模擬戦⑧
歴戦の騎士とはいえ、ろくな防具もなくライラの槍を受ければただではすまない。
ゾリンはそのまま後ずさり、倒れる。
「ごほ……ごほっ!!」
木剣こそ握ったままだけれど、身体を曲げてせきこんでいる。もう戦闘不能だろう。
集中を取り戻したセラートが、思わず口にする。
「なんだ、今のは……」
「ふむ、単純なスキルほど効果的と言いますが……」
嘘だ。いけしゃあしゃあとライラが言ってのけている。
やはり神聖魔術は秘匿したいらしい。
かわりに、スキルであるかのように装っている。
「はぁはぁ……よかった、ライラ様のスキルの――おっと、危ない」
息を切らしたアエリアも、話を合わせる。
うまい具合だ。
「……さすが、アエリア様です」
これなら神聖魔術を直接知っていないと、今の攻防の真相はわからない。
セラートは目を細めて、闘気をさらに膨らませる。
「……騎士ではないと侮りすぎたか。手加減はいらなかったな」
「思った以上に、はまってくれたようですね」
「だが、二度もうまくはいかんぞ。……こちらも楽しませてもらおう」
セラートが勢いよく踏みこむ。地面の芝が散り、風そのものであるかのようにライラを攻める。
アエリアは無視して、ライラから仕留めるつもりだ。
「くぅ……!? はやっ……」
ライラの茶色の尾が逆立ち、焦りが出る。
セラートは右手でフェイントを仕掛けたかと思えば、左手に剣を持ちかえて複雑に翻弄してくる。
両の手を自在に使い、竜巻を彷彿とさせる激しい剣術。
まさに《疾風剣》にふさわしい。
途切れることのない剣と槍の応酬。
振るわれる剣、払う槍、懐に入り込もうとするセラート、飛び退くライラ。
間合いを取ろうとするライラに、セラートもたくみに攻めを続ける。
手に汗握る戦いに、外野の盛り上がりは最高潮に達している。間違いなく、達人同士の戦いだった。
「すごい、すごいぞっ!」
「めったに見られるもんじゃない……どちらが勝つ!?」
「なあに、体力的にもセラート様が優位のはずだ!」
そう、終始押しているのはセラートだ。
ライラは防ぐので精一杯で、みたところ反撃の余地がない。
一流のセラートをしのげるだけでも凄いけれど、勝ち筋が見えてこない。
「……苦しいです」
シーラが不安をにじませる。
やはり、神聖魔術なしでは彼を打ち破るのは難しそうだ。
「なんと、なんという……! あなたはここまで戦えたのか!?」
セラートは口角をつり上げ、激闘の喜びに浸っている。
「まさか、下級貴族の仲間にこれほどの使い手がいたとは……」
「そんなに、意外ですか」
「弱いものいじめのようで、最初は気が引けたが……思わぬ強者! 騎士とは常に戦いを夢見るもの……!」
高揚するセラートに、ライラは冷たく返す。
「……そのように戦いを感じることは、ほとんどありませんね。相容れません」
セラートが剣を振り下ろそうとする。
しかし言い終わるや、ライラがぱっと槍を手放した。
「降参です」
「なぁ……っ?」
剣を振り下ろすセラートの動きが、観客の熱ごと止まる。ライラの槍が斜めに地面に吸い込まれる。
騎士ゆえのルールに従う姿勢。あるいはライラのことをサイネスから言い含められていたか。
それは普通なら、あり得ない隙だった。
「ごめんなさいっ!」
いつの間にか後ろに回り込んでたアエリアが、剣をセラートに見舞う。
意識が切れたセラートには、十分すぎる一撃だった。つんのめるように、倒れこむ。
「がっ……!? な、なに……」
「申し訳ありません、負けたくなかったもので……」
「……戦場なら、あそこまで振りかぶれば剣は止めない。ま、まさかこんな……」
度肝を抜かれた顔で、セラートが呟く。
まぁ、そうだろう。
勝ちが見えているからこそ、躊躇してしまった。
模擬戦なら、降参した相手に追い討ちするのは不名誉だ。
危ない賭けだが、ライラはそれを逆手に取った。
いざとなれば身体強化で防ぐから、致命傷にはならないのだろうか。実際にやり合うなかで、目星をつけたのだ。
「もっと実戦に近ければ……」
セラートが荒い息を吐く。
「それだと、私の勝ちだと思いますが」
「……かもしれぬ。奇遇だな。殺し合いでは、なぜか勝てる気がしない」
「ほめられた、と思っておきます」
手放した槍を拾い、ライラが立つ。
アエリアは気まずそうに、剣をぷらぷらさせていた。
静まり返る会場にツアーズの声が響き渡る。
「それまで! 対戦相手の戦闘不能とみなし、ジル男爵チームの勝利とする!」




