行軍②
次の日、僕はサイネス側へとコンタクトを取った。
用件としては単なる会食、場所は両陣の間で。
実際、関係改善以外の意図はない。
返事はすぐに来た。
サイネスの側近である貴族が書簡を携えてきたのだ。
彼は僕の天幕に現れると、身体を縮めながら挨拶をした。
イライザと念のため、シーラも同席している。
訪れたのは細面で背の高い男性だ。長めの金髪と頼り無さげな目が印象的だった。
手に持つ黒革のバッグに書状があるのだろう。
肉の少な目な体つきからすると、武官とは思いにくい。文官か魔術師だろう。
他に目を引くのは胸元に光る勲章だ。
5つの神を模した意匠、銀を惜しげもなく使ったアクセサリーは上級貴族の証。
目を泳がせながら彼は、僕に挨拶をした。
「サイネス様の参謀を勤めさせていただいております、ノートラムと申します」
側に控えるイライザが僕に耳打ちする。
『宮廷貴族、伯爵のノートラム様ですね。悪い噂のない温厚な方と評判ですが……』
「ご丁寧に痛み入ります、どうぞお掛けになってください」
立って挨拶しながら、着席を促す。
さすがに僕が自己紹介するのは嫌みが過ぎるだろう。
なにせ僕は彼を率いる立場にいるのだから。
ノートラムはまた頭を下げて、落ち着きなく席に座った。
なんというか、ここまで貴族らしくない人も初めてだ。
サイネスの側近ということは、これまでにも面識はあったはず――だが印象にはまるで残ってない。
シーラがゆっくりと紅茶を出す準備を始める。
護衛でもあるシーラの意識は紅茶よりもノートラムに向いているが。
「こ、こちらが若様からの書状になります。早速読み上げても……?」
ノートラムは筒をバッグから取り出しながら言った。
「……どうぞ、お願いいたします」
「では、失礼しまして。ま、まず……お招きを感謝いたします。急遽編成された軍にて雑事に追われており、諸々の欠礼を働かざるを得ないこと、申し訳なく思います」
意外だ。
素直に謝ってきた。
もう少し屁理屈をこねるかと思っていたけれど。
ちらと見たイライザからも、安堵の空気が感じられた。
「いまだ乱雑なる我らの陣幕ではなく、ジル将軍の用意される天幕にて会談の申し出、まことにありがたくお受けいたします。つきましては、詳細はノートラム伯爵まで――」
彼は言葉を切ると書状をまとめて筒に入れた。
「ど、どうでしょうか……? 若様は早期の会談を望まれていますが……」
「せっかくですから、早めの会談の方がよろしいかと。明日の夜ではいかがでしょうか?」
僕の言葉にノートラムは首をぶんぶんと縦に振った。やはり落ち着きのない動きだ。
「承知いたしました。ええ、それで大丈夫かと思います。若様にも、しかとそのように」
シーラが紅茶を出す前にばたばたとノートラムは立ち上がろうとする。
僕はまだ紅茶を用意しているシーラを気にかけつつ、
「お茶でもどうでしょう? まだ時間はあるかと思いますが」
ノートラムを引き留めた。
サイネスの側近としてはノートラムは貴族的でない気がする。
まぁ、僕もよく貴族的ではないと言われるのだけれど。
サイネスはあまり気に入る人物ではないが、ノートラムとは気が合うかもしれない。
「は、はぁ……で、では……」
ノートラムは座り直した。
首を回しながら周囲を伺う彼に、僕は声をかける。
「……どなたかお探しで?」
「ああ、ええ! アエリアさんがこちらにいると思ったのですが……」
「アエリアですか? 近くの天幕にいると思いますが……。彼女が何か?」
「私の家は交易を少々していまして。彼女とは面識があるのです……最近はなかなか、お会いできていませんでしたが。アラムデッド王国ではお世話になりましたので……」
「なるほど……」
僕は兵を呼んでアエリアを連れてくるように言った。その様子にノートラムが恐縮して手を振る。
「ああ! 申し訳ない……催促したわけでは」
「このような時です、旧交を温めるのもいいかと……」
「…………しっかりとしておられますね。若様も見習っていただきたいくらいです」
シーラがちょうど紅茶を用意し終えた。
僕達の前に静かに並べていく。
ノートラムはその様子を微笑ましそうに見ている。
「お手数をおかけしますね、後でこれを食べてください」
ノートラムはバッグから平べったい箱を取り出して開けた。
中にはクッキーが入っている。
そのまま親戚の子にするように、ノートラムは気軽にシーラへと渡した。
「…………あ、ありがとうございますです」
明らかに困った顔のシーラが僕を見上げる。
僕は苦笑しながら、そのまま貰っておくようにと身振りで伝えた。
だいぶ、変わったお人だ。
そう思っていると天幕の外から声がする。
どうやら、アエリアが到着したようだった。




