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ターナ公爵②

 素直に――軽く、ターナ公爵が頭を下げる。


「少々、戯れが過ぎたようだ。息子も悪気があったわけではない。許して貰えないだろうか」


 ターナ公爵の目は、ぴったりとライラに向けられている。静かな佇まいからは想像もつかないが、強い魔力を身体に溜め込んでいた。


 ターナ公爵の魔術の巧みさは、ライラも聞いている。いわく、宮廷魔術師に匹敵するほどであると。

 ライラからしても、一介の貴族とは思えないほどの魔力をターナ公爵は有しているようだった。


「……いいでしょう。酒の席のことです。私も過剰に反応してしまったかもしれません」


 ゆっくりとサイネスの腕の力を緩めて、ライラは後ずさった。


「父上、このままでは……!」


 顔を真っ赤にしたサイネスが、必死にライラに食い下がる。それを、ライラはひとにらみで黙らせた。


 ターナ公はあごに手をやり、目を細める。サイネスの言葉は意に介さず、興味深げに。


「息子の提案は悪い話――ではなかったと思うが?」


「生憎、私は人見知りが激しいもので」


「ふむ……ジル男爵は貴方がそこまで入れ込むほどか」


 ライラは軽く嘆息した。いまいち、話が噛み合わない。

 人の話を聞いているのか、いないのか。

 サイネスもそうだが、ターナ公爵も身勝手な雰囲気がある。

 室内のサイネスの護衛も警戒を解きつつはあるが、長居は無用だろう。


「……話が終わりなら、これで失礼しますわ」


「ああ、すまなかったな」


 ターナ公爵は大して気にかける風でもない。

 ライラがちらりとサイネスを見ると、まだ何か言いたげで――さらに瞳には憎しみが宿っている。


 ライラは一瞬、サイネスに声をかけるかどうか迷った。

 自分が悪いとは思わないが、サイネスの憎しみを買ってしまった。


「……申し訳ありません。私は神々に仕える身ですので――いずれにしても、お気持ちには応えられませんわ」


 ちょっとだけ、フォローしておく。


「さもありなん。気にするな」


 ターナ公爵が静かに言う。サイネスはライラの言葉を聞いて、ほんの少しだけ険しさが和らいだように見えた。


(……単純というか、お坊ちゃんというか)


 一礼をして、今度こそライラは部屋を去った。



 ◇



 部屋に残されたのは、サイネスとターナ公爵であった。


「……父上、本当にこれで済ませるつもりなのですか? この、落とし前は……!」


 腕を振り回し、サイネスが抗議する。

 その様子を無視して、ターナ公爵はテーブルについた。さっと差し出される新しいワインを、彼は一息に飲む。


「息子よ、思ったよりもジル男爵の周りは強固なようだな。妹もエルフも籠絡できていないのだろう?」


 サイネスをはじめとして、ターナ派から多数の切り崩しをジル周囲へと仕掛けていた。

 しかし、今の様子からしても成果はゼロといっていい。


「……我々の高貴さがわからないのですよ。所詮は、下賎な奴らです」


「私は切り崩せ、と言ったのだが」


 声を低めて、ターナ公爵が凄んだ。

 部屋の護衛たちが、無意識に一歩下がった。


「私の元には、あまり良くない噂が入っている。陛下もナハト大公の戦略に――全幅の信頼を置かれてしまっている。このままでは、我らの居場所が宮廷からなくなるぞ」


「ま、まさか……ただの男爵ですよ。アラムデッドで生き残ったのはたまたま幸運だったからでしょう」


 ディーンの貴族のほとんどは、ジルと《神の瞳》、エステルとの関係を知らないか――あるいは、ただのプロパガンダだと思っていた。


 そもそもが神話の時代にまで遡るのだ。死霊術師とブラム王国の結託までは納得できても、それ以上となると想像や理解の範囲外なのだ。


「ジル男爵については、情報が足りない――宮廷に出入りしない下級貴族な上、アラムデッドへの婿入りは先方からの条件ありきだったからな」


 ターナ公爵は天井を仰ぎ、呟いた。


「……息子よ、また一肌脱いでもらうぞ。ジル男爵の強みとやらを、あぶり出してみよう」



 ◇



 それから数日間は、比較的穏やかに物事は進んでいった。


 ライラの行動には驚いたけれど……というより、彼女の自己申告には半ば呆れたけれど。


 それでも耳と尻尾を垂れ下がって申し訳なさそうにしているのを見ると、あまり責める気にはなれなかった。


 イライザも、ライラの話を聞いてすっきりした――ような顔だったし。


 このところは、午前の訓練と午後の座学の繰り返しで1日が過ぎていく。

 正直なところ、訓練の方が肉体的には厳しいけれど――座学の時の視線に比べれば遥かにましだった。


 何日経っても、僕に対する視線や雰囲気は刺々しいままだ。


 その日もいつものように、皆で講堂に行くと――驚いたことにサイネスがいた。人だかりの中で、得意そうな顔をしている。周囲の人間は、サイネスに羨望と媚びるような顔を向けていた。


 サイネスが講堂にいるのは、初めてだった。彼も今日は座学を受けるのだろうか。


 もう確固たる地位があるサイネスは、訓練も座学も受けなくていいということだった。

 むしろ、この選抜で人を選ぶ側なのだ。


 教壇にいるツアーズは、いつも通りの顔つきだ。サイネスと訪問は彼の予定には、あったようだ。


「……ふむ、大体揃ったようだな。今日は座学ではなく、模擬戦を行う」


 その時、サイネスと僕の目線があった。得意そうな、僕を見下しきった顔を隠さないままに。


 先日、ライラからサイネスの話を聞いた限りでは――あまり良くない流れのように思えた。意趣返しかもそれない。


「5人1組でチームを組みたまえ。すぐに始める」

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