決闘
今回はやや残酷なシーンがあります。
閲覧にはご注意下さい。
騎乗して迫る護衛達は5人だが、シーラもいる。
先ほどの戦いぶりはやはり、盗賊たちに恐怖を植えつけていた。
「に、にげろーーっ!」
三分の一くらいの盗賊が、羽飾りの男を見捨てて逃げ出す。
残りは武器を構えて、逆に突進してくる。
半ば、やけっぱちなのだろう。
護衛達でも、向かってくる馬の勢いは無視できない。
なにより、自分の馬を盗賊如きに傷つけさせはしない。
横にそらしてすれ違いざまに斬りつける者や、魔術で盗賊を撃つ者と様々だ。
シーラは、突っこむ騎馬にまた飛び掛かる。
シーラが右腕を振り抜きながらすり抜けると、盗賊のわき腹がなくなっていた。
別の盗賊に馬上槍で襲われても、シーラは信じられない戦い方をした。
槍の先端を掴むと、そのまま馬上から盗賊をむしり取ったのだ。
「う、うあああぁぁ!!」
宙でじたばたする盗賊ごと、槍を薙ぎ払う。
他の盗賊にぶち当たると、当然二人とも吹き飛んでいった。
瞬く間に盗賊たちは馬から叩き落とされるか、斬られていく。
馬上の戦いは、練度がものを言う。
不慣れな盗賊たちは、馬を使いこなせていなかった。
シーラは例外としても、騎馬同士の戦いでも相手にならない。
「……ここまで見てえだな、お坊ちゃんよ」
騎馬戦は、僕と羽飾りの男の間で起こっていた。
戦いの趨勢は、明らかだ。
馬を乗り捨て、脇目もふらず森に逃げ出す者もいる。
後はもう、数人の盗賊と羽飾りの男だけになっていた。
「覚悟はいいか、盗賊!」
僕が呼ばわると、羽飾りの男はにやりと不敵に笑った。
男は剣を抜き放つと、両手で顔を隠すように持った。
決闘を始める時の、構え方だ。
明らかに、僕と一対一で戦おうという合図だった。
こちらには、弓がある。
そもそも僕は、貴族でもない相手からの決闘を受ける義理はない。
しかし仲間が逃げて死にゆく中でも、男は堂々としている。
僕に勝っても、護衛達が彼を殺すだろう。
分かった上での、行動だった。
僕たちを呼び止めた演説も、配下の動かし方も平民離れしていた。
貴族か騎士くずれの盗賊かも知れない。
武功の家に育った僕としては、ひとかどの人物からの挑戦は、受けなければならない。
それが名誉であり、誇りなのだ。
「いいだろう、挑戦を受けよう! みんな、手出しするな!」
「ありがてぇぇ!」
護衛達も同じディーン人だ。
僕の気持ちを汲みとり、道を開け脇にどく。
男が吠えながら、僕に走り寄る。
僕も剣を抜いて、両手で構える。
右足を前に出し、腰を落として万全に備えるのだ。
同時に、弓に意識を集中する。
弓となった血よ、鋭くなれ。
つたのように、剣に絡め。
赤い弓が流動し、形が崩れる。
弓を形作っていた血は、そのまま柄から剣へと昇っていった。
剣にまとわりつくように、渦を描いて血が走る。
「うりやぁぁ!! くらえい!!」
羽飾りの男が、横薙ぎに剣を振り抜く。
かなりの早さだ、やはり他の盗賊とは一味違う。
僕は衝撃を受けながらも、剣で弾く。
技量では僕が上だと思うが、体格では男が有利だ。
速攻で終わらせる。
男はさらに連撃に入る。
弾き返しながら、僕は血に命じる。
刃の血よ、刺になれ。
しなやかに、いばらのようになれ!
決闘でも、スキルの使用は認められている。
悪いが、存分に使わせてもらう。
剣と剣がぶつかり火花散らす中、刃にまとわせた血がしなって飛び出す。
それはまるで、尖った鞭だった。
跳ねる真紅の鞭が、素早く男の右腕に突き立つ。
たったこれだけだが、正面からの斬りあいでは有用だ。
剣の切れ味は悪くなるが、防御は難しい。
鞭が筋肉を一撃し、男が顔を歪ませる。
男の力が抜けた瞬間、僕は剣に力をこめた。
下段から、上段へと一気に振り上げる。
狙い通り男の剣は弾かれ、そのまま宙を舞う。
地面に落ちた剣を見て、男は膝をついた。
両腕からは血が流れ、手を所在なく開いている。
戦いは、終わったのだ。
僕も荒く、肩で息をした。
剣を合わせて、僕は確信を深める。
ただの盗賊ではない剣筋だった。
「ストラウド剣術か……亜流じゃねえのは、久しぶりに見たぜ」
「……お前はやっぱり貴族、騎士の出身か」
ストラウド剣術は、広く大陸に普及している流派だ。
防御に重点を置き、相手の胴体でなく腕や脚を狙う貴族用の剣術だ。
亜流が多く、大陸でも正統派の使い手は少ない。
僕の家は正統派を継承している、数少ない貴族だった。
この短時間で見抜くのは、教養がないとありえない。
「もうだいぶ前の話だ。どこの出身だか聞いても、わからないだろうぜ」
「僕は大半の国なら、知っているぞ」
「お前がもの心つく前に、俺の故郷は消されちまったよ。フィラー帝国にな」
「……!!」
まさか、今ここでその名前を聞くとは思わなかった。
フィラー帝国とディーン王国の大戦で、僕の父と家臣が死んだのだ。
「流れついて盗賊やって……奪いもしたし殺しもしたが、今日で終わりか」
僕は、剣を男に突きつけた。
ざわめく心が、僕を逸らせた。
「答えろ、お前の背後に誰かいるのか?」
答えはさして期待していなかったが、男は自嘲気味に語り始める。
その目は、生を諦めつつあった。
「ああ、ついさっき親切なヴァンパイアに教えてもらったんだ。カモが来るってな」
「ヴァンパイア……?」
僕は眉をひそめた。
「あんたらとは、知らなかったがな。奴の身なりはかなり良かった。てっきりいつもの貴族同士の嫌がらせに、俺たちを使ってるんだと思ったが」
男の意味するところを知って、僕は戦慄する。
つまりこの盗賊団は、ある程度黙認されていたということか。
プライドの高いヴァンパイア同士だ。
傷つけられた時の仕返しに、こいつらを使うのか。
「中の貴族は、なるべく傷つけるなとも言われたぜ。結果は、ご覧のありさまだがなぁ」
本当なら黒幕は、僕の動きを把握していたことになる。
でも僕がこの森にきたのは、アルマに連れられたからだ。
事前に予定があったわけではない。
嫌な汗が、僕のこめかみを伝う。
僕のたじろぐ様子を見て、男は僕を面白そうに見る。
「男爵様よ、どうやら心当たりがあるようだな?」
「お前が、でまかせを言っているだけだ」
男は生かしたまま、アラムデッド王国へと引き渡す。
どうあれディーン王国の貴族を脅し、戦闘までしたのだ。
余罪の追及と厳罰は免れない。
「いや、全部本当だぜ……信じられないか?」
「そう簡単に、盗賊の言うことは信じない」
男の目が、不気味に光った。
両手にも力をこめているように見える。
「そうかい……ま、どちらでもいいさ。ヴァンパイアの玩具も、これまでだ!」
男は腰から、指程の隠し短剣を取り出した。
止める間もなく、男は一気に自分の首に突き刺した。
ごふっ、と男の口と首から血が流れだす。
駆け寄るものの男の体は揺れて、倒れ伏した。
血がとめどもなく流れ、服と地面を汚す。
襟をつかんで持ち上げるが、駄目だ。
短剣が完全に首を貫いている。
血を止めたところで、とても助からない。
それと僕は、首筋に牙の跡を見つけてしまった。
男は、誰かに吸血されていたのだ。
哀れな男かも知れなかった。
最後はあっけなく、自害したのだ。
罪を考えれば、死罪もやむなしだったろう。
しかし、貴族の名前やらを出せば、生きる可能性はあった。
わずかに生きる望みを、こうも簡単に手放すのか。
僕は、呆然となった。
遠巻きだったシーラが、ゆっくりと近づいてきた。
はじめて沈むような、暗い調子でシーラは呟いた。
「アラムデッドに罪人として捕まるなら……いっそ死ぬ方がいいのです」
僕はアラムデッドの司法を、よくは知らない。
でも最近のヴァンパイアとの付き合いを考えると、否定はできなかった。