出立①
「あ、ありがとうございます」
つっかえながら返事をする僕の背中を、トーマがばんばんと叩く。力が入りすぎて、ちょっと痛いくらいだ。
「男爵程度の年齢で、俺とここまで戦えるとはな……。誇っていいぞ、筋がいい!」
「は、はぁ……」
「さて、他にも稽古をつけて欲しい奴はいるか!? まとめてでもいいぞ!」
トーマの一声に、外野から反射的に声が出る。サイネスの組以外、ほとんど全員が名乗りを上げていた。
「で、では私から!」
「俺もつけてもらいたい!」
「抜け駆けするな、俺もだ!」
「はっはっは、よおし。こっちに来い! 付き合ってやるぞ!」
そのまま上機嫌なトーマは僕たちからちょっと離れていく。周囲からの注目とヤジが、やっとなくなった。
「本当に大丈夫なのですか……?」
いまだに心配そうなイライザに、軽く微笑む。本当に身体の痛みは取れている。
世の中には凄いスキルがあるものだ。
「大丈夫だよ、ちょっと疲れたけれども」
「心臓が止まるかと思いました……」
トーマのスキルによって、むしろ身体は快調だ。でもそれを表に出すと、せっかくの口裏合わせが台無しになる。
なんとなく眉を寄せながら、サイネスの方を眺める。
彼も眉を寄せて、僕の方を見ていた。
でも視線はぶつかり合うことなく、サイネスは僕の視線に気づかない。
「……どうかしましたか、ジル様?」
「あ……いや……」
サイネスの反応を見ていた、とは言えず。僕に合わせて、イライザが顔を傾ける。
同時に、ばつが悪そうにサイネスが視線を切った。
(ああ、なるほど……彼が見ていたのはイライザか……)
サイネスが僕に仕掛けてきたのは、イライザやライラのことがあるかも――もしかしたら、それだけが理由なのかも知れないが。
なんというか、僕には理解しがたい。諦めるのが美徳とは言わないけれど、度を越している。
とはいえ、なんとか傷も負わずに終わらせることができた。
精神的に疲れたのは事実なので、原っぱに腰を下ろす。
厳めしい顔をしたツアーズが、
「……大丈夫か?」と気づかってくれる。
「はい……疲れましたけれど」
「さもありなん。今日の出番は終わりだが、どうする? 自室に戻っても構わないが」
「いえ、最後まで見ていきます」
「わかった、こちらは気にするなよ」
トーマたちは大人気で、手の空いた者とずっと手合わせをしている。
じっと他の人たちを眺め、さっきの対戦に思いを馳せる。
(神聖魔術を――持てる全部を使えば、どうだったのかな?)
トーマはサイネスの話に乗った振りをして、僕にケガをさせるつもりはなかった。
全力ではなかったわけだけど、本気の本気なら……。
「……欲しいなぁ……」
「どうしたんですっ? たそがれて」
アエリアの声に、引き戻される。
「ん、いや……本物の騎士って強いなって」
答えになっていない気がするけれど。
でも、僕は改めて思うのだ。
あんな風に、強くなりたい――と。
◇
それから毎日が飛ぶように過ぎていった。
午前は鍛練、午後は座学。
ターナ派からのやっかみはなくならなかったけれど、王宮内での扱いは多少変わった。
それは多分、トーマとの決闘のおかげだろう。あそこまで戦えたのは、本当に珍しいことらしかった。
王宮の騎士から宴に誘われ、話をせがまれることさえあったのだ。
座学の時間でも、ばりばりのターナ派はしょうがないとして――中立に近い人たちの態度は軟化していた。
ガストン将軍の帰還が近づく中、座学の時間でツアーズから告知があった。
「次の日は全員必ず来るように。現時点で配属が決定した者を発表する」
講堂の空気が、熱を帯びる。あるものはヒソヒソ声で隣と会話を交わし、あるものは落ち着きなく貧乏ゆすりをしている。
「明日、配属が決まらなくともチャンスはある。選ばれた者も、気を抜けば交代させられることはありうる。最後まで、気を付けるように」
僕は前に、ナハト大公から3000の兵を率いるようにと通告されている。
筆記でも実技でも問題はないはずだ。
(気になることがあるとすれば、やっぱりサイネスか……)
ヘフランへはサイネスも出陣する。
ディーン王国の慣習として、戦地では貴族位よりも率いる兵数によって序列が決まる。
兵を持たず大きな顔をする貴族のせいで、失敗するのを避けるためだ。
そういう意味では、3000の兵はかなりの影響力になる――おそらく、ヘフラン派遣軍では3番以内には入るだろう。
その日の夜は久しぶりに胸が高まって、眠りが浅くなった。
……どんな軍の編成になるのだろう?




