出立⑧
暗く、陰鬱な洞窟の中に彼女はいた。
ここはブラム王国の王都より程近い、再誕教団の本部である。
再誕教団の大司教、黒の魔女ゼファーである。
長身と杖を曲げて、彼女はひれ伏していた。
彼女の目の前には、質素ながらも玉座がある。そこには壮年の男が一人、片ひじを付きながら思案をしていた。
洞窟と玉座に不釣り合いなほど豪勢な衣服と王冠、白髪混じりの金髪に深いしわが刻まれた顔の持ち主である。
「……イヴァルトが取られた」
さして面白くもなさそうに、男はゼファーにひとりごちた。
「思ったよりも早い。計画が露呈するやもしれん」
「……陛下…………なれば、出航は?」
男の名前はブラム王国国王、ライン五世。
彼は単身、教団の大幹部と向き合っていた。
「船団と船員、地図は揃った。しかし、案内人が――『器』が見つからぬ」
「……畏れながら、主がおらずとも…………」
「却下する。計画には万全を期す。不確定要素は、排除せねばならん」
にべもなくライン五世は言い切った。
「器――エリスと言ったか。あれも惜しいことをした。なぜか、覚醒が始まってしまったからな……制御する前に」
「…………」
「時間稼ぎをせねばならん。ヘフランには大軍を差し向ける……が、戦線維持は一年が限度であろう」
「承知しております……」
「なんとしても器を再構築しろ。でなければ、出航はせぬ。そなたらも我らも共に破滅するのみよ」
「……はっ…………」
「ゴーゴンを使うがいい、ゼファーよ」
平伏していたゼファーが、初めて肩を震わせて反応した。
それは精一杯の拒絶の意思の現れだった。
「……あれは、制御できません……甚大な被害が出るでしょう」
「敵味方、共にか? 問題ない。ブラム王国の全ては使い潰す。クロム伯爵のようにな……」
そこでライン五世は立ち上がり、改めて洞窟の中を見渡した。
「……教主は、今日もおらぬのか?」
「申し訳ありません……体調が優れぬようで…………」
「ふん……まぁ、よい。器とゴーゴンの件、しかと伝えよ」
厳しく命令したライン五世は、そのままきびすを返して洞窟から去っていった。
残すはゼファー、ただひとり。
完全にライン五世がいなくなってから、闇の中より気配が一つ現れた。
ゼファーの前に立つのは、小柄な少女である。金髪に紅い瞳に、黒い魔術師の服を着込んでいる。
可憐という風貌だが、異様なまでに肌が白い。病的な雰囲気があった。
「やっとお帰りになれましたか……。やれやれ、私はどうもあの方が苦手で……」
静かに澄み渡る声で、申し訳なさそうに少女は言った。
「ごめんなさいね、応対を任せきりにしてしまって」
「いえ、なんということはありません…………教主様……」
教主と呼ばれた少女は、いきなり玉座を蹴飛ばした。
そこには何の敬意もなかった。
「……怖いもの知らずの王様にも、困ったものです。まさに後がないからかもしれませんが……」
「……ゴーゴンはお使いになるので……?」
「気乗りはしませんが、スポンサーの要請とあれば無下にはできません。使いなさい、ゼファー……」
教主はため息をつきながら、
「最強の五芒星大司教、ゴーゴンを解き放ちなさい」




