表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
165/201

シーラと僕と自由な彼女

 表情の読めないシーラとはいえ、このやり取りでは誤解の余地もない。


「……実を言うとイヴァルトへ行く前に、何人もの貴族から求婚……されましたです」


 小首を傾げながら、シーラが言う。


「そ、そうなのっ?」


 ま、まぁ……シーラは人目を引く可憐な美しさがある。エルフの血を引くディーンの貴族はそう珍しくもないだろうけど、ほぼ純血のエルフは王宮にもほとんどいない。

 大抵は他国からの使者で、服装ですぐにわかる――ディーンの魔術師服を着こなすシーラはすごく目立つ。


「なんだかよくわからない言い方なので、多分です……」


 シーラはディーンの生まれではない。頭はいいけれど、さっきの僕みたいに意図を読み間違えることはあるだろう。


「何かあったら、イライザ様には相談してますです。問題はないと思うのですが」


「ああ、それなら――大丈夫だね」


 シーラはかなり微妙な立ち位置にいる。

 奴隷から解放された時点で、彼女は自由に生きられる。ディーンに居続けなくちゃいけないわけではない。


 ただ、傑出した才能とアラムデッドでの功績があるので、イライザを後見人としてディーンの宮廷魔術師の見習いになっているのだ。

 しかし、宮廷魔術師団は王家直属の実務機関で、特定の貴族がお抱えにすることは本来なら許されない。


 イライザが僕の補佐についている関係上――ということだ。

 シーラへのこの措置は、なんでも100年に1回あるかないかのレベルらしい。


 シーラは普段、何を感じて考えているかわかりづらい。ディーンの貴族からの求婚を断っているみたいだけど、彼女はそれでいいのだろうか。


 王宮に出入りするのは、まず平民と結婚することはないような貴族だ。伴侶の選択肢としては、魅力的であると思う。


「……気になるような人はいたの?」


「いなかったです。ジル様……私は、今誰かと結婚するつもりは全くないです。やりたいことが、たくさんありますから」


 それは、シーラにしては珍しい表情だった。たんぽぽが可憐に咲くような笑顔――まぶしい少女の微笑みだ。


「わかった……邪魔したね」


 席を立ち、僕たちは工房を後にする。

 青白い魔力灯が差す回廊を歩き、僕は自室へと戻りはじめた。





「……これで良かったんだよなぁ……」


 誰ともなく、腕を組んで呟く。

 答えがあるとは思っていなかったけれど、ティルスは落ち着いた口調で、


「ジル様は、だいぶ優しすぎますね」


「それは、誉めてくれてるの?」


「ええ、女性としては――とても、嬉しいことです」


 ティルスは軽いため息をした。


「……親から婚約者候補を色々と紹介されていますが、正直なところ気乗りはしません。家に閉じ込められるのは、ごめんです」


「そんなもんかな……」


 その後もぽつぽつと、王宮周りのことを話ながら歩いた。

 夜の闇は深まり、静けさが増している。

 午前は鍛練、午後は勉学――と身体を使っている。横になったらすぐに眠れそうだった。


 僕の部屋の近くまで来たとき、回廊の向こうから見覚えのある人影が近づいてきた。

 茶色の狐耳と尾、それに法衣が灯りに照らされている。ライラだ。


「こんばんわ、ジル様……遅くまで出歩かれているのですね」


「こんばんわ、ライラ……君こそ、こんな時間にどうしたの?」


 聖教会からの客分であるライラも、僕に近い部屋に滞在している。

 彼女は私的に、貴族と交わることはほとんどない。お酒以外には禁欲的で、儀式や礼典のためにディーンの大聖堂に宿泊することもままある。


 横を見るとティルスも、ぱちくりと目をまたたかさせていた。

 ライラの夜分の外出は、あまりないことらしい。


「サイネス・ターナ様に呼ばれて、向かうところです」


 こともなげに、ライラが言い放った。


「は……えっ?」


「いけ好かないぼんぼんに呼び出されて、行くところです……やれやれ」


 ひどい言い直しだ。

 そして相変わらず、怖いもの知らずだった 。


「……なんで呼び出されたの?」


「知りません。なんででしょうね?」


 意味深に微笑みながら、ライラが答えた。

 背筋がちょっと凍る。ティルスでさえ、曖昧に頷いていた。


「無視しても良かったのですが、ターナ公爵は聖教会へ多額の寄付もしているようですし……1回は会います」


 言いながら、ライラはまた歩き始めた。


「ご心配には及びません――馬鹿なことを言われたら、へし折るつもりですから」


 何を? 腕?

 いや、首?


「……ま、まぁ……頑張ってね」


「はい、では――お休みなさいませ」


 回廊の先に消えていくライラを見送りつつ、僕はまた歩き始めた。


 心なしか、ティルスがきらきらした目でライラが去った闇の中を見ている。


「……自由にさせてもらうのが、本当に一番です」


「彼女は……特別だよ」


「ええ、でも――あれくらい思い切りよくよく生きられたら、人生楽しいでしょうね」


 その意見には、僕も同意する。


「ライラくらい思い通りに生きている人を、僕も知らないよ……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ