でしっかりと封じられていた。


「私からの、非公式の救援要請よ」


「……どういうことでしょうか?」


 イライザは外交役も兼ねている。


「ブラム王国軍が来るなら、狙いは報復ね。占領なんて考えずに、破壊と略奪で帰るかもしれない。……身勝手だけど、そこまで許したくはないの」


 本当にわがままな言い分だった。

 僕は、当然の疑問を口にする。


「クロム伯爵とエリス王女様のため、ブラム王国が動くと?」


「私とクロム伯爵も、もう口実でしかないわ。事態は、そこまで急なのよ。」


 すっと、エリスが扉の方に向く。

 もう話すことはないと言わんばかりだ。


「……準備してたの?」


「ええ、そうよ……遺書も書いてあるわ。用意はしておくものね」


 横顔のエリスが、もののついでのように続ける。


「ジル、あなたに悪いことをしたとは、ちょっとは思ってるのよ」


 エリスが、あごを引く。

 決まりが悪そうな素振りだが、本当にそう思っているかはわからなかった。


「中には宝石が入ってるわ。ちゃんとしたところで売れば、一財産にはなるはずよ」


「手切れ金ってこと?」


 僕は、黒い筒に目を落とす。

 わずかに銀色の装飾が施された、高価そうな筒だ。

 重さからすれば、かなりの物が入っていることになる。


「……そう思っても、いいわ」


 エリスは口をつむぐと、悠然と扉へと向かっていった。

 僕からは、エリスの表情がよく見えない。


 エリスの背中を、一層強く月明かりが映し出す。

 銀の髪がなびくと、王族の威厳が室内に満ちはじめる。


 イライザは、まごついているようだ。

 帰る王女をひきとめるわけにはいかない。

 護衛も状況に戸惑っている。


 イライザが心配そうな目線を送ってくる。

 僕は、しっかりとイライザに頷き返した。


 止めることはない。

 帰りたいなら、帰らせればよかった。


「エリス王女を、送ってあげて」


 僕ははっきりと、宣言した。

 イライザと護衛が道を開ける。


 そのまま出ていくものと思ったエリスは扉の縁、イライザの横で足を止めた。


「もう少し、想いは心に秘めないとね……宮廷魔術師さん?」


「…………っ!」


 イライザの顔が、こわばる。

 ほんの少し愉快そうな調子で、エリスが続けた。


「ま、好きにすればいいわ。私もそうしたのだしね」


 エリスが僕の部屋から出ていった。

 数人の護衛が、エリスについていく。


「ジ、ジル様……!」


 イライザは反対に、僕に駆け寄る。

 声の震えかたは、まるで泣きそうなくらいだった。


「申し訳ありません、補佐として失格でした!」


 深く、イライザは頭を下げた。

 イライザのせいじゃないのは、わかってる。


 もともと、婚約者として訪れたアラムデッドの王宮内だ。

 アルマの意志があるのなら、なおさらすり抜けるのは容易かったろう。


 僕は、イライザの肩にぽんと手を乗せる。

 衝撃的な一幕だったが、気をとられている時間はない。


 僕の心も、定まった。

 もうエリスの婚約者ではない。

 エリスの心は、僕に寄せられることはない。


 今は、一旦ディーン王国に戻ろう。

 盗賊の件も、エリスの言ったブラム王国の動きが気になる。


 僕はもう、エリスの本音がわからなくなっていた。

 わかるのは、僕がここにいるのはディーン王国のためにもならないことだ。


 ディーン王国がどう動くかはわからないが、僕が自由でないといけないだろう。


 今日一日でアルマ、シーラ、盗賊、エリスと多くのことが起きすぎた。

 全てが僕を囲うためのものだ。

 しかも僕の思いも尊厳も無視するやり方だった。


 アラムデッドから離れるべきだと、僕の本能が強く告げている。

 エリスからも、形だけとはいえ救援要請を受け取ったのだ。


 迷う材料はもうない。

 捕まらないように、アラムデッドを去るのだ。


 同じような懸念を、イライザも持ってくれているだろうか。

 僕は静かに、けれどしっかりと言った。


「作戦会議だ、イライザ」


「どう、されるおつもりですか?」


 不安の色を残すイライザに、僕は声をかける。

 シーラも、護衛の影からひょっこりと姿を現した。


「一度、ディーンに戻る」


 明日からどんな工作にあうか、想像もしたくない。


 最悪の場合、イライザも巻きこまれかねない。

 ありがたいことに、イライザは安堵したように息をついた。


「それは、私も賛成です」


 やはりシーラの件が大きかったか。

 イライザからすれば、あれほどのエルフをぽんと渡すのは、僕よりも理解不能なのだ。


 正直なところ、イライザなしでは帰国は難しいところだった。

 僕たちは頷きあい、イライザの部屋へと足早に向かった。


 イライザの部屋には、アラムデッドとディーン間の詳細な地図がある。

 アラムデッド王国を中心に、西に座するのがディーン王国だ。


「今なら、王都を出るまでは簡単にいくでしょう」


「……そうなのです?」


「王宮も王都も吸血のために、ヴァンパイア以外の出入りが非常に激しいのです。そこまでは問題ありません」


「問題は、追いかけられたときだね」


 ここまで、僕を置いておきたいのだ。

 黙って去らしてくれればいいが、追っ手がかかる可能性がある。


 僕はアルマの恍惚と輝く目が、忘れられなかった。

 盗賊の黒幕も問題だが、やはりアラムデッド王宮からというのが妥当だろう。


 盗賊を使う中途半端な作戦からして、それほどの戦力があるとは思えない。

 今なら、出し抜ける可能性はかなり高い。


「普通に聖宝球沿いにいけば、追いつかれるでしょう」


 モンスターは、聖教会が造る聖宝球の結界には近寄れない。

 スキルの授与とともに、聖教会の重要な役割でもある。


 村や街には結界が途切れないよう、聖宝球は置かれている。

 この結界の道が、交通の大動脈となっている。


 必然、最速で移動するのは聖宝球沿いになる。

 それ以外では街道の整備も遅れてるし、モンスターと出くわす恐れがあるのだ。


 シーラがすっと、地図の一地方を指差した。

 見ると、エルフの村が点在しているようだ。


 他を追われてアラムデッド王国に移り住んできたエルフ達だろう。

 聖宝球から離れたエルフの村々は、保守的で警戒心が強い。


 距離は最短に近いが、横断するのはかなりリスクがある。


「……私の故郷の村を通れば、どうでしょう?」


「生まれは、その地方なの?」


 シーラがアラムデッド王国出身なのはわかっていたが、まさかちょうどディーン王国との間だったとは。


「この辺りは、私と同じ部族です。私のことはみんな、知っています。それに、ヴァンパイアもあまりいません」


 シーラが、自分の髪先に触れながら言う。

 奴隷として、自分を送り出した故郷だ。


 僕はアラムデッド王都から、エルフの居住域、ディーン王国の国境都市までの道筋をなぞっていく。

 距離は聖宝球沿いで行くよりも、かなり短い。


「エルフが住んでいるのなら、モンスターを狩りながらの生活のはずです。モンスターの数も多くありません」


「はい……故郷では、生活の糧をモンスターからも得ていました。周辺はモンスターが多数いますが、このルートなら……」


 シーラが、王都からエルフ居住域までを指でなぞっていく。

 悪いが契約魔術の影響下にあるシーラは、嘘をつくことができない。


 ルートはこれでいいだろう。

 アルマはさっき来たとき、明日から警備を倍にすると言っていた。


 もう、思い残すことはない。

 早く立ち去った方がいい。


 日の出とともに、らんちき騒ぎは終わり、他種族は王宮から帰っていくのだ。

 狙うのは、そのタイミングだろう。


 婚約破棄からまだ一日も、経過していなかった。

 それにしては自分でも驚きの考えだ。


 しかし、迷う時間もない。


「次の朝には行動に移したい。……準備しよう」

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