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闇の中のエリス

 晩餐が終わり、僕は自室に一人でいた。

 月は、まだ雲に隠されている。


 ベッドに腰掛けながら、僕は棚の上の皿に意識を向けていた。

 何枚もの皿の上に、血で作った彫刻ができている。


 小さいながらも弓、剣や馬だ。

 馴染みのあるものから、僕は作っていた。


 イライザからは、目を閉じて集中すれば早くできるだろうと言われていた。

 差し迫った場面でなければ、事前に形作ればいいのは確かだ。


 僕は目を閉じ、武器ではなく盾を試みた。

 刺が出たり、敵の武器を絡めとったりするのは面白そうだ。


 問題は、イメージだ。

 すばやく動かさなければ、意味も半減してしまう。


 僕は、皿の血に触れたまま丸い盾を思い浮かべた。

 まずは基本形から一つ一つだ。


 かたり、と窓から音がした。

 ちゃんと閉めたはずの窓だった。


 ふと目を開けて見ると、僕はひっくり返りそうになった。

 カーテンの隙間から漏れる月明かりの中、エリスがそこにいた。


「え……っ?」


 言葉につまる。

 エリスの銀髪が、幻想的になびいている。


 どうやってここに?

 ディーンの護衛は交代交代で、不在の時などないはずだ。


 それに館には、イライザの警報結界もある。

 護衛の目を盗んでも、イライザと控えの警備が飛んでくるはずだった。

 考えられるのは、よほど高度な魔術かスキルしかない。


「……またつまらないことを考えているのね、ジル」


 聞き間違えようもない、エリスの声だ。

 しっとりと身体にまとわりつくような、美しい声だった。


 そのまま、エリスはベッドの側まで滑るように歩いてくる。

 普段の、胸元が強調された王女然としたドレスではない。


 首や手首まで隠れた、黒の服をまとっている。

 始めてみる、エリスの服だった。

 腰には、灰色の細い筒を差している。


 騒ぐべきなんだろう。

 大声を出して、エリスを追い出すべきた。


 頭ではわかっていても、もう一人の僕が語りかけてきた。

 エリスと会話できるのは、これが最後かもしれない。


 髪をかきあげ、エリスが僕の作った血の彫刻に手を触れる。


「これがアルマの言っていた、新しいスキル? ……血を操るのね」


 エリスが言うや、彫刻がぼろぼろに砕けた。

 強い魔力を流したのか。

 手を離れた血は、あっけなく壊された。


「ねぇ、ジル……アラムデッドにいつまでいるつもり?」


 思ってもみなかった、エリスの言葉だ。

 どうあれエリスが来たのは、ひき止めるためだろうと直感していた。

 素直に悪かったなどと、エリスが僕に謝るわけがない。


「そう、長くはいないつもりだよ」


 意図するところがわからず、とりあえず正直に僕は答えた。

 エリスが、優雅に僕の横へと腰かける。

 視線は僕ではなく、正面を向いている。


「……なら、早くした方がいいわよ。ブラム王国軍が来るから」


「なっ……!」


 驚きに、言葉がつまってしまう。

 クロム伯爵が用意してたのか?


「私の推測でしかないけど、多分リヴァイアサン騎士団がくるわ」


 その名前は、僕にとっても馴染みのあるものだった。

 四代前の先祖が、一騎討ちでリヴァイアサン騎士団の団長を破っているのだ。


 僕の家でも、最上の武勲の一つであった。

 逆に言えばそれほどの名門であり、精鋭ぞろいということだ。


 エリスが、僕に向きなおる。

 瞳には、冷たい怒りが浮かんでいる。


 この距離、もしエリスが僕に飛び掛かってくれば命はなかった。

 剣でも魔術でも、僕はエリスには敵わない。


「アルマは、あなたをアラムデッドに置きたいみたいね……。私にひきとめるよう、言ってきたわ」


 僕は握ったシーツに、力がこもるのを自覚した。

 エリスが訪れたのは、自分の意思ではなかったのだ。


「だから、私はその逆をする。アルマなんて大嫌い。彼女が作ったこの国も、つまらない掟も私には必要ない!」


「それ、は……」


 ここまで激しい物言いは、初めてだ。

 現状が不満なのは、僕との婚約だけだと思っていた。


 アラムデッドを牛耳るアルマに、反発する貴族が少なくないのは知っている。

 建国から数百年、ずっと宰相の座にいるのだ。

 恨みや憎しみが集まるのは、僕でもわかることだった。


 エリスが僕の頬に、そっと右手を添える。

 これまでにない程の優しさで。


「クロム伯爵は、私に約束してくれたの。ブラム王国と一緒に国を変えようって」


 ゆっくりと手を上下させて、エリスが僕の頬を撫でる。


「レナール兄様のことは、知ってる?」


 かすかに、聞き覚えがある。

 今のアラムデッド皇太子の兄で、病気療養のために、王都を長いこと離れている人物だ。


 5年以上、表舞台には名前が上っていない。

 当然、面識はなかった。


 僕は小さく、エリスに頷いた。


「アルマと大喧嘩してしばらくしたら、王都から姿を消したわ。私に、とってもよくしてくれた兄なのに」


 エリスが、唇をかんだ。


「お父様もアルマの言いなりよ。無理もないわ、子どものときから教えこまれてきたんだもの。アルマの意思を自分の意思と思ってしまうくらいには」


 思わぬエリスの告白に、僕は言葉を挟めない。

 エリスの眼の光が、よりいっそう冷酷さを増してくる。

 僕はエリスの止まらない言葉を、聞き続けるしかなかった。


「クロム伯爵は、もう死んだみたいよ。……アルマはあなたをひきとめれば、最後に別れを言わせてくれると、約束したわ」

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