模擬戦⑨
まだゾリンは降伏していなかったが、ツアーズの止めが入った。
ライラとアエリアがこちらに戻ってくる。
「お疲れ様、すごい戦いだったよ。ケガもないみたいで、本当に良かった」
「いやぁ、陽動がうまく行きました! ライラ様の追い討ちのタイミングばっちりでした!」
頬を上気させてアエリアがライラを持ち上げる。ライラはぱたぱたと手を振り、アエリアに静かに微笑んだ。
「いえいえ……あなたこそ、いい援護でしたよ」
「えへへ……」
なんだかライラの声音が柔らかい。というより、ライラって仲間にはキツい態度取らないな。いまさらながらに、気がついた。
騎士と正面切って戦ったライラも凄いけれど、アエリアももちろん文句なしの働きをした。多分、普通の騎士相手でも勝てる技量がある。
「どちらも大したもんだ、うん。騎士顔負けだった」
周囲の視線にまた、変化がある。さすがに著名な戦士を破っただけはあって――ふたりは侮れないという雰囲気になっている。
こんなにもコロコロと見る目が変わるなんて、少しだけ釈然としないものを感じるけれど。
「次、出てきたまえ」
厳しさを含み、ツアーズが言う。
イライザとシーラと頷きあい、僕たちは前に出る。
風が気持ちよく吹き抜ける。しかし、戦い前のはり詰めた空気は間違えようもない。
ゆるりと《暁の騎士》トーマも前に出る。
先鋒のふたりを下したが、あまり気にしてはいない――どころか、心底面白そうに見下ろしてくる。
「面倒だな、一対一で決着をつけるのではどうだ?」
突然、トーマが吠えるように言い放つ。
「俺が興味があるのは、そこの男爵だけだ。女子供には興味ない」
「トーマ、何を……!」
打ち合わせになかったのか、サイネスが狼狽したかのように詰め寄る。
「若、若が見たいのは彼の力だけでしょう。無関係な者を巻き込む必要はない」
「余計なことをするな、ルール通りに――」
そこでサイネスはぐっと言葉に詰まった。トーマが敵を見るような目で、サイネスを睨み付けたからだ。
それは主に対する視線ではなかった。
「力を推し量るなら、そこのエルフの娘は先の狐属の娘より、やや弱い。イライザ殿は白兵戦では騎士に及ばぬが――魔術ならこの場の誰よりも優れている。それで十分であろうが」
「し、しかしだな……」
「乱戦では加減が効かぬ程度には、彼女たちは強い。連携もとれている。俺は負けるわけにはいかぬゆえ、これが最善だ」
顎をしゃくり、トーマはツアーズに判断を仰いだ。
……元より僕だけが戦うだけで済むなら、それに越したことはない。同意の頷きを返す。
「私は構いません」
「ジル様……!」
慌てるイライザを手で制して、トーマに少しだけ近寄る。
「それでこそ、男だ。ディーンの男はそうでなくてはな」
トーマも満足そうに頷いた。サイネスを無視し、僕に近づいてくる。
「先程の戦いは見事だった。思った以上に男爵の陣営が厚いのでな……悪く思うな。この方がケガ人は少なくてすむだろう」
「……いえ、本当に構いません。むしろ気が楽です」
「言いよるわ。さて――」
サイネスは不満げに観客の列に戻るしかない。トーマは肩をすくめて、小声でささやいた。
僕にだけ、聞こえるように。
「若の酔狂にも困ったものだ。本当に」
「苦労されてるんですね……」
「父君とは似ても似つかぬ。これも、渡世のしがらみよ」
首を傾げたトーマは木剣を放り投げて、拳を構えた。固唾を飲んで行方を見守っていた外野も、この行為には驚きの声を上げるしかない。
「せめてのもの礼に、素手で相手をしよう。退屈しのぎにはなろうな」
言葉とは裏腹に、全身から闘気が波のように放たれる。それは怪我のないように――という配慮は感じられない。
むしろ、僕を叩き潰さんばかりの気迫だ。
僕は無言で背を向けて、トーマとの距離を取る。戦いのために。
二十歩の距離を取って、僕はトーマに向き直った。
「……準備はよいか」
ツアーズの言葉には、かなり心配している風がある。
「始め!」
出し惜しみはなしだ。トーマは、すんなり終わらせてくれない。
本当に半分くらいは、僕と戦いだけのような気さえする。
生半可に挑めば、叩きのめされるだろう。
右腕に意識を集中させ、僕は血の鎧を構築し始める。トーマは動かない。
知っていたのか、どうか――歯を剥いて口角を吊り上げてさえいる。
周りにいるのは貴族の子息ばかりだ。ちらと見ると、真紅の鎧に仰天している。
それほど、スキルの併用による血の鎧は珍しく、規格外なのだ。
「いいぞ、面白い!!」
全身を鎧で覆うと同時に、トーマが仕掛けてきた。セラートと同じほどに素早く、彼は殴りかかってくる。
重厚なる一撃。しかし、僕には絡めとる戦術がある。ぶつかる瞬間にトーマの身体を血で縛れば、かなりの有利だ。
左腕を前に防御した僕は――衝撃を感じたときには吹っ飛んでいた。
「……なっ……!」
確かに当たる瞬間に血を放ち、そのまま拳を封じようとしたのに。
血の鎧が――いや、当たった部分の血が動かなかった。
こんなのは、初めてだ。
遅れて、左腕に鈍い痛みが走り抜けていく。
「どうした、男爵――思惑通りにいかなかったか? そうだ、これが《暁の騎士》の力よ」
僕が立ち上がるまで待ち、トーマは愉快そうに笑うのだった。




