模擬戦⑤
それからは色々な組が立ち替わり、模擬戦を進めていった。
やはり魔術師といえる人物はほとんどいない――50人ほどの者で、僕たちの他には数人と言ったところだ。
それもイライザやシーラのレベルには、到底達していない。簡単な攻撃と防御を使える程度だ。
「やっぱり、武術が主か……」
ツアーズは身体をほとんど動かさず、顔をゆらりと向けながら観戦している。鷹が獲物を値踏みするかのような目付きだ。
僕の印象は、多分正しい。座学である程度の知力は推し量れる。同じ貴族同士の模擬戦なら、否が応でもプライドは刺激され――力が入る。
実際、ツアーズは熱が入りすぎた戦いを幾度も止めていた。
それでも骨折や流血は避けられない。ツアーズの従者たちが、そうしたケガ人を治療していた。
場の空気は、段々と異様な興奮に包まれていく。実戦とまではいかないまでも、血の匂いが漂う勝利と雄叫びは、心を焼く。
勝利の果てに栄達が待っているなら、なおさらだ。
対戦が進むにつれて、僕たちへの無遠慮な視線は数を減らしている。
しかし、予感がある。
残り数組となって、周りの炎とは裏腹に僕の心は冷めていた。
2巡目は、こんなものではすまない。
もしかしたら、大ケガや死人さえも出かねない雰囲気だ。
「……正直に聞きたいんだけど、グロノ子爵はかなり強い部類だよね?」
小声で、シーラとライラに問いかける。これは興味というよりも、実利的な疑問だった。
ここまで見てきて、実はグロノ子爵はかなり強い部類だと認識した。
体格も技量も、上位に入る者たちだけで構成されていた。個では強い者はいても、5人の総合力では――多分、トップだろう。
サイネスの切った札は、つまりそれほど悪くはなかったのだ。僕たちが、強すぎただけで。
「集まった人のなかでは、そのようですね」
「……みたいです」
ふたりの返事は、僕の見立てを肯定していた。
「ちなみにだけど、ふたりならどれくらいの数を倒せる?」
「生死とスキルを問わずなら、50人全員倒せますが……」
「同じくです」
「やっぱりか……」
ぽりぽりと頬をかく。なんだか、凄い武人を配下に持ってしまったらしい。
意識はしていなかったけれど、この模擬戦を見ると納得せざるを得ない。
……僕たちは、桁外れに強い。
話をしている間にも戦いは進み、ついに一巡目が終わる。
サイネスたちはついに、戦いには出なかった。これは、予想できたことだ。
最初の組分けからして、出来レースなのは間違いない。僕たちを痛めつけたかったのだろうが。
戦いが終わって、はじめてツアーズは懐から紙を出した。さらさらと小さな筆――インクがなくても書ける魔術道具だろう――を走らせると、すぐにしまう。
「……これより2巡目に移る。ケガで脱落した者を除き、すぐに始める」
「ま、まってくれ! うちは、ふたりも脱落したんだ。少し時間を――」
「却下する。戦場では敵は待たない。少なくなった人数でどうすべきか、考えろ」
声音を変えずツアーズは突き放した。ツアーズの言葉に、みんなは同意の目を向ける。
公平でない。しかし実戦では、公平など求めても無意味なのも確かだ。不利であっても最善を尽くさなければ、軍人とはいえない。
「さて、では次の組み合わせは――」
「いいかな、ツアーズ?」
遮ったのは、サイネスだ。ツアーズはわずかに片眉をつり上げる。
「……なにかね」
「見ていて、随分と力量のあるチームが存在すると思ってね」
前に出ながらサイネスがわざとらしく、僕の方を見た。他の視線も、ぎゅうと集まってくる。
サイネスの目からは、冷たい殺気が感じられた――武人というよりは、策謀家のそれだ。
「模擬戦の目的を考えると、あまりに強すぎるチームはふさわしくないんじゃないか……と、感じたわけだ。比較にもならなさそうじゃあないか」
「2巡目から省け、と?」
ツアーズのいぶかしむ声にサイネスが首を振り――指を鳴らす。ざわっと、魔力の波動が後方から放たれた。
一斉に、皆が後ろを振り向く。
サイネスが演説家のように、高らかに宣言する。
「いやいや、まさか……こちらでゲストを用意しているんだ――ジル男爵には、彼らと戦ってもらうのはどうだろうか?」
5人組がのっそりと野外訓練場に立ち入ってくる。一陣の風が、樹木の葉を揺らす。
明らかに、ここにいる者たちよりも強者だ。
「……《静寂なる》ゾリン殿、《石壁》ヘルドナ殿……」
どこからか聞こえてきた名前はどちらも聞いたことがある。ディーン王国の騎士として、有名人だ。
「嘘だろ……《暁の騎士》トーマ様じゃないか……」
真ん中を闊歩する壮年の戦士は、僕でさえも知っている。くすんだ赤髪と、はち切れんばかりの筋骨だ。
門閥貴族の出身ながら猪突猛進で、命知らずの勇士。選抜の模擬戦などに出てくることなんて、あり得ない人物だ。
「さて、相手にとって不足はなかろう。力を存分に示すがいい――男爵よ」




