出立③
「な……! 大公ッ!?」
サイネスが驚愕しながらナハト大公を見ていた。
いち早くイライザがナハト大公へと深々と礼をする。サイネスへと鼻を鳴らしたツアーズも、それにならった。
「ご足労頂きまして、まことに恐れ入ります」
「なんのなんの、元はわしが言い出したことゆえのう。区切りくらいは、顔を出さねば。でなければ、収まらぬ者もいよう」
「……ぐっ……」
まさにその真っ最中だったサイネスは、歯噛みして押し黙るしかない。
さすがにナハト大公相手に、ツアーズと同じ様に食って掛かるのは不可能だった。
「血気盛んなのは喜ばしいことではあるがのう、サイネスよ。ツアーズも困っておろう。わしでよければ、代わりに聞こう」
太い身体を揺らしながら、ナハト大公が教壇に近づく。彼の言葉に不満や苛立ちは少しもない。
むしろ、親戚の子どもに言い聞かせるかのような調子だ。
サイネスは一度目を閉じて呼吸を整えると、
「なら、お伺いしよう。なぜジル男爵を将軍に? しかも3000の兵を委ねるなど、いささか過大評価が過ぎるのではないか。無論、歳も若すぎる……率直に言って、私を含めて皆が不安を抱くのもわかろうというものだ」
と、一息に言い切った。
「ほうほう……ひとつずつ答えていくとしようかの。まずジル男爵を将軍にしたのは、聖教会の意向もあってのこと」
「聖教会……?」
サイネスの訝る声に、僕ははっとした。僕が守護騎士になることも、知らないのだ。
「もう公にしてもよかろう。そこのジル男爵は、この出陣の前に700年間、空位になっていた守護騎士に就任する」
「なぁっ!?」
一気に講堂内がざわめく。イライザは少し、得意気だ。
「これは決定事項ゆえのう。もはや覆る余地はない」
「ば、ばかな……守護騎士、だと……?」
わなわなと震えるサイネスが、イライザを見て――僕に視線を移す。紛れもなく、困惑していた。
「ええ、少し前から内定されています」
「知ってたのか、それを……」
「無論です」
言葉を無くすサイネスを置いて、ナハト大公は続ける。
「アラムデッドの騒乱は、かつてない危険が――死霊術師の災いがあることを明らかにした。それを未然に防いだジル男爵の功績は大きい。いまだ全てを明らかには出来ぬが、聖教会もジル男爵を高く評価しておる」
こほん、と咳払いをしたナハト大公は、ライラに立つように促す。
「……ここにおられるのは、高等審問官のライラ殿だ」
講堂の貴族たちがぎょっと固まる。
僕も初対面の時は、そうだった――審問官に対する警戒心は、貴族でも拭い去れるものではない。
軽くお辞儀したライラは、
「あえてこれまで身分は語りませんでしたが、改めまして。高等審問官のライラです。ナハト大公の仰ることは全て事実――守護騎士になるジル様には、教主も多大な期待を寄せています」
「うむ、その通りじゃ。守護騎士の名は……重い。それなりの立場を与えねば、示しがつかぬでな」
「し、しかし……いくらなんでも、荷が勝ちすぎる。皆もそう思うであろう!?」
なおもサイネスは呼び掛け、食い下がる。
「ジル男爵の成績を、そなたも知っておるはずじゃが……。補佐としてガストン将軍をつければ、問題はなかろう」
「だ、だが! 聞いたことがない! 男爵で20歳未満で、将軍などと……!!」
「たしかに前例はないのう……」
そこでナハト大公はわざとらしく、ため息をついた。
「困った、そなたらがここまで反発するとは…………。これでは【戦後】も考え直さなければならんな」
「……戦後?」
「どうあれ、ブラム王国の領土は大幅に削られる。ヘフラン派遣軍はそのまま、ブラム王国へと反攻させ――領地は切り取り次第にしようかと思ったのだが」
それは初耳だった。これまでの大陸の戦争では、領土は結局奪い奪われだ。
特に三大国の領土は、数百年単位で見ると大きく変わってはいない。
しかしナハト大公の発言は――それを崩す、というように受け取れる。
ブラム王国を滅ぼし、その土地をディーン王国の支配下にすると聞こえた。
「若いそなたらに先陣と武功の機会を――と思ったじゃが……余計なことだったか?」
くすぐるような調子で、ナハト大公は講堂の貴族を眺めた。
少しの沈黙の後――グロノ子爵の矢のような叫びが響いた。
「大公様、そのお言葉は本当ですか!? 武功によっては、さらなる領土も……!」
「二言はない。フィラー帝国とも、大筋で合意しておる……つまりは早い者勝ちじゃ」
その言葉で、ぎらりと貴族たちの目の色が変わった。
それはサイネスの敗北のように、僕には思えた。




